数千万円の案件に、デューデリジェンスで数百万円かけるのか。費用の比率が見合わない、というのは正当な問題意識です。どこを省き、どこを省けないかを整理します。

まず、買収金額に対する比率で考える

判断の枠組みとして、買収金額に対する調査費用の比率を置いてください。

数億円の案件で数百万円なら、比率としては説明がつきます。3,000万円の案件で300万円なら、1割です。回収に効く支出かを、その都度考える必要があります。

ただし、比率だけで決めないでください。金額が小さくても、簿外債務が数千万円あれば買収価額を上回ります。失う可能性のある最大額と比べるのが正しい考え方です。

省けない確認を先に決める

金額の大小にかかわらず、省いてはいけない確認があります。

登記の確認。登記事項証明書で、役員、資本金、目的、担保の設定を見る。数百円で取れます。

株主の確認。誰が株主で、全員が売る意思があるか。ここが崩れると取引自体が成立しません。

納税の状況。税金や社会保険料の滞納は、そのまま引き継ぎます。納税証明書を求めてください。

係争の有無。裁判、労働審判、行政処分。

許認可。有効期限と、承継の可否。

これらは費用がほとんどかかりません。省く理由がありません。

財務は「簡易」でも入れる

財務の調査は、規模に応じて範囲を絞ることができます。

フルスコープの財務デューデリジェンスではなく、論点を絞った調査を会計事務所に依頼する形です。

絞る場合の優先順位は、①現預金の実在 ②借入と債務の網羅性 ③売掛金の回収可能性 ④在庫の実在と評価 ⑤未払いの人件費

とくに②の網羅性は外せません。帳簿に載っていない借入や債務保証は、決算書を見ても分かりません。金融機関の残高証明、保証の一覧、登記の担保設定を突き合わせます。

労務は金額が読めないので要注意

小規模な会社ほど、労務のリスクが大きいのが実務の感覚です。

就業規則が無い、残業代の計算が正しくない、固定残業代の設定が有効でない、社会保険に加入していない従業員がいる。

未払い残業代は、遡って請求され得ます。従業員数が少なくても、数年分が積み上がれば数千万円になります。

タイムカードと給与台帳を数か月分もらって、社会保険労務士に見てもらうだけでも違います。フルの労務デューデリジェンスより、はるかに安く済みます。

契約書のレビューは省かない

調査を絞っても、最終契約書は専門家に見てもらってください。

理由は単純で、調査で潰しきれなかったリスクを、契約で受け止める構造だからです。調査を絞るほど、表明保証と補償の重要性が上がります。

費用を抑えるなら、レビューだけを依頼するという頼み方があります。ドラフトを読んで論点を指摘してもらい、交渉と修正は自分で行う。

「表明保証と補償の条項だけ見てほしい」という絞り方もできます。弁護士と範囲を相談してください。

自分でできることを増やす

費用を抑える現実的な方法は、準備を自分でやることです。

資料の一覧を作り、受け取った資料を整理し、質問事項をまとめる。専門家の時間は単価が高いので、整理されていない資料を渡すと、その整理から課金されます。

また、現地確認と経営者へのヒアリングは、買い手自身が行えます。在庫を見る、設備の状態を見る、従業員の様子を見る。これは専門家より買い手のほうが的確に判断できることもあります。

専門家は、自分では判断できないところに使う。これが基本です。

費用の見積もりを先に取る

依頼する前に、見積書をもらってください。タイムチャージなら、想定時間と単価を確認します。

そのうえで、「この予算の範囲でできることを教えてほしい」という聞き方をしてください。専門家の側で、優先順位をつけた提案が出てきます。

「一式いくら」で受けて、後から追加請求になるのが最も困ります。追加が発生する条件を、先に確認してください。

補助金が使える場合がある

事業承継・M&A補助金には、専門家に支払う費用を対象とする枠があります。

ただし、要件や対象は年度ごとに変わります。また、登録を受けたM&A支援機関への支払いが対象とされる枠もあります。

必ずその年度の公募要領で確認してください。また、多くの補助金は交付決定の前に契約・支出したものは対象外です。申請のタイミングを、案件の進行と合わせて設計する必要があります。

当社は中小M&Aガイドライン(第3版)の遵守を宣言し、M&A支援機関登録の手続を進めております。

省いた範囲を記録しておく

最後に、実務として大事なことを。何を調べ、何を調べなかったかを、書面に残してください。

後から問題が出たとき、「調べていなかった」のか「調べたが見抜けなかった」のかで、対応が変わります。

また、社内で説明する際にも要ります。「費用の制約から、労務は簡易な確認に留めた。その分、表明保証と補償を厚くした」——この記録があれば、判断の経緯が説明できます。

絞ること自体は正当な判断です。絞ったことを忘れるのが危ない。DDで何も出てこなかったときも併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.範囲を絞ることはできますが、省けない確認があります。登記事項証明書の確認、株主の確認、納税証明書、係争の有無、許認可の有効期限と承継可否です。いずれも費用がほとんどかからないため、省く理由がありません。
A.①現預金の実在 ②借入と債務の網羅性 ③売掛金の回収可能性 ④在庫の実在と評価 ⑤未払いの人件費 の順です。とくに②は外せません。帳簿に載っていない借入や債務保証は決算書を見ても分からないため、残高証明・保証の一覧・登記の担保設定を突き合わせます。
A.小規模な会社ほど労務のリスクが大きくなります。未払い残業代は遡って請求され得るため、従業員数が少なくても数年分で数千万円になります。タイムカードと給与台帳を数か月分もらい、社会保険労務士に見てもらうだけでも違います。
A.省かないでください。調査を絞るほど、表明保証と補償の重要性が上がります。費用を抑えるなら、レビューだけを依頼する、「表明保証と補償の条項だけ見てほしい」と範囲を絞る、といった頼み方があります。
A.事業承継・M&A補助金には専門家費用を対象とする枠がありますが、要件や対象は年度ごとに変わります。多くの補助金は交付決定前に契約・支出したものが対象外となるため、申請のタイミングを案件の進行と合わせて設計してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら