食品製造業は、事業所数でも従業者数でも製造業の上位を占める、日本のものづくりの中核のひとつです。同時に、原材料価格の影響を直接受け、衛生管理の制度対応が求められ、労働集約的な現場を抱えるという難しさもあります。本稿では、公表資料に基づいて、この業界のいまを整理します。
食品製造業の現在地|従業者数は製造業で最も多い
総務省・経済産業省「2024年経済構造実態調査(製造業事業所調査)」によると、食料品製造業の事業所数は2万4659事業所で製造業全体の11.1%を占め、金属製品製造業に次いで2番目に多い分野です(2024年6月1日現在)。従業者数は112万2868人で、これは製造業全体の14.5%にあたり、産業中分類のなかで最も多い水準です。
製造品出荷額等は33兆39億円(2023年)で前年比4.0%増、付加価値額は10兆5699億円で前年比3.3%増となりました。飲料・たばこ・飼料製造業を加えると、事業所数はさらに5137事業所、従業者数は10万7630人、製造品出荷額等は10兆9306億円が加わります。
この「事業所数は2位、従業者数は1位」という組み合わせは、食品製造業が労働集約的であることを端的に示しています。裏を返せば、人手の確保が経営の成否を左右する業界だということでもあります。
制度の動き|HACCPの制度化と表示のルール
食品製造業に最も大きな影響を与えた制度変更は、食品衛生法の改正によるHACCPの制度化です。厚生労働省の枠組みでは、2020年6月1日に施行され、1年の経過措置期間を経て2021年6月1日から完全施行となりました。原則としてすべての食品等事業者に、一般衛生管理に加えてHACCPに沿った衛生管理の実施が義務づけられ、小規模な営業者等については「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」で足りることとされています。あわせて営業許可制度が見直され、営業届出制度が創設されました。
制度化からすでに数年が経ちましたが、実務では「手引書に沿って記録を取っているが、内容の妥当性を検証できていない」という会社も見受けられます。M&Aの場面では、記録の有無だけでなく、逸脱があったときにどう対応し、再発防止をどう記録したかまで確認されます。
表示のルールも変わっている
表示についても動きがあります。消費者庁が2022年3月に策定した「食品添加物の不使用表示に関するガイドライン」は、2年の経過期間を経て2024年4月から本格的に運用されています。特定の添加物を示さずに「無添加」と表示することや、食品表示基準に定義のない用語を用いた表示などが対象とされました。パッケージの表示は、在庫の切替も含めて時間がかかる領域ですので、承継の場面でも確認事項になります。
食品衛生法・食品表示法に基づく義務の範囲は、取り扱う品目、施設の区分、事業規模によって異なります。個別の判断にあたっては、保健所等の所管窓口および専門家にご確認ください。
原材料とエネルギー|価格転嫁は進んだのか
原材料価格の上昇は、この数年で最も大きな経営課題になっています。
中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査結果」(2025年11月28日公表)によれば、コスト全般の価格転嫁率は53.5%、要素別では原材料費55.0%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%でした。同調査では業種別の集計も公表されており、食品製造業は相対的に上位の水準に位置しています。ただし「上位」といっても、上昇分の6割前後という水準です。
2026年1月1日には、下請法が「中小受託取引適正化法」として施行され、協議に応じない一方的な代金決定が禁止されました(公正取引委員会・中小企業庁)。プライベートブランドの受託製造や、量販店との取引において、価格改定の申し入れを行う根拠は明確になっています。
交渉を進めるうえで効くのは、原料歩留まりと工程別のコストを品目単位で把握しておくことです。「原料が上がったので値上げしたい」ではなく、「この品目は原料構成上、これだけの影響を受けている」と示せる会社は、話が前に進みます。
人手の確保|24時間稼働と季節変動を抱える現場
食品製造の現場は、早朝・深夜の稼働、季節による繁閑差、衛生管理のための作業手順など、人手の確保が難しい条件が重なります。前掲の経済構造実態調査では、食料品製造業の従業者数は112万2868人で前年比0.1%増と、製造業全体が0.2%減となるなかでわずかに増加しました。総数としては維持されていますが、これは外国人材や短時間勤務の方に支えられている側面もあります。
M&Aの場面では、この人員構成が必ず論点になります。買い手は、在籍者数だけでなく、就労資格の管理、労働時間の実態、割増賃金の計算、社会保険の適用状況までを確認します。労務面の整理は「労務デューデリジェンスとは」で解説しています。
逆に、シフト管理が仕組み化され、多能工化が進んでいる会社は、それ自体が評価される資産になります。属人的な段取りが少ないほど、引き継ぎは容易だからです。
事業承継の観点|工場・許可・レシピをどう引き継ぐか
帝国データバンクの2025年調査によると、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。食品製造業の承継では、工場・許可・レシピという三つの要素が同時に問われます。
まず工場です。食品工場は建屋・空調・排水・防虫防そなど、衛生を保つための設備投資が継続的に必要です。老朽化した設備をどこまで更新するか、更新せずに事業を続けられるかという判断は、経営者様の残り任期と直結します。
次に許可です。食品衛生法に基づく営業許可は施設ごとに与えられており、株式譲渡であれば法人が存続するため許可は一般に維持されると考えられていますが、事業譲渡の場合の取扱いは異なります。手法の選択については「株式譲渡と事業譲渡の違い」をご覧ください。
そしてレシピです。配合、加熱条件、原料の産地や規格、仕入先との関係——これらは会社の中核資産でありながら、文書として整理されていないことが少なくありません。「あの人がいないと同じ味にならない」という状態は、承継における最大のリスクです。
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
買い手が確認する主な項目を整理します。
| 領域 | 整理しておきたいこと |
|---|---|
| 許可・衛生 | 営業許可の内容と有効期限、HACCPに沿った衛生管理の計画と記録、過去の行政指導・回収事案の有無。 |
| 製品・レシピ | 品目別の売上構成と粗利、配合・製造基準書の整備状況、賞味期限設定の根拠。 |
| 取引先 | 販売先別の売上構成と依存度、取引条件(センターフィー、返品条件等)、価格改定の実績。 |
| 原料 | 主要原料の調達先と代替可能性、産地表示・アレルゲン表示の管理。 |
| 設備 | 製造ライン・冷凍冷蔵設備の設置年と更新見込み、排水設備の状況。 |
| 労務 | 人員構成と就労資格の管理、労働時間と割増賃金、社会保険の適用状況。 |
食品製造業のM&Aで特徴的なのは、買い手が「工場の稼働余力」に強い関心を持つことです。自社の製品を委託生産したい会社、販路はあるが生産設備を持たない会社にとって、稼働に余裕のある工場は魅力的です。設備が古くても、衛生管理と人員が整っていれば評価される場合があります。
より実務的な進め方は「食品製造業のM&A」で解説しています。当社プラチナパートナーズは、食品関連企業の事業承継をご支援しています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。統計は調査時点・集計範囲により数値の定義が異なるため、個別の判断にあたっては原典および専門家へのご確認をお願いいたします。