EC・ネット通販は、実店舗を持たずに全国の顧客に届けられる事業として広がってきました。参入の障壁が低い一方で、集客をプラットフォームに依存し、コストを物流に握られるという構造を抱えています。この構造は、事業を譲り渡すときに「何が引き継げるのか」という問いとして表れます。本稿では、公表統計で現在地を確認し、制度、経営環境、承継の論点を整理します。
市場の現在地|26.1兆円とEC化率9.78%
経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」(2025年8月26日公表)によれば、2024年の日本国内のBtoC-EC市場規模は26.1兆円で、前年比5.1%の増加とされています。内訳は次のとおりです。
- 物販系分野:15兆2,194億円(前年比3.7%増)
- サービス系分野:8兆2,256億円(同9.43%増)
- デジタル系分野:2兆6,776億円(同1.02%増)
また、物販系分野のEC化率は9.78%とされています。これは、物販の商取引全体のうち約1割がECで行われているという意味であり、裏を返せば9割はEC以外の経路であるということでもあります。
比較のため小売全体を見ると、経済産業省「商業動態統計」で2025年の小売業販売額は157兆5,080億円(前年比1.4%増)とされています。ECは高い成長率を保ちながらも、規模としてはなお拡大の途上にあると言えます。
小売業全体の環境は「小売業界の動向|人口減少と店舗網の再編」で整理しています。
成長率の内訳を見ると、伸びが大きいのはサービス系分野です。旅行、チケット、飲食予約といった領域は、訪日需要の回復とも連動しています。物販系の伸びは3.7%と、市場全体の5.1%を下回っています。
制度の動き|取引透明化法と物流
デジタルプラットフォーム取引透明化法
「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(取引透明化法)は2020年5月に成立し、2021年2月1日に施行されました。大規模な総合物販オンラインモールやアプリストアを運営する事業者を対象に、取引条件等の情報開示、自主的な手続・体制の整備、毎年度の報告書提出などを義務づけるものです。2022年8月にはデジタル広告が規制対象に追加されています。
この法律は、出店者・出品者の側から見れば「規約変更や手数料改定について、一定の説明と予告が制度上求められるようになった」という意味を持ちます。もっとも、プラットフォームの方針が事業者の収益を左右するという構造そのものが変わったわけではありません。
物流に関する制度
改正物流効率化法は2025年4月に施行され、2026年4月には特定事業者の指定、中長期計画の提出・定期報告、物流統括管理者(CLO)の選任などの規定が施行される予定とされています。EC事業者は荷主として、配送の効率化に関する要請を受ける立場になります。
宅配料金は、EC事業の損益に直接効きます。とくに単価の低い商品を扱う事業者では、送料の負担が粗利を上回りかねません。同梱率の向上、倉庫の分散、置き配の活用といった取り組みが、そのまま収益改善につながる領域です。
物流に関する制度の対象範囲や指定基準は、取扱貨物量等によって異なります。自社が該当するかどうかは、所管官庁の公表資料および専門家にご確認ください。
構造課題|プラットフォーム依存という論点
EC事業の価値を考えるとき、避けて通れないのが「その売上は誰のものか」という問いです。
モールに出店して売上を作っている場合、集客はモールが担っています。検索結果での表示順、広告枠の価格、手数料率——これらはプラットフォーム側が決めるものであり、事業者が制御できる範囲は限られます。ある日の規約変更で、収益構造が変わることもあります。
一方、自社サイトを中心に、メールマガジンやSNS、リピート購入で売上を作っている場合、顧客との関係は事業者側にあります。この違いは、譲渡の局面で明確に評価の差となって表れます。
買い手が確認するのは、おおむね次の点です。
- チャネル別の売上構成(モール別、自社サイト、卸、実店舗)
- 新規顧客とリピート顧客の比率、リピート率の推移
- 広告費と売上の関係(広告を止めたら売上がどうなるか)
- アカウントの評価・レビュー数と、その譲渡可能性
- 商品の仕入先と、独占的に扱える商品の有無
とくにアカウントの譲渡可能性は、実務上の重要論点です。プラットフォームの利用規約によっては、アカウントの譲渡や名義変更に制限がある場合があります。株式譲渡であれば法人が存続するため契約主体は変わりませんが、事業譲渡ではアカウントの引き継ぎ可否を事前に確認する必要があります。詳しくは「ECサイト・ネット通販事業の売却|アカウント・在庫・運営体制の引き継ぎ」で解説しています。
事業承継の観点|EC事業で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。EC事業者は比較的新しい事業者が多い一方、2000年代前半から続く事業者では経営者が引退の時期を迎えつつあります。また、既存の小売・製造業がEC部門を持つケースでは、その部門をどう扱うかが本体の承継とあわせて論点になります。
整理しておきたい点は次のとおりです。
- チャネル別・商品別の売上と粗利(広告費控除後の実質利益)
- 在庫の残高と回転率、季節品・型落ち品の滞留状況
- 物流の体制(自社倉庫か外部委託か、委託先との契約条件)
- システム(カート、受注管理、在庫連携)の構成と保守の状況
- 商標・意匠・ブランドの権利関係と登録状況
- 景品表示法・特定商取引法に関する表示の適正性、レビュー運用の状況
とくに表示の適正性は、近年の買い手が慎重に確認する領域です。過去の広告表現や口コミの運用に不適切な点があれば、それは承継後のリスクとして評価に反映されます。
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
EC事業の譲渡では、スキームの選択が実務を大きく左右します。
株式譲渡であれば、法人が存続するため、プラットフォームのアカウント、取引先との契約、商標の権利などは法人に紐づいたまま引き継がれるのが通常です。一方、事業譲渡では、アカウント、契約、権利のそれぞれについて移転の可否と手続きを個別に確認する必要があります。ECモールの規約でアカウント譲渡が認められていない場合、事業譲渡では売上の源泉そのものが引き継げないという事態も起こり得ます。
そのほか、一般に整理が求められる事項を挙げます。
- ドメイン、SNSアカウント、メールリストの管理者と移管手順
- 顧客データの取り扱い(個人情報保護法上の第三者提供・事業承継の整理)
- 外注先(制作、撮影、運用代行)との契約と、属人化の度合い
- 返品・不良対応の実績と、引当の要否
顧客データについては、個人情報の取り扱いが論点になります。事業承継に伴う個人データの提供に関する整理は、実務上必ず確認される事項ですので、専門家を交えて進めることをおすすめします。
まとめ|「止めても残る売上」があるか
BtoC-EC市場は26.1兆円(経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」2024年の値)、物販系のEC化率は9.78%と、市場としてはなお拡大の余地があります。一方で、集客をプラットフォームに、配送を物流事業者に依存する構造は、事業者の収益を外部要因に晒し続けます。
承継の局面で問われるのは、単純です。広告を止めても、モールの順位が下がっても、残る売上があるか。リピート顧客、独自商品、ブランド、そして運営の仕組み——これらが揃っている事業は、引き継ぐ相手にとって魅力的です。
事業の一部だけを譲渡したい、本体とEC部門を切り分けたいといったご相談も承っています。まずは現状の整理からお声がけください。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。制度・統計の解釈や個別の適用については、必ず所管官庁および専門家にご確認ください。