買い手が決算書を見るとき、真っ先に行う作業の一つが「繰り返される損益」と「一度きりの損益」の切り分けです。買収後に期待できる収益を見積もるには、来期以降も生じる部分だけを取り出す必要があるからです。この切り分けは、売り手にとって評価を押し下げる方向にも、押し上げる方向にも働きます。本稿では、どのような項目が対象になり、売り手として何を説明できるようにしておくべきかを整理します。

非経常損益とは、何を指すのか

非経常損益とは、その期に特有の事情によって生じ、通常は繰り返されない収益や費用を指します。会計上の「特別損益」と重なる部分は多いものの、完全には一致しません。

というのも、特別損益に計上されていなくても、実質的には一度きりの項目が営業損益や営業外損益のなかに含まれていることがあるからです。買い手は、勘定科目の区分ではなく、その損益が繰り返されるかどうかという実質で判断します。

逆に、特別損失として計上されていても、実は毎年のように発生しているという項目もあります。この場合は、経常的なものとして扱われることになります。

つまり、決算書の区分をそのまま受け入れるのではなく、中身を一つずつ確かめていく作業だとお考えください。

なぜ切り分けるのか|買い手が探しているもの

買い手が求めているのは、買収後に期待できる年間の収益力です。これは、来期以降も繰り返し生じる収益から、繰り返し生じる費用を差し引いたものです。

たとえば、ある期に補助金を受け取って利益が大きく出ていたとします。その補助金が一度きりのものであれば、来期の利益には含まれません。この分を織り込んだまま評価すれば、買い手は実態より高い金額を払うことになります。

反対に、その期にたまたま大きな損失が出ていた場合も同様です。台風で設備が損傷した、訴訟の和解金を支払った、といった事情であれば、その損失を差し引いたままの利益で評価するのは売り手にとって不利です。

この作業を経て算出される数字が、正常収益力あるいは実質利益と呼ばれるものです。詳しくは「実質利益(正常収益力)とは|役員報酬の足し戻しで評価が変わる理由」をご覧ください。

切り分けの対象になりやすい項目

実務でよく論点になる項目を整理します。

項目方向確認される点
補助金・助成金の受入れ利益を押し上げる制度の継続性、今後も申請・受給の見込みがあるか
固定資産の売却損益両方向資産の入替えが恒常的な事業か、一度きりの処分か
保険の解約返戻金・保険差益利益を押し上げる契約の残存状況、今後の解約予定
災害・事故による損失利益を押し下げる保険での補填の有無、再発の可能性
訴訟・和解にかかる費用利益を押し下げる同種の紛争が繰り返されていないか
役員退職金の支給利益を押し下げる支給の時期と金額、規程の有無
貸倒損失・引当金の計上利益を押し下げる特定の相手先の事情か、恒常的な発生か
一度きりの大口受注利益を押し上げる再現の可能性、同種案件の受注実績

表の「方向」は、その項目がその期の利益に与える影響です。切り分けの結果、利益を押し上げていた項目は差し引かれ、押し下げていた項目は足し戻されます。

なお、補助金については制度の性質によって判断が分かれます。単発の設備投資に対する補助金であれば一度きりですが、継続的に受給している性質のものであれば、経常的と見る余地もあります。制度の内容を説明できるようにしておくことが大切です。

本稿は一般的な考え方の説明です。会計・税務・法務上の取扱いは個別の事情によって判断が分かれるため、具体的な適用にあたっては公認会計士・税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

特別損益に入っていない「実質的に一度きり」の項目

切り分けの作業で見落とされやすいのが、損益計算書の上のほうに紛れている一時的な項目です。

たとえば、原材料価格が一時的に下がったことによる粗利率の改善、大口顧客との一度限りの特別取引、特定の期だけ実施した大規模な販促費用、システム入替えに伴う一時的な外注費などです。これらは売上原価や販管費のなかに溶け込んでおり、決算書を見ただけでは区別できません。

買い手は、3期分の数字を横に並べて異常な動きを探し、見つかれば理由を尋ねます。このとき、売り手側が事情を把握していれば、その場で説明できます。把握していなければ、調べるための時間が生じ、場合によっては不信につながります。

3期比較で何が見られているかは「買い手は決算書のどこを見るか|3期分から読み取られること」でも整理しています。

売り手として、説明を準備しておく

この論点への備えは、資料を作り込むことではなく、記録を残しておくことです。

  • 各期に発生した特別な損益について、金額・時期・理由を一覧にしておく
  • 補助金については、制度名、受給額、対象となった投資、今後の見込みを整理しておく
  • 訴訟や紛争があった場合は、経緯と解決状況、再発防止の対応を記録しておく
  • 大口案件の受注については、受注の経緯と、同種案件の実績を示せるようにしておく
  • 役員退職金や生命保険の入出金は、契約内容とあわせて整理しておく

ここで大切なのは、売り手に有利な項目も不利な項目も、同じように示すことです。不利な項目だけを隠すと、後の調査で発見されたときに、示していた他の情報まで疑われることになります。

逆に、売り手側から「この期は一時的な損失で利益が沈んでいます」と先に説明すれば、買い手はその分を足し戻して考えます。説明しなければ、沈んだままの数字で評価されます。切り分けは、売り手にとって不利なだけの作業ではありません。

業績が落ちた期の説明の仕方は「業績が落ちている年の売却|一時的か構造的かをどう説明するか」もご参照ください。

まとめ|数字より、理由の記録を残す

非経常損益の切り分けは、買い手が対象会社の素の姿を知るための作業です。売り手にとっては、自社の収益力を正しく理解してもらう機会でもあります。

ご準備として最も効果が高いのは、日頃から「この期にはこういう特別な事情があった」という記録を残しておくことです。決算の際に顧問税理士と確認した内容をメモとして残しておくだけでも、数年後のM&Aの場面で大きく役に立ちます。

記憶に頼って説明すると、細部が曖昧になり、買い手は確証を求めて資料を探すことになります。記録があれば、その場で話が進みます。交渉の速度は、こうした小さな備えの積み重ねで変わります。

当社では、初回のご相談の段階で決算書を拝見しながら、こうした切り分けの論点を一緒に確認しています。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。

よくあるご質問

A.補助金による利益は、来期以降も繰り返されるかどうかで扱いが変わります。単発の設備投資に対する補助金であれば、買い手はその分を差し引いて収益力を見積もります。一方、制度として継続的に受給している性質のものであれば、経常的なものと見る余地もあります。いずれにしても、制度名・受給額・対象となった投資を説明できるよう整理しておくことが大切です。
A.考慮される可能性は十分にあります。災害による損失、訴訟の和解金、役員退職金の支給など、繰り返されない事情によるものであれば、買い手はその分を足し戻して収益力を判断します。ただし、そのためには金額・時期・理由を示す資料が必要です。説明がないまま数字だけを見せると、沈んだ水準がそのまま評価の前提になってしまいます。
A.決算書に加えて、総勘定元帳の該当科目、補助金の交付決定通知、保険証券、固定資産の売却に関する契約書、訴訟関係の書面などが根拠資料になります。すべてを事前に揃える必要はありませんが、どこに何があるかを把握しておくだけでも対応が早くなります。どこまで準備すべきかは案件の状況によりますので、M&Aアドバイザーにご相談ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら