システム開発・SIerの業界は、人がすべてという点で人材サービス業に近く、成果物に責任を負うという点で製造業に近い、独特の構造を持っています。そして、その構造の中心には多重下請けという長年の課題があります。本稿では、公表されている人材需給の推計と、2026年に施行された取引適正化の制度をもとに、この業界の現在地と承継の論点を整理します。
IT人材の需給|2030年に最大約79万人の不足
この業界を語るとき最もよく参照される推計が、経済産業省の「IT人材需給に関する調査」です。同調査は2019年3月に公表され、2030年のIT人材の需給ギャップを、低位シナリオで約45万人、高位シナリオで約79万人と試算しています。
この推計は7年前のものであり、生成AIの普及をはじめとする近年の技術変化を織り込んでいません。したがって、数字そのものを現在の見通しとして扱うことには慎重であるべきです。ただし、少子化のもとで労働力人口が減少する一方、社会のデジタル化に伴う需要が増えるという構造そのものは、依然として妥当と考えられます。
労働市場の実際の状況を確認すると、厚生労働省「一般職業紹介状況」の令和8年7月分で有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍、正社員有効求人倍率は1.00倍でした。全職業計の数字ですが、労働市場全体が緩んでいるわけではないことがわかります。
人材が採用できないということは、受注があっても案件を受けられないということです。システム開発会社にとって、技術者の頭数は事実上の生産能力の上限であり、その確保が経営の最大の課題であり続けています。
多重下請け構造とは何か
システム開発の受注は、しばしば階層構造をとります。発注元の企業から一次請けが受注し、一次請けが二次請けに一部を委託し、二次請けがさらに三次請けに——という連鎖です。この構造は、大規模なプロジェクトで必要な技術者を短期間に集めるための仕組みとして機能してきました。
一方で、この構造には課題も指摘されてきました。階層が深くなるほど、末端の事業者が受け取る対価は薄くなります。また、発注元の要件が階層を経るうちに伝わりにくくなり、手戻りが生じやすくなるという問題もあります。さらに、契約の形式が請負であるにもかかわらず実態は労働者派遣に近いという、いわゆる偽装請負の懸念も、この業界では長く論じられてきました。
労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分については、厚生労働省の告示および解説が示されており、業務の遂行に関する指示や労働時間の管理を誰が行っているかといった基準で判断されます。中小のシステム開発会社にとって、この区分を実務上どう担保するかは、常に注意を要する論点です。
承継の場面では、この点が必ず確認されます。契約書の形式と現場の実態が乖離していないか、常駐先での指揮命令がどうなっているか——引き継ぐ側は、潜在的なリスクとして丁寧に見ます。
2026年1月施行の取適法が変えるもの
取引の階層構造に直接影響する制度改正が、2026年に施行されました。公正取引委員会によれば、従来の「下請代金支払遅延等防止法」が改正され、法律の名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称:中小受託取引適正化法、通称:取適法)に変更されました。公布は令和7年5月23日、施行は令和8年1月1日です。
同委員会の説明によれば、この改正は、発注者と受注者が対等な関係に基づき価格転嫁および取引の適正化を図ることを目的としています。改正では適用基準に従業員基準が追加され、対象取引に特定運送委託が追加されたほか、事業所管省庁での指導・助言が可能になるよう面的執行が強化されました。
システム開発は、情報成果物作成委託や役務提供委託という形でこの法律の対象となる取引を多く含みます。適用基準に従業員基準が加わったことで、資本金の額だけでは対象外だった取引が新たに規制の範囲に入る可能性があります。
「価格転嫁」が法の目的に据えられたことの意味は、この業界では特に大きいと考えられます。技術者の賃金が上昇するなかで、単価の見直しを発注側に申し入れやすくする制度環境が整えられたということだからです。
中小受託取引適正化法の適用範囲・禁止行為・手続の詳細は、公正取引委員会および中小企業庁の公表資料をご確認ください。個別の取引への適用については専門家にご相談ください。
需要側の変化|クラウド利用は8割超へ
発注側の環境も変わっています。総務省「令和7年通信利用動向調査」(令和8年5月29日公表、常用雇用者100人以上の企業が対象)によると、クラウドサービスを一部でも利用している企業の割合は8割を上回り、増加傾向が続いています。全社的に利用している企業の割合も60.0%に達しました。
クラウドの普及は、システム開発の仕事の中身を変えます。自社でサーバーを構築し、そこにシステムを作り込むという案件が減り、クラウド上のサービスを組み合わせて業務に合わせるという案件が増えます。開発の総量が減るわけではありませんが、求められる技術は変わります。
同調査ではまた、テレワークを導入している企業の割合が50.1%となり前年より増加したことも示されています。働き方が分散すれば、それを支える情報システムの要件も変わります。
こうした変化に追随できる技術者を確保・育成できているかどうかが、システム開発会社の中期的な競争力を決めます。特定の技術やパッケージに深く依存してきた会社ほど、この転換は難しくなります。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。システム開発会社は、創業者が技術者出身で、その技術力と人脈で顧客を獲得してきたケースが多く、その属人性が承継の論点になります。
承継を検討される際に整理しておきたいのは、次のような点です。
- 技術者の人数、年齢構成、保有スキル、勤続年数
- 取引先の構成と、上位数社への売上依存度、取引年数
- 受注形態の内訳(請負・準委任・派遣)と、それぞれの契約書の内容
- 常駐案件の比率と、指揮命令関係の実態
- プロジェクトの採算管理の仕組み(工数の実績把握ができているか)
- 過去の不採算案件・瑕疵対応の履歴
- 自社サービス・パッケージの有無と、その知的財産権の帰属
- 使用しているオープンソースソフトウェアのライセンス管理状況
開発の後工程にあたる保守・運用の状況はシステム保守・運用業界の動向で整理しています。とりわけ工数の実績把握は、引き継ぐ側が重視する点です。案件ごとの採算が見えていない会社は、決算書上の利益がどこから生まれているのかを説明できません。逆に、工数管理が仕組みとして回っている会社は、それ自体が引き継ぐ価値のある資産です。
知的財産の帰属も確認事項です。受託開発した成果物の権利が発注者に移転しているのか、自社に残っているのか。オープンソースの利用条件を満たしているか。これらは知的財産のデューデリジェンスの記事で整理しています。
まとめ|技術者が在籍しているうちに
システム開発・SIer業界の現在地は、人材の需給ギャップと、取引構造の適正化という二つの力に挟まれています。経済産業省の2019年の推計では2030年に最大約79万人のIT人材が不足するとされ、2026年1月には中小受託取引適正化法が施行されました。発注側ではクラウドサービスの全社利用が60.0%に達しています。
技術者を確保できる会社が案件を受けられ、案件があるから技術者が集まる。この循環に乗れている会社と、そうでない会社の差は開く一方です。単独で採用競争を続けるより、より大きな体制と組んだほうが技術者にとっても機会が広がるという判断は、この業界では珍しくありません。
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本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。