飲食業は、売上が回復しても利益が戻らないという難しい局面にあります。値上げは進み、客単価は上がり、売上高は前年を上回っている。それでも倒産は過去最多を更新している——この二つの事実が同時に成立しているのが、いまの外食産業です。本稿では、公表統計でその実像を確認し、経営環境と事業承継の論点を整理します。
業界の現在地|売上は伸び、客数は頭打ち
日本フードサービス協会「外食産業市場動向調査」によれば、2025年通年の全体売上は前年比107.3%、客単価は同104.3%でした。売上の押し上げ要因は客単価の上昇であり、客数については頭打ち感が進んでいるとされています。コロナ禍からの回復が早かった一部の業態では、客数が前年を下回ったとされています。
2025年は、4月から10月まで大阪・関西万博が開催され関西圏の外食需要にプラスとなったほか、訪日外客数の増加も追い風になったとされています。日本政府観光局(JNTO)の発表によれば、2025年の訪日外客数は4,268万3,600人で前年比15.8%の増加、年間として過去最高を更新しました。
一方、倒産の動向は厳しいものです。帝国データバンクの調査によれば、2025年の飲食店の倒産は900件で、前年の894件を上回り過去最多を更新したとされています。同社の調査では、飲食店の人手不足倒産は21件で、業種別に過去最多を更新したとされています。
売上が伸びているのに倒産が最多という状況は、売上の伸びがコストの伸びに追いついていないことを示しています。
コスト側|人件費と食材費の上昇
人件費
厚生労働省の公表によれば、令和7年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,121円となり、前年度から66円の引上げで、初めて全都道府県で1,000円を超えました。これは目安制度が始まって以降で最高の引上げ額とされています。令和8年度についても、目安どおりに改定されれば全国加重平均は1,176円になるとされています。
飲食業はパート・アルバイトの比率が高く、この改定は損益に直接反映されます。しかも、時給を上げても人が集まらない状況が続いており、営業時間の短縮や定休日の増設で対応する店舗が増えています。
食材費
総務省「消費者物価指数」によれば、2025年平均の食料の指数は前年比6.8%の上昇で、なかでも穀類は21.9%の上昇でした。総合指数は3.2%の上昇です。米、油脂、調味料と、原価の中核を占める品目の上昇が続いています。
客単価の上昇(前年比104.3%、日本フードサービス協会)が、食材費と人件費の上昇をどこまで吸収できるか——ここが、いまの飲食業の損益分岐点です。
制度と運営|衛生管理と表示
衛生管理については、改正食品衛生法により2021年6月1日からHACCPに沿った衛生管理が原則としてすべての食品等事業者に義務づけられました。同時に営業許可制度も見直され、許可業種は32業種に整理されるとともに、リスクの低い業態については届出制が新設されています。
飲食店営業は許可業種であり、小規模な事業者については取り扱う食品の特性等に応じた「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」で足りるとされていますが、いずれにせよ衛生管理計画の作成と記録の保存が求められます。この記録の整備状況は、M&Aのデューデリジェンスで確認される項目です。
運営面では、次のような対応が広がっています。
- 券売機・モバイルオーダー・配膳ロボットの導入による省人化
- セントラルキッチンや外部加工品の活用による厨房作業の削減
- ランチとディナーで業態を変える、昼夜の二毛作
- デリバリー・テイクアウトの併用と、その採算管理
- メニューの絞り込みによる食材ロスと作業の削減
営業許可の業種区分や衛生管理の要件は、提供する食品と自治体の運用によって異なります。実務にあたっては所管の保健所および専門家にご確認ください。
事業承継の観点|飲食業で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。飲食業は個人経営から多店舗展開まで幅が広く、承継の形も多様です。とくに、経営者自身が調理と接客の中心にいる店では、その方が退いた後に同じ売上が立つかという問いが避けられません。
承継を検討する際に整理しておきたい点を挙げます。
- 店舗別の売上・食材原価率・人件費率・営業利益(直近3期)
- 店舗の賃貸借契約(残存期間、更新条件、中途解約の違約金、保証金、造作の扱い)
- 厨房設備・空調・給排水の設置年と、修繕・更新の履歴
- 従業員の構成(調理・ホール、社員とアルバイトの比率、店長候補の層)
- 営業許可の名義・有効期限、深夜酒類提供飲食店営業の届出等の状況
- レシピ・仕込み手順の文書化の度合い
とくに賃貸借契約は、飲食店のM&Aで最初に確認される事項です。契約書に譲渡・転貸の禁止条項や、支配株主の変更を解除事由とする条項が置かれている場合、事業譲渡はもちろん株式譲渡でも貸主への説明が実務上必要になることがあります。
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
飲食業の譲渡では、スキームの選択が実務を大きく分けます。
株式譲渡では法人が存続するため、飲食店営業許可、賃貸借契約、従業員の雇用は一般に維持されます。事業譲渡や店舗単位の譲渡では、営業許可は譲受側があらためて取得することが前提になるのが通常であり、賃貸借契約の名義変更についても貸主の承諾が必要になります。この違いは、引き渡しまでの期間と、営業を止めずに移行できるかどうかに直結します。
そのほか、一般に整理が求められる事項です。
- 造作(内装・厨房設備)の所有関係と、造作譲渡契約の有無
- 未払残業の有無、シフト管理と労働時間の記録
- 仕入先との取引条件、掛けの残高
- デリバリー等のプラットフォームとの契約と、その承継可否
- 従業員への開示のタイミングと方法
従業員への伝え方は、飲食業ではとくに慎重を要します。現場が人で回っている以上、動揺は営業に直結します。「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか|開示のタイミングと注意点」もあわせてご覧ください。実務の詳細は「飲食店・飲食企業の売却|事業譲渡と株式譲渡、店舗価値の考え方」で解説しています。
まとめ|数字が分解できていれば、選択肢は残る
2025年の外食は、売上前年比107.3%、客単価104.3%(日本フードサービス協会)という数字の一方で、飲食店の倒産は900件と過去最多(帝国データバンク、2025年)でした。食料の物価は前年比6.8%上昇(総務省)、最低賃金は全国加重平均1,121円(令和7年度、厚生労働省)。この環境で利益を残すのは容易ではありません。
それでも、選択肢を持てるかどうかは準備で変わります。店舗別の採算が分解でき、賃貸借契約の条件が把握でき、レシピと手順が文書化されている——この状態であれば、閉店ではなく譲渡という道を選べる可能性が高まります。
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本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。制度・統計の解釈や個別の適用については、必ず所管官庁および専門家にご確認ください。