買った後に、前の社長と揉める。珍しいことではありません。多くは、悪意ではなく設計の不足から起こります。原因の型と、起きてしまった後の収め方を整理します。

原因の大半は権限の曖昧さ

対立の理由を分解すると、「誰が何を決めるのか」が決まっていないことに行き着きます。

前経営者は「まだ自分が見るべき」と考え、買い手は「もう自分たちの会社」と考える。どちらも間違っていません。決めていないだけです。

具体的には、値引きの決裁、採用と解雇、設備投資、取引先との条件変更。これらを前経営者が従来どおり判断し、買い手が後から知るという形で衝突します。

逆もあります。買い手が現場に相談なく決め、前経営者が「聞いていない」と憤る。

約束の解釈が違う

次に多いのがこれです。譲渡の交渉で交わした約束の解釈が食い違います。

「従業員の雇用は守る」——買い手は「解雇しない」と理解し、売り手は「配置も待遇も変えない」と理解していた。

「社名は残す」——買い手は「当面は」と理解し、売り手は「ずっと」と理解していた。

口頭の約束ほど、後から解釈が分かれます。最終契約書か、少なくとも議事録に、期間と範囲を数字で書いてください。「◯年間」「◯名」「◯円まで」。

従業員が板挟みになる

対立の実害が最も大きく出るのがここです。

従業員から見れば、前の社長はまだ会社にいて、新しい体制も動いている。どちらの指示に従えばよいか分かりません。

そして、判断に迷えば慣れている前経営者に聞きます。これが続く限り、新しい体制は立ち上がりません。

買い手としては「前の社長に聞かないでほしい」と言いたくなりますが、それを従業員に言うのは酷です。決裁の経路を文書で示し、前経営者本人から「今後はこちらに聞いてください」と言ってもらうのが効きます。

業績が想定を下回ったとき

数字が落ちると、対立は一気に表面化します。

買い手は「引き継ぎが不十分だった」と考え、前経営者は「やり方を変えたからだ」と考える。どちらの言い分にも根拠があるのが厄介なところです。

このとき有効なのは、原因を一緒に分解することです。売上が落ちたのは、どの取引先か。いつからか。担当は誰か。

「誰のせいか」を議論しても何も進みません。数字に当たり、事実を並べる。感情の対立を、業務の議論に戻す作業です。

収める手順

対立が起きたときの実務的な順番を挙げます。

① 二人だけで話す。従業員の前で議論しない。これが最優先です。

② 事実と感情を分ける。「業績が落ちた」は事実、「軽んじられた」は感情。どちらも扱いますが、混ぜないこと。

③ 決裁権限を文書で作り直す。曖昧さを残さない。

④ 期限を決める。「◯月末で顧問契約を終える」と決めると、双方が落ち着くことがあります。

⑤ 必要なら第三者を入れる。仲介したアドバイザーや顧問の士業に間に入ってもらう。

顧問契約の終わり方を決めておく

実は、最も効く予防策がこれです。始める前に、終わり方を決めておく。

顧問契約や役員としての残留について、期間、報酬、業務の範囲、更新の有無を書面にします。「当面の間」という決め方をしないでください。

そして、段階を設ける。最初の3か月は週5日、次の3か月は週2日、その後は必要に応じて。関与が自然に減っていく設計にしておけば、退く時期で揉めません。

引き継ぎ期間中の前経営者の処遇で、報酬と立場の決め方を詳しく書いています。

競業避止と機密の確認

対立が深刻になった場合に備え、契約の内容を確認しておいてください。

競業避止義務。期間、地理的範囲、対象事業。前経営者が同種の事業を始めた場合、契約上どうなるか。

従業員の引き抜き禁止。退任後に元部下を誘うことを禁じているか。

秘密保持。取引先の情報や技術の扱い。

これらは、対立してから読むものではありません。契約の段階で入れておき、平時には使わない。入れてあること自体が抑止になります。

買い手の側が原因である場合

公平のために書きます。買い手が原因で対立が起きることもあります。

約束していた投資をしない。伝えていた方針と違う運営をする。前経営者を形だけの顧問にして相談しない。

前経営者にとって、会社は自分が作ったものです。売った以上は口を出せないとしても、大切にされていないと感じれば反発します。

報告を怠らないこと。月に一度でよいので、業績と方針を伝える。それだけで関係が保たれることは多くあります。

それでも収まらない場合

関係が修復できないこともあります。そのときの判断です。

引き継ぎの完了を前倒しする。契約の期間を待たず、合意のうえで終了させる。報酬の精算を含めて話し合います。

従業員への説明を用意する。突然いなくなると、憶測が広がります。「引き継ぎが完了したため」という説明を、双方が合意した形で出してください。

対外的な挨拶は済ませておく。取引先への紹介が終わっていない状態で切れると、実害が出ます。

感情の問題を、事業の問題に波及させない。これが買い手の側の責任です。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.原因の大半は「誰が何を決めるのか」が決まっていないことです。値引きの決裁、採用と解雇、設備投資、取引先との条件変更を、前経営者が従来どおり判断して買い手が後から知る、という形で衝突します。
A.「雇用は守る」「社名は残す」といった口頭の約束は、後から解釈が分かれます。最終契約書か少なくとも議事録に、期間と範囲を数字で書いてください。「◯年間」「◯名」「◯円まで」という形です。
A.決裁の経路を文書で示し、前経営者本人から「今後はこちらに聞いてください」と言ってもらうのが効きます。買い手が「前の社長に聞かないでほしい」と従業員に言うのは酷です。
A.始める前に終わり方を決めることです。顧問契約や役員としての残留について、期間・報酬・業務の範囲・更新の有無を書面にし、「当面の間」という決め方を避けてください。関与が段階的に減る設計にしておけば、退く時期で揉めません。
A.あります。約束していた投資をしない、伝えていた方針と違う運営をする、前経営者を形だけの顧問にして相談しない、といった場合です。月に一度でよいので業績と方針を伝えるだけで、関係が保たれることは多くあります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら