教材・出版の事業は、コンテンツという無形の資産で成り立っています。工場も店舗も持たない一方、著作権や執筆者との関係、そして採用してくださる学校・塾との信頼が事業の中身そのものです。本稿では、教材需要を規定する人口の前提と、学校現場で進むデジタル化の状況を公表資料で確認したうえで、事業承継の観点でどこが論点になるのかを整理します。
需要の前提|出生数686,173人という制約
教材・教育出版の需要は、児童生徒の数によって規定されます。厚生労働省「令和6(2024)年人口動態統計(確定数)」によると、令和6年の出生数は686,173人で過去最少、9年連続の減少です。前年からは41,115人の減少で、合計特殊出生率は1.15と過去最低となりました。
この数字は、教材市場の母数が今後も確実に縮小していくことを意味します。しかも、一度生まれた人数は増えませんから、10年先までの児童生徒数はすでにほぼ確定しています。教材事業にとって、これは前提条件であって変数ではありません。
一方で、一人当たりの教育支出は維持されています。文部科学省「令和5年度子供の学習費調査」によると、保護者が支出した1年間・子供一人当たりの学習費総額は、公立中学校で542,450円、うち学校外活動費が356,018円(65.6%)を占めます。学校外活動費のうち補助学習費は公立中学校で27.2万円でした。
母数は減るが、一人当たりの単価は維持される。この構造のなかで、教材事業者に求められるのは、部数を追うことではなく、一人の学習者に対してより深く関わるコンテンツと仕組みを持つことです。
学校現場の変化|デジタル教科書の段階的導入
教材事業にとって最も大きな環境変化は、学校現場のデジタル化です。文部科学省によれば、平成31年4月に「学校教育法等の一部を改正する法律」が施行され、紙の教科書と併用する形でデジタル教科書を使用することが可能になりました。
そして同省は、「当面の間は、紙の教科書との併用を前提とした上で、2024年度から全国全ての小中学校等を対象に学習者用デジタル教科書を段階的に導入しています」としています。今後のあり方については、中央教育審議会において審議が進められている段階です。
1人1台の端末が学校現場に行き渡ったことで、教材の届け方そのものが変わりました。紙で印刷して配る以外に、端末経由で配信するという選択肢が加わり、学習履歴を蓄積して個別に出題を最適化するといった仕組みも技術的には可能になっています。
この変化は、教材事業者にとって機会でもあり脅威でもあります。デジタル配信に対応できる制作体制とシステムを持つ事業者にとっては新しい市場が開ける一方、紙の印刷物としての教材に特化してきた事業者にとっては、対応のための投資が重い負担になります。
教科書・教材に関する制度の詳細と今後の方針は、文部科学省および中央教育審議会の公表資料をご確認ください。
紙とデジタルの併存という現実
重要なのは、文部科学省の記述が「当面の間は、紙の教科書との併用を前提とした上で」という条件つきである点です。デジタルへの一斉移行ではなく、紙とデジタルが併存する状態が続くという前提が置かれています。
この併存は、教材事業者にとって二重のコストを意味します。同じ内容を紙とデジタルの両方で用意し、更新も両方に反映しなければならないからです。制作フローを両対応に組み替えられている事業者と、そうでない事業者とで、単位あたりのコストに差が生じます。
また、デジタル教材では、内容の正しさに加えて、動作の安定性、端末やブラウザとの互換性、アクセシビリティへの配慮といった要素が求められます。これらは従来の編集・校正とは別の技能であり、外部のシステム開発事業者との連携が必要になる場合も少なくありません。
教材の需要側にあたる学習塾の状況は学習塾業界の動向で整理しています。結果として、教材の制作は、編集とシステムの両方を扱える体制を持つ事業者に集約されやすくなります。中小の教材出版社が、より大きな事業者やシステム会社と組むという判断をする背景には、この構造があります。
経営環境の変化|制作体制と権利処理
教材・出版事業の費用は、制作費(編集・執筆・デザイン・組版)、印刷製本費、そして販売にかかる費用が中心です。用紙代と印刷費の上昇は、紙の教材を主力とする事業者の収益を直接に圧迫しています。
一方で、無形の資産である著作権の管理が、この業界の価値の源泉です。誰が権利を持ち、どの範囲まで利用できるのかが整理されているかどうかは、事業の価値そのものを左右します。
とくに教材では、他者の著作物を引用・掲載することが多く、その許諾の範囲が問題になりがちです。紙の教材として許諾を得ていた素材を、デジタル配信でもそのまま使えるとは限りません。デジタル化を進めるうえで、既存コンテンツの権利処理をどこまで遡って確認できるかが、実務上の大きな壁になります。
また、執筆者・監修者との契約が書面で残っているか、著作権が事業者に帰属しているのか、それとも利用許諾にとどまるのかも、承継の場面で必ず確認される事項です。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。教材・出版の分野は、創業者の企画力と、長年築いてきた学校・塾との関係で成り立っている事業が多く、承継の相手を身近に見つけにくい業種のひとつです。
承継を検討される際に整理しておきたいのは、次のような点です。
- 刊行物・教材ごとの著作権の帰属と、執筆者・監修者との契約書の有無
- 掲載素材(図版・写真・文章の引用)の許諾範囲と、デジタル利用の可否
- 採用実績(どの学校・塾で、何年継続して使われているか)
- 売上の構成(定番教材・新規教材・受託制作の比率)
- 編集者・デザイナーの人数と、外部委託先との関係
- デジタル配信の仕組みを自社で持っているか、外部に依存しているか
- 在庫の量と、返品の状況
とりわけ、権利関係の書面が整っているかどうかは、譲渡価格にも交渉のスピードにも影響します。契約書が残っておらず、口頭の合意で長く続いてきた関係が多い場合、引き継ぐ側はリスクを織り込んだ判断をせざるをえません。
また、教材の価値は「継続して採用されている」という事実に宿ります。単年度の売上より、何年続けて使われているかのほうが、引き継ぐ側にとっては重要な情報です。この点は教材・出版事業のM&Aの記事で詳しく整理しています。
まとめ|コンテンツが生きているうちに
教材・出版業界の現在地は、二つの構造変化に挟まれています。ひとつは出生数686,173人という母数の縮小。もうひとつは、2024年度から全国の小中学校等で段階的に導入が進む学習者用デジタル教科書に代表される、学校現場のデジタル化です。
この二つに同時に対応するには、制作体制の刷新と権利処理の整備という、いずれも時間のかかる投資が必要になります。単独での対応が難しいと感じられる場合、コンテンツを持つ事業者と、配信の仕組みや販売網を持つ事業者が組むという選択肢は現実的です。
コンテンツが現に採用され、編集の体制が生きているうちであれば、その価値は明確に伝わります。反対に、改訂が止まり、採用校が減り始めてからでは、引き継ぐ側から見た魅力は大きく損なわれます。当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、教材・出版事業を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。