タクシーは、地域の移動を支える最後の砦のような存在です。鉄道もバスも通らない時間帯・場所を埋めているのはタクシーであり、その担い手が減れば、地域から移動手段そのものが消えます。この業界がいま置かれている状況を、公表されている統計と制度に基づいて確認していきます。
数字で見るタクシー業界の現在地
国土交通省の資料をまとめた関東運輸局「タクシー事業の概要や事故の状況等について」(令和7年3月)によると、全国のタクシー事業者数は全体としては減少傾向にある一方、法人事業者は増加傾向にあり、令和4年度は平成25年度と比較して約1割増加しています。個人タクシーの減少が全体の数字を押し下げているという構図です。
規模構成を見ると、法人タクシー事業者のうち車両保有台数10両以下が68.6%、30両まででは85.4%を占めます。従業員数では10人以下が63.8%です(同資料、全国)。運送業と同様、この業界も小規模事業者の集合体であることがわかります。
そして、最も重い数字が運転者数です。同資料によれば、法人タクシーの運転者数は平成27年度の29.6万人から令和4年度には20.9万人へと減少しました。従業員数全体でも33.8万人から24.6万人へと減っています。わずか7年で約3割が失われた計算です。
運転者数の減少が意味すること
タクシー事業の売上は、稼働した車両の数と時間で決まります。車両を保有していても、乗務する運転者がいなければ、その車両は駐車場に置かれたままです。運転者数の減少は、そのまま供給力の減少を意味します。
この減少には、いくつかの要因が重なっています。感染症の影響で需要が落ち込んだ時期に離職が進んだこと、運転者の年齢層が高く、引退による自然減が大きいこと、そして第二種免許という参入のハードルがあることです。国土交通省が別の資料で示しているとおり、第二種大型自動車運転免許の保有者数も長期的に減少傾向にあります(警察庁「運転免許統計」より国土交通省作成)。
経営者様の実感としては、「配車の依頼はあるのに、応じられる車がない」という状態が続いているのではないでしょうか。需要があるのに応えられないという状況は、事業として最も苦しい局面です。
制度の動き|日本版ライドシェアと「交通空白」の解消
この供給不足に対する制度上の対応が、いわゆる日本版ライドシェア(自家用車活用事業)です。国土交通省の制度として創設され、2024年4月8日から運用が開始されました。重要なのは、この事業を実施できるのがタクシー事業者であるという点です。一般のドライバーが自由に営業できる仕組みではなく、タクシー事業者が運行管理と車両整備の管理を行う枠組みのもとで、自家用車と一般ドライバーを活用する制度として設計されています。
また、国土交通省は令和6年7月に「交通空白」解消本部を設置し、地域住民がタクシー等を利用できる状態を目指す「地域の足対策」と、主要駅・空港等での「観光の足対策」を進めています。自治体が主体となる公共ライドシェアや乗合タクシー、AIオンデマンド交通なども、この枠組みのなかで位置づけられています。
タクシー事業者から見れば、これらは競合の出現というより、既存事業者を軸に供給力を補う仕組みとして設計されています。ただし、運行管理や車両管理の責任は事業者が負うことになるため、体制の整備が前提となります。制度の詳細と運用は変更されることがありますので、実施を検討される場合は必ず所管の運輸支局にご確認ください。
経営環境の変化|需要は戻っても供給が戻らない
訪日外国人旅行者数は、日本政府観光局(JNTO)の推計値で2025年に4,268万3,600人となり、前年比15.8%増で過去最高を更新しました。都市部・観光地では移動需要が明確に回復しています。しかし、前述のとおり運転者数は戻っていません。需要と供給の乖離が、この業界のいまを最も端的に表しています。
経営面では、次のような論点が同時に生じています。
- 運転者の処遇改善——採用と定着のためには待遇の見直しが避けられず、それが原価を押し上げる
- 車両の更新——車両価格の上昇と、環境対応車への切り替え負担
- 配車アプリへの対応——手数料負担と、システムを運用できる人材の確保
- 営業所・車庫の維持——都市部では地価・賃料の負担が重い
これらを小規模な体制で同時に進めるのは容易ではありません。地域の移動を支えてきた事業者ほど、この局面で難しい判断を迫られています。
事業承継の観点|許可・車両・運転者の三点
帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。タクシー事業のように許可が必要で、かつ人がいなければ成立しない業種では、承継の遅れが事業の縮小に直結しやすい点に注意が必要です。
承継やM&Aを検討する際に整理しておきたいのは、次の三点です。
許可——一般乗用旅客自動車運送事業の許可は事業を行う主体に対するものです。株式譲渡であれば法人が存続するため許可は一般に維持されますが、事業譲渡や合併の場合は手続きが異なります。地域ごとの営業区域や車両数の扱いも含め、所管の運輸支局への確認が前提となります。
車両——保有台数、車齢、リース残、環境対応車の比率は、引き継ぐ側の投資負担を左右します。名義や所有形態も整理しておくべき点です。
運転者——在籍人数、年齢構成、平均勤続年数、直近の採用実績と離職率。運行管理者・整備管理者の選任状況と、その方が譲渡後も在籍する見込みがあるかは、必ず確認される項目です。
加えて、営業所・車庫・待機場所といった不動産の権利関係、無線設備や配車システムの契約、そして労働時間管理と割増賃金の計算が適正かどうかも、デューデリジェンスで見られます。交代制勤務が中心の業種であるだけに、労務の整理は早めに着手されることをお勧めします。
許認可の扱いはスキームによって変わりますので「M&Aで許認可はどうなるか」を、乗務員への開示のタイミングについては「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか」を、同じ自動車運送事業である運送業の論点は「運送業のM&A」をあわせてご覧ください。
まとめ|営業できているうちに考える
タクシー業界は、需要が戻る一方で担い手が戻らないという、構造的なねじれのなかにあります。制度は既存事業者を軸に供給力を補う方向で整えられつつありますが、それを活かすには体制と資金が要ります。
運転者が在籍し、車両が動き、営業実績が続いているうちであれば、事業には引き継ぐ価値があります。反対に、車両を減らし、営業所を閉じ始めてからでは、選べる道は限られます。経営者様ご自身が配車や乗務でしのいでいる状態が続いているのであれば、それは検討を始める合図と受け止めていただければと思います。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、旅客運送事業を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。許可や有資格者の確認を含む初期の整理から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。