設備保守・メンテナンスは、建物や機械が動き続けるかぎり必要とされる仕事です。契約に基づいて継続的に売上が立つという意味で、事業としての安定性は高い。しかし、その安定性を支える現場の担い手をどう確保するかが、いま最大の課題になっています。
数字で見る設備保守・メンテナンス業界の現在地
この業界の実態を継続的に調べている資料として、公益社団法人全国ビルメンテナンス協会の実態調査があります。同協会の「ビルメンテナンス情報年鑑2026」(第56回実態調査結果)は、2025年10月24日から12月5日にかけて全国協会所属会員2,809事業所を対象に実施され、1,060事業所から回答を得たものです(回収率37.7%)。
同調査によれば、2025年度の売上高見通し(対前年度比)は全体平均で+6.3%とされています。また、2025年度の契約改定率は官公庁6.2%、民間10.0%と報告されており、人件費の上昇を契約に反映する動きが進んでいることがうかがえます。営業利益率は2023年度の+5.3%から2024年度は+6.1%へと改善しています。
売上と利益の面では改善傾向が見られる一方、経営課題として挙げられた項目には、この業界の本質的な難しさが表れています。
13年連続1位という経営課題
同じ実態調査で挙げられた主要な経営課題(複数回答)は次のとおりです。
| 経営課題 | 回答率 |
|---|---|
| 現場従業員が集まりにくい | 88.5%(2013年度以降13年連続1位) |
| 現場従業員の若返りが図りにくい | 74.1% |
| 賃金上昇が経営を圧迫している | 67.5% |
「現場従業員が集まりにくい」が13年連続で1位という事実は、この課題が一過性のものではなく、業界の構造そのものに根ざしていることを示しています。清掃、設備管理、警備といった現場の仕事は、募集をかけても人が集まりにくい。そして、集まった人材も高齢化していく。
契約改定率が民間で10.0%に達しているのは、この人件費上昇を発注者に転嫁せざるを得ない状況の反映です。裏を返せば、改定を受け入れてもらえない契約は、続けるほど利益を失うことになります。
制度の枠組み|建築物衛生法と有資格者
建物の維持管理は、法令によって一定の水準が求められています。代表的なものが「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」(建築物衛生法、いわゆるビル管理法)です。この法律に基づき、一定規模以上の特定建築物の所有者等には、都道府県知事等への届出と、建築物環境衛生管理技術者の選任が求められています。空気環境、給水・排水、清掃、ねずみ・昆虫の防除について、政令で定める基準に従った管理が必要とされています。
このほか、設備の種類に応じて次のような資格・制度が関わります。
- 電気設備——電気事業法に基づく電気主任技術者、電気工事士
- ボイラー・圧力容器——労働安全衛生法に基づく作業主任者等
- 消防設備——消防法に基づく消防設備士、点検資格者
- 昇降機——建築基準法に基づく定期検査
- 冷凍空調——高圧ガス保安法、フロン排出抑制法に基づく点検・記録
つまり、この事業は「有資格者を確保し、法定の点検を確実に実施し、記録を残す」ことで成り立っています。これらが揃っていることが参入の障壁であり、既存事業者の事業基盤でもあります。
ストック収益という強み、その裏側にあるもの
設備保守業の最大の特徴は、契約に基づく継続的な収入です。年間の保守契約を結んでいれば、月々あるいは点検のたびに売上が立ちます。工事のように受注の波に左右されにくく、事業計画も立てやすい。M&Aの場面で保守契約が高く評価されるのは、この予測可能性のためです。
ただし、このストック性には条件があります。
- 契約が自動更新か、都度見直しか——毎年入札や相見積もりにかけられる契約は、ストックとはいえません。
- 単価改定ができるか——人件費が上がっても改定できない契約は、続けるほど利益を失います。
- 解約の条件——短期の予告で解約できる契約が多い場合、将来収益の確からしさは下がります。
- 更新の実績——過去何年、同じ契約先と継続できているか。この実績こそが、ストック性の証明になります。
したがって、譲渡を検討される際には、契約先ごとに「契約期間・更新条件・単価・直近の改定履歴」を一覧化しておくことが有効です。これはそのまま、事業の価値を説明する資料になります。
事業承継の観点|契約・技術者・記録
帝国データバンクの2025年調査によると、国内企業の後継者不在率は50.1%です。設備保守業は、契約という形で価値が可視化されやすい一方、その契約を維持できる技術者がいなければ成立しません。
整理しておきたい論点は次のとおりです。
- 契約の棚卸し——契約先、契約期間、更新条件、年間金額、配置人数、直近の改定履歴。支配株主の変更を通知事項や解除事由とする条項の有無も確認してください。官公庁や大手企業との契約では、こうした条項が置かれていることがあります。
- 有資格者——建築物環境衛生管理技術者、電気主任技術者、消防設備士などの在籍状況と、譲渡後の残留見込み。経営者ご本人が有資格者である場合、体制の再構築が前提になります。
- 点検記録——法定点検の実施記録が適切に整備されているか。記録の不備は、それ自体が是正コストとして評価に影響します。
- 人員構成——現場従業員の人数、年齢構成、勤続年数、離職率。前述のとおり採用難が業界共通の課題であるだけに、安定的に採用できていること自体が価値になります。
- 労務管理——交代制勤務・深夜勤務がある場合の労働時間管理、割増賃金、仮眠時間の取扱い。デューデリジェンスで指摘されやすい領域です。
- 外注の構成——専門工事や特殊清掃を外注している場合、その先の確保状況と単価。
保守契約がどのように評価されるかは「設備保守・メンテナンス会社のM&A」、清掃・警備を含む建物管理全体の論点は「ビルメンテナンス業のM&A」で整理していますので、あわせてご覧ください。
まとめ|契約が続いているうちに
設備保守・メンテナンス業は、法令に支えられた需要と、契約に基づく継続収入という強みを持っています。契約改定率が上向いていることは、その価値が発注者にも認められつつあることの表れです。一方で、「現場従業員が集まりにくい」という課題は13年連続で1位を占め続けています。
人が確保できなければ、契約は維持できません。契約が続き、有資格者が在籍しているうちであれば、事業には引き継ぐ価値があります。人手不足で契約を返上し始めてからでは、その価値は目減りします。現場を経営者ご自身が埋めている状態が続いているのであれば、それは検討を始める合図と受け止めていただければと思います。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、設備保守・メンテナンス業を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。契約と有資格者の整理から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。