小売業は、日本でもっとも事業所数が多い業種のひとつであり、同時にもっとも人口動態の影響を受けやすい業種でもあります。販売額は増えているのに、店舗数は減り、事業者の入れ替わりが進む——この一見矛盾した状況が、いま各地で同時に起きています。本稿では、公表統計で小売業の現在地を確認したうえで、経営環境の変化と、事業承継の局面で論点になる点を整理します。

小売業の現在地|販売額は増加、事業所は多数

経済産業省「商業動態統計」によれば、2025年の小売業販売額は157兆5,080億円で前年比1.4%の増加でした。商業販売額全体は約635兆円(同1.3%増)、うち卸売業は約478兆円(同1.3%増)です。卸売業・小売業ともに5年連続の増加とされています。増加に寄与した業種としては、医薬品・化粧品小売業がもっとも大きく、次いで機械器具小売業が挙げられています。

業態別に見ると差がはっきりします。同統計では、2025年はドラッグストア、スーパー、家電大型専門店、コンビニエンスストアの販売額が前年より増加した一方、百貨店とホームセンターは減少したとされています。「小売業全体は伸びている」という総論と、業態ごとの明暗は分けて理解する必要があります。

事業所数については、総務省・経済産業省「令和3年経済センサス‐活動調査」で小売業の事業所数は88万31事業所とされています(卸売業は34万8,889事業所)。この数の多さは、小売業が地域の雇用と生活基盤を支えてきたことの裏返しでもあります。

需要側の変化|人口減少と物価上昇

小売業の需要を規定するのは、人口と物価です。

総務省「人口推計」によれば、2025年10月1日現在の総人口(概算値)は1億2,321万人で、前年同月に比べ59万人(0.48%)の減少とされています。また、2025年国勢調査の速報値では総人口は1億2,304万9千人で、2020年から2.5%の減少とされています。全国平均でこの水準ですから、過疎地域や郊外では、より速い速度で商圏人口が失われている地域もあります。

物価の面では、総務省「消費者物価指数」によれば、2025年平均の総合指数は前年比3.2%の上昇、生鮮食品を除く総合は3.1%の上昇、食料は6.8%の上昇(うち穀類は21.9%の上昇)でした。販売額の増加は、この価格上昇に支えられている部分が大きいと考えられます。

つまり、小売業が置かれている状況は「客数が減り、単価が上がっている」構図に近いものです。単価上昇が客数減少を上回っているうちは売上が保たれますが、値上げに対する消費者の反応が変われば、この均衡は崩れます。

チャネルの変化|ECと実店舗の関係

販売チャネルの構成も変化しています。経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」(2025年8月公表)によれば、2024年の日本国内のBtoC-EC市場規模は26.1兆円で前年比5.1%の増加、うち物販系分野は15兆2,194億円(同3.7%増)、物販系のEC化率は9.78%とされています。サービス系分野は8兆2,256億円(同9.43%増)、デジタル系分野は2兆6,776億円(同1.02%増)です。

物販のEC化率が約1割ということは、金額ベースでは依然として9割が実店舗を含むEC以外の経路で購入されているということでもあります。ECが実店舗を置き換えるという単純な図式ではなく、商品カテゴリーによって浸透度が大きく異なるのが実情です。

実店舗を持つ小売にとっての論点は、ECとの併存をどう設計するかに移りつつあります。取り置き・店頭受取、店舗在庫の可視化、SNSでの集客——こうした取り組みの有無は、承継の局面でも「引き継いだ後に伸ばせるか」を判断する材料になります。ECの実務については「ECサイト・ネット通販事業の売却|アカウント・在庫・運営体制の引き継ぎ」もご参照ください。

コスト側の変化|人件費と物流

小売業の費用構造で最も重いのは人件費です。厚生労働省の公表によれば、令和7年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,121円となり、前年度から66円の引上げで、初めて全都道府県で1,000円を超えました。令和8年度についても、目安どおりに改定されれば全国加重平均は1,176円になるとされています。

パート・アルバイトの比率が高い小売業では、最低賃金の改定はそのまま損益に反映されます。同時に、時給を上げても応募が集まらない地域が広がっており、営業時間の短縮、セルフレジの導入、定休日の設定といった対応が一般化しつつあります。

物流面では、改正物流効率化法が2025年4月に施行され、2026年4月には特定事業者の指定、中長期計画の提出、物流統括管理者(CLO)の選任などの規定が施行される予定とされています。納品頻度や荷待ち時間の見直しは、小売の発注・検収の運用にも影響します。

あわせて、農林水産省が働きかけている「3分の1ルール」の見直しについては、同省の公表によれば2024年10月末時点で339の食品小売事業者が納品期限を緩和(または緩和予定)しているとされています。

事業承継の観点|店舗網をどう引き継ぐか

帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。小売業は個人商店から中規模チェーンまで幅が広く、承継の課題も一様ではありませんが、共通するのは「店舗という資産をどう評価するか」という論点です。

承継を検討する際に整理しておきたい点を挙げます。

  • 店舗別の売上・粗利・営業利益(本部費配賦前後の両方)
  • 店舗ごとの賃貸借契約(残存期間、更新条件、原状回復義務、保証金)
  • 自社所有物件の場合、土地建物の状況と個人所有か法人所有かの別
  • 在庫の店舗別残高、滞留・季節品の状況、値下げロスの実績
  • 従業員の構成(正社員・パートの比率、店長候補の層)
  • POS・在庫システムの状況と、データの引き継ぎ可否

とくに重要なのが、店舗別の採算です。全社では黒字でも、店舗単位で見ると赤字店が混じっているケースは珍しくありません。買い手は必ず店舗別の数字を求めますので、あらかじめ整理し、赤字店については理由と対応方針を説明できるようにしておくことが有効です。

店舗・在庫・立地の評価については「小売業のM&A・事業承継|店舗・在庫・立地をどう評価するか」でも解説しています。

また、経営者個人が店舗の土地建物を所有しているケースでは、譲渡後の賃貸借をどう設計するかが交渉の重要な論点になります。売買にするのか、賃貸を継続するのか——選択によって手取り額も税務の取り扱いも変わります。

まとめ|数字が分解できている会社は、選択肢が広い

小売業販売額は5年連続で増加(経済産業省「商業動態統計」2025年、157兆5,080億円・前年比1.4%増)している一方、その内実は業態によって大きく分かれ、人口は減少を続け(総務省「人口推計」2025年10月1日現在で前年同月比59万人減)、人件費は上昇しています。

この環境で選択肢を広く持つために有効なのは、数字を分解しておくことです。店舗別、カテゴリー別、時間帯別——分解できていれば、閉店・業態転換・譲渡のいずれを選ぶにしても、判断の材料が揃います。逆に、全社の合計しか見えていない状態では、良い店舗の価値も説明できません。

後継者が決まっていない、店舗網の維持に不安がある——そうした段階でも、まずは現状を整理するところからご相談いただけます。当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、守秘義務を徹底して対応いたします。

本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。制度・統計の解釈や個別の適用については、必ず所管官庁および専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.一概には言えません。買い手は必ず店舗別の数字を求めるため、赤字店を抱えていること自体は隠せませんし、隠す必要もありません。重要なのは、店舗別の売上・粗利・営業利益を本部費配賦前後の両方で示し、赤字店については理由と対応方針を説明できることです。立地や契約の残存期間によっては、閉めるより引き継いだほうが合理的と判断される場合もあります。閉店には原状回復義務や違約金が伴うこともあるため、賃貸借契約の残存期間・更新条件・保証金を確認したうえで、どちらが有利かを比べてください。
A.譲渡後の賃貸借をどう設計するかが交渉の重要な論点になります。売買にするのか、賃貸を継続するのかという選択によって、手取り額も税務の取り扱いも変わります。買い手にとっては、家賃の水準が相場と比べて適正か、契約が安定して続くかが関心事です。準備としては、土地建物の所有が個人か法人かの別、現在の賃貸借契約の条件、担保の設定状況を整理してください。どの形が有利かは資産の状況によって変わりますので、具体的な適用は税理士にご確認いただくことをおすすめします。
A.単価上昇が客数減少を上回っている状態で、均衡が崩れる可能性を含んでいます。総務省「消費者物価指数」によれば2025年平均の総合指数は前年比3.2%の上昇、食料は6.8%の上昇でした。一方、総務省「人口推計」では2025年10月1日現在の総人口(概算値)は1億2,321万人で前年同月比59万人の減少です。値上げに対する消費者の反応が変われば、この均衡は崩れます。買い手に示すべきは売上の合計ではなく、客数と客単価に分解した推移です。どちらが動いているかが見えれば、将来の議論が具体的になります。
A.決定的な不利にはなりませんが、伸びしろとして見られます。経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」(2025年8月公表)によれば、2024年の物販系分野のEC化率は9.78%で、金額ベースでは依然として9割が実店舗を含むEC以外の経路です。ECが実店舗を置き換えるという単純な図式ではなく、商品カテゴリーによって浸透度が大きく異なります。買い手が見るのは、取り置き・店頭受取、店舗在庫の可視化、SNSでの集客といった取り組みの有無で、これは「引き継いだ後に伸ばせるか」の判断材料になります。POS・在庫システムの状況とデータの引き継ぎ可否も整理しておいてください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら