宿泊業は、訪日需要という強い追い風を受けながら、人手不足と設備の老朽化という重い課題を同時に抱えています。同じ「宿泊業」でも、都市部のホテルと地方の旅館では、稼働率も収益構造も大きく異なります。本稿では、公表統計でその差を確認し、制度の動き、経営環境、そして事業承継の論点を整理します。

需要の現在地|訪日は過去最高、日本人は減少

日本政府観光局(JNTO)の発表によれば、2025年の訪日外客数は4,268万3,600人で前年比15.8%の増加、年間として初めて4,200万人を超え、過去最高を更新しました。観光庁のインバウンド消費動向調査の速報値では、訪日外国人旅行消費額は前年比16.4%増の9兆4,559億円とされています。

一方、宿泊の実態を見ると別の姿が浮かびます。観光庁「宿泊旅行統計調査」(2025年・年間値の速報値)によれば、2025年の延べ宿泊者数は6億5,348万人泊で前年比0.8%の減少でした。内訳は、外国人が1億7,787万人泊(同8.2%増、過去最高)、日本人が4億7,561万人泊(同3.8%減)とされています。

つまり、外国人宿泊者は増えている一方、日本人の宿泊は減っており、全体としてはわずかな減少になっています。訪日需要の恩恵が及ぶ地域・施設と、そうでない地域・施設との差が広がっているということです。

客室稼働率については、同調査で2025年は61.8%(前年から2.2ポイント上昇)とされ、施設タイプ別では、ビジネスホテル75.3%、シティホテル74.2%、リゾートホテル56.9%、旅館38.4%、簡易宿所29.6%とされています。都道府県別では大阪府が78.8%で最も高いとされています。

ビジネスホテルと旅館では、稼働率に約2倍の開きがあります。この差が、宿泊業を一括りに語れない理由です。

供給の現在地|施設数は増加している

厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」によれば、令和6年度末現在の全国の旅館業は98,338施設で、前年度の93,475施設から4,863施設(5.2%)の増加とされています。内訳は、旅館・ホテル営業が52,946施設(前年度比3.7%増)、簡易宿所営業が44,901施設(同7.1%増)、下宿営業が491施設とされています。

需要の伸びに対して、供給も増えています。とくに簡易宿所営業の増加率が高く、小規模な宿泊施設の参入が続いていることがうかがえます。稼働率が上昇している一方で、競争は緩んでいないということです。

制度面では、旅館業法が改正され2023年12月13日に施行されました。改正では、宿泊施設に過重な負担となる要求を繰り返す者について宿泊を拒むことができる旨など、宿泊拒否事由が整理されるとともに、感染症対策に関する規定が整備されています。

宿泊拒否の可否の判断や、感染症対策の具体的な運用は、状況によって異なります。実務にあたっては厚生労働省の公表資料および所管の保健所、専門家にご確認ください。

経営環境|人手、設備、そして価格

人手不足

宿泊業は、フロント、客室清掃、調理、配膳と、人手を要する工程が多い事業です。とくに旅館では、夕食・朝食の提供が付随するため、調理と配膳の人員が欠かせません。人が確保できなければ、稼働できる客室数を絞るという判断につながります。

厚生労働省の公表によれば、令和7年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,121円となり、前年度から66円の引上げで、初めて全都道府県で1,000円を超えました。令和8年度も、目安どおりに改定されれば全国加重平均は1,176円になるとされています。

設備の老朽化

旅館・ホテルは装置産業であり、建物、客室、浴場、空調、給排水といった設備の更新に多額の資金を要します。開業から数十年を経た施設では、更新の時期が一度に到来することも珍しくありません。この投資判断が、経営者の引退時期と重なるのが、この業界の承継が難しい理由のひとつです。

価格

稼働率の上昇に伴い、客室単価の引き上げが進んだ施設もあります。ただし、単価を上げるには、それに見合う体験の提供が求められます。設備が古いまま単価だけを上げれば、評価が下がり、次の予約に影響します。

事業承継の観点|宿泊業で何が論点になるか

帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。旅館は家族経営が多く、経営者の高齢化と設備更新の重なりから、承継が現実的な課題となっている施設が各地にあります。

承継を検討する際に整理しておきたい点は次のとおりです。

  • 月別・曜日別の稼働率と客室単価(ADR)、直近3期の推移
  • 販売チャネル別の構成(自社予約、旅行会社、予約サイト)と手数料率
  • 国内客と外国人客の比率、国・地域別の内訳
  • 建物・設備の設置年、大規模修繕の履歴と今後の更新見込額
  • 土地建物の権利関係(法人所有・経営者個人所有・借地の別)
  • 旅館業の許可の状況、消防法令適合、建築基準法上の適法性
  • 従業員の構成(調理、客室清掃、フロント)と、外国人材の在留資格
  • 温泉を有する場合、温泉法に基づく許可・利用の状況

許認可の引き継ぎ方については「M&Aと許認可|株式譲渡と事業譲渡で異なる引き継ぎの考え方」で解説しています。

とくに建物の状態は、この業種のM&Aで最も慎重に見られる領域です。買い手は、取得後に必要となる修繕・改装の費用を見積もり、それを価格に反映させます。したがって、直近で大規模修繕を実施していれば、その事実は明確に示すべき材料になります。逆に、更新が先送りされている場合は、その見込額を自ら把握しておくことで、交渉の主導権を保ちやすくなります。

M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと

宿泊業の譲渡では、株式譲渡と事業譲渡(不動産の売買を含む)のいずれを選ぶかで、手続きも税務も大きく変わります。株式譲渡では法人が存続するため、旅館業の許可、消防・建築に関する届出、従業員の雇用は一般に維持されます。事業譲渡や不動産の売買では、許可の取得や名義の変更が個別に必要になるのが通常であり、不動産取得税・登録免許税などの負担も生じます。

そのほか、一般に確認される事項を挙げます。

  • 建物の耐震性能と、耐震診断・改修の実施状況
  • アスベスト等の使用状況に関する調査の有無
  • 予約の受注残と、譲渡日をまたぐ予約の取り扱い
  • 予約サイトのアカウントとレビュー、その引き継ぎ可否
  • 借入金と、担保に供されている資産の状況
  • 労務管理(変形労働時間制、住み込み・寮の取り扱い)

宿泊業では、借入と担保の整理が交渉の中心になることがあります。設備投資の負担が大きい業種であるため、借入残高が資産価値を上回っているケースもあり、その場合は金融機関との調整を含めた設計が必要になります。詳しくは「ホテル・旅館のM&A|事業承継と売却で押さえるべき論点」をご覧ください。

まとめ|稼働の差が、選択肢の差になる

訪日外客数は4,268万3,600人と過去最高(JNTO、2025年)、客室稼働率は61.8%(観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・速報値)。しかし施設タイプ別ではビジネスホテル75.3%に対し旅館38.4%と大きな差があり、延べ宿泊者数は全体では前年比0.8%の減少でした。旅館業の施設数は98,338施設(厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」)と増加しています。

この状況で重要なのは、自館がどの位置にいるかを数字で把握することです。稼働率、単価、チャネル構成、そして修繕の見込額——これらが揃っていれば、単独で続けるのか、資本を入れるのか、譲渡するのかを、具体的に比較できます。

設備の更新に踏み切れない、後継者がいない——そうした段階でも、選択肢を並べるところからご相談いただけます。当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、守秘義務を徹底して対応いたします。

本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。制度・統計の解釈や個別の適用については、必ず所管官庁および専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.内訳が分かれているためです。観光庁「宿泊旅行統計調査」(2025年・年間値の速報値)によれば、2025年の延べ宿泊者数は6億5,348万人泊で前年比0.8%の減少、内訳は外国人が1億7,787万人泊(8.2%増、過去最高)、日本人が4億7,561万人泊(3.8%減)です。訪日外客数は日本政府観光局(JNTO)の発表で4,268万3,600人と過去最高ですが、その恩恵が及ぶ地域・施設と、そうでない地域・施設との差が広がっています。自館がどちら側にいるかは、国内客と外国人客の比率で確認できます。
A.稼働率の水準だけでは決まりません。観光庁の同調査では2025年の客室稼働率は全体で61.8%、施設タイプ別ではビジネスホテル75.3%、シティホテル74.2%、リゾートホテル56.9%、旅館38.4%、簡易宿所29.6%とされており、業態によって前提が異なります。見られるのは、月別・曜日別の稼働率と客室単価(ADR)の推移、販売チャネル別の構成と手数料率、そして単価に見合う体験を提供できているかです。業態の一般論ではなく、自館の数字で説明してください。
A.建物の状態は、この業種のM&Aで最も慎重に見られる領域です。買い手は取得後に必要となる修繕・改装の費用を見積もり、それを価格に反映させます。したがって、更新が先送りされている場合でも、その見込額を自ら把握しておくことで、交渉の主導権を保ちやすくなります。直近で大規模修繕を実施していれば、その事実は明確に示すべき材料です。あわせて、建物の耐震性能と耐震診断・改修の実施状況、アスベスト等の使用状況に関する調査の有無も確認されます。
A.一概には言えませんが、この業種では珍しい状況ではありません。宿泊業は設備投資の負担が大きいため、借入残高が資産価値を上回っているケースもあり、その場合は金融機関との調整を含めた設計が必要になります。借入金と担保に供されている資産の状況、土地建物の権利関係(法人所有・経営者個人所有・借地の別)を早い段階で整理し、金融機関との話をどの順序で進めるかを含めてご相談ください。当社は相談料・着手金・月額報酬0円で、お問い合わせには2営業日以内にご返信します。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら