温泉地や観光地で代々受け継がれてきた旅館、家族で切り盛りしてきたホテル。「自分の代で暖簾を下ろすのは忍びないが、子どもに継がせるのも難しい」というお悩みは、宿泊業のオーナー様から特に多くいただくご相談のひとつです。旅館・ホテルのM&Aには、不動産と事業の一体性や旅館業法の許可など、他の業種にはない特有の論点があります。本稿では、旅館・ホテルの事業承継と売却を検討されるオーナー様に向けて、押さえておきたい論点と進め方を順にご説明します。

旅館・ホテル業の承継課題|「家業」ゆえの難しさ

旅館は、日本の中でも「家業」としての性格が色濃く残る業種です。建物や源泉、常連のお客様との関係、女将の存在を含めたおもてなしの文化——それらが一体となって宿の価値を形づくってきました。だからこそ、承継は「経営権を譲る」以上の重みを持ちます。

一方で、ご子息・ご息女が都市部で別の道に進んでいる、宿の仕事の厳しさを知っているだけに継がせることをためらう、といった事情から、親族内での承継がまとまらないケースは少なくありません。帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされており、およそ2社に1社が後継者未定という状況は、宿泊業にとっても他人事ではありません。

後継者が見つからないまま時間が経つと、建物への投資は先送りされ、宿の競争力は少しずつ失われていきます。第三者への承継(M&A)は、暖簾と雇用、そして地域の観光資源としての宿を次代につなぐ現実的な選択肢として、関心が高まっているという傾向が指摘されています。

買い手がつきやすい旅館・つきにくい旅館の一般的な傾向

すべての旅館に同じように買い手が現れるわけではありません。個別性が非常に強い業種ですが、一般論として、買い手の検討が進みやすい宿とそうでない宿には次のような傾向があるといわれます。

観点検討が進みやすい傾向検討が慎重になりやすい傾向
立地・観光資源知名度のある温泉地・観光地に位置し、集客の裏付けがある集客の見通しを立てにくい立地で、独自の集客装置もない
建物の状態修繕・改装の履歴が整理され、今後の投資額を見積もりやすい老朽化が進み、必要な修繕の全体像がつかめない
収益性稼働や料金の実績が記録され、収支の構造を説明できる帳簿と実態の対応が不明瞭で、収支の説明が難しい

ここで大切なのは、「古い建物だから売れない」と決めつける必要はないということです。立地や源泉に魅力があれば、改装を前提に取得を検討する買い手も存在します。むしろ分かれ目になるのは、買い手が投資判断に必要な情報を確認できる状態になっているかどうかです。この点は後述の「磨き上げ」に直結します。

不動産と事業の一体性|旅館M&A特有の論点

旅館・ホテルのM&Aを他業種と分けている最大の特徴が、不動産と事業が一体である点です。宿泊業の価値は建物・土地と切り離せず、取引の検討は自然と「事業の譲渡」と「不動産の移転」の両面を持つことになります。

建物の修繕負担

旅館の建物は、客室・大浴場・厨房・配管など、継続的な修繕を必要とする設備の集合体です。買い手は取得後に必要となる修繕・改装の負担を織り込んで価格を検討するため、修繕の履歴と今後見込まれる修繕の内容を整理して開示できるかどうかが、交渉の質を大きく左右します。

担保の扱い

建物や土地に金融機関の担保権(抵当権など)が設定されていることも、宿泊業では珍しくありません。譲渡にあたっては、借入金の返済や担保の解除・引き継ぎについて金融機関との調整が必要になるのが一般的です。オーナー様個人の保証が付されている場合には、その扱いも重要な論点となります。早い段階で借入と担保の状況を一覧化しておくと、その後の検討が格段に進めやすくなります。

スキームの選択

会社ごと譲渡するのか、宿の事業と不動産を切り出して譲渡するのかによって、契約の構造も税務も大きく変わります。スキームごとの基本的な違いは「株式譲渡と事業譲渡の違い」で解説していますので、あわせてご覧ください。

許認可・雇用の承継|旅館業法の許可とスタッフの引き継ぎ

旅館業法の許可

旅館・ホテルの経営には、旅館業法に基づく許可が必要です。そして事業を第三者へ承継する際には、許可に関する手続きが必要になります。どのような手続きが必要になるかは、株式譲渡か事業譲渡かといったスキームによって異なるため、営業を止めることなく引き継ぐには、行政庁への確認を含めた事前のスケジュール設計が欠かせません。飲食の提供や温泉の利用など、宿の運営に付随する許認可・届出についても、あわせて棚卸ししておくと安心です。

雇用の引き継ぎ

旅館の価値の中核は、おもてなしを担う人にあります。調理場、客室係、フロント——長年宿を支えてきたスタッフの雇用がどう引き継がれるかは、売り手・買い手双方にとって最重要の論点のひとつです。一般に、雇用の承継のされ方もスキームによって異なるため、雇用条件の維持方針を買い手と丁寧にすり合わせ、従業員への開示のタイミングと伝え方を慎重に設計することが、承継後の円滑な運営につながります。

売却前の磨き上げ|稼働の見える化と修繕リスクの整理

「磨き上げ」とは、売却の検討を始める前に、事業の価値を買い手へ正しく伝えられる状態を整えることを指します。旅館・ホテルの場合、特に効果が大きいのは次の二点です。

稼働の見える化

買い手がまず知りたいのは、宿がどのように稼いでいるかです。次のような情報を整理しておくと、買い手は事業の実力を評価しやすくなります。

  • 客室稼働の状況や季節ごとの繁閑の傾向を示す記録
  • 宿泊プラン・料金と、予約経路(自社予約・予約サイト・旅行会社など)の構成
  • 宿泊部門と料飲部門など、部門ごとの収支の内訳
  • リピーターや常連のお客様の存在を示す情報

簿外の修繕リスクの整理

帳簿に現れない「いずれ必要になる修繕」は、買い手にとって最大の不安要素のひとつです。配管や屋根、ボイラーなどの状態を把握し、これまでの修繕履歴と今後見込まれる修繕を一覧にしておくことで、買い手は不安を織り込んだ過度な減額ではなく、根拠のある価格提示をしやすくなります。不利な情報も含めて先に開示する姿勢は、交渉における信頼の土台にもなります。デューデリジェンスで確認される内容を事前に知っておきたい方は「デューデリジェンス(DD)とは」もご参照ください。

まとめ|旅館・ホテルM&Aの進め方

旅館・ホテルのM&Aは、おおむね次のような流れで進みます。まず宿の現状把握(借入・担保・許認可・修繕状況の棚卸し)と磨き上げを行い、並行して譲渡の条件やスキームの方向性を整理します。そのうえで買い手候補を探索し、トップ面談・基本合意・デューデリジェンスを経て最終契約、引き継ぎへと進みます。全体の標準的な流れは一般の会社のM&Aと共通ですが、旅館の場合は許認可の手続きと不動産・金融機関の調整が加わるぶん、時間の余裕を持って始めることが特に重要です。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」(第3版・令和6年8月)でも、早期の相談と支援機関の適切な関与の重要性が示されています。当社は旅館・ホテルを含む中小企業の事業承継・売却を初回相談から成約まで一気通貫でご支援しています。相談料・着手金・月額報酬は0円です(基本合意時の中間金と成約時の成功報酬については料金体系をご覧ください)。「まだ売ると決めたわけではない」という段階のご相談も歓迎です。事業承継全体の考え方は事業承継のご案内もあわせてご覧ください。

本稿の許認可・法務・税務に関する記載は2026年8月時点の制度に基づく一般的な解説です。個別の手続きについては、必ず行政庁・弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.建物が古いこと自体で売却の可能性がなくなるわけではありません。立地や源泉、顧客基盤などに魅力があれば、改装を前提に取得を検討する買い手も存在します。大切なのは、修繕の履歴や今後見込まれる修繕の内容を整理して開示し、買い手が投資判断をしやすい状態を整えることです。
A.旅館業の経営には旅館業法に基づく許可が必要であり、承継にあたっては手続きが必要です。株式譲渡か事業譲渡かといったスキームによって必要となる手続きは異なるため、営業を止めずに引き継ぐには、行政庁への確認を含めた事前のスケジュール設計が重要になります。
A.一般に、情報管理の観点から、基本合意や最終契約など一定の節目までは開示範囲を絞り、伝えるタイミングと伝え方を買い手と協議のうえ慎重に設計することが多いです。旅館はおもてなしを担う人材が事業価値の中核であるため、雇用と処遇の方針をあわせて示すことが従業員の安心につながります。

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大切に育ててこられた宿の承継、ご一緒に考えます。

相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。守秘義務を徹底し、暖簾と雇用を守る承継をご支援します。
メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら