「昔、大きなクレームを出したことがあるのですが、伝えるべきでしょうか」——譲渡のご相談でいただく質問のひとつです。結論としては、伝えることをおすすめします。買い手が気にしているのは、クレームがゼロかどうかではありません。どんな問題が起き、どう対応し、その後どう防いでいるのか。そこに会社の実力が表れるからです。本稿では、クレームや品質トラブルの記録が企業価値にどう関わるのか、どう整理して伝えればよいのかを整理します。

買い手はクレームの何を見ているのか

デューデリジェンスでクレーム関連が確認されるのは、主に三つの理由からです。第一に、将来の金銭的な負担の可能性。未解決の案件や、これから請求が来る可能性のある事案があれば、譲り受けた後の負担になります。いわゆる偶発債務の確認です。

第二に、事業の実力の確認です。同じ種類の不具合が繰り返し起きているのか、一度きりの事故だったのか。前者であれば構造的な問題があり、改善に投資が必要になるかもしれません。後者であれば、その後の対応で評価は変わります。

第三に、取引先との関係への影響です。クレームをきっかけに取引が縮小した、あるいは信頼を回復して取引が続いている。いずれも今後の売上の見通しに関わります。売上の継続性については「顧客基盤の価値をどう説明するか」もご参照ください。

記録が残っていること自体が評価される

中小企業では、クレーム対応が担当者の記憶と個別のやり取りで完結していることが少なくありません。この状態だと、買い手から「過去5年のクレーム一覧を出してください」と言われても出せません。出せないこと自体が、管理体制の評価に響きます。

一方、簡素でも記録が残っている会社は、次のような一覧を示せます。

  • 発生日、内容、対象の顧客・製品
  • 原因の分析と、一次対応の内容
  • 金銭的な負担(返品・交換・値引き・賠償の有無と金額)
  • 再発防止として実施したこと
  • その後の同種案件の発生状況

この一覧があると、買い手は件数の推移を見て「改善しているのか」を判断できます。件数が減っていれば、それは対策が効いた証拠です。減っていなくても、対応の記録があれば会社として向き合っていることが伝わります。

記録の様式は問われません。表計算ソフトの一覧でも、対応報告書の綴りでも構いません。重要なのは、第三者が時系列で追えることです。

重大な事案があった場合の伝え方

リコール、行政処分、取引先からの損害賠償請求、訴訟など、重大な事案があった場合は、隠さずに早い段階で共有するのが原則です。理由は二つあります。

ひとつは、隠しても出てくるからです。訴訟や行政処分は公表されていることがありますし、取引先の証言や社内資料からも判明します。デューデリジェンスの終盤で発覚した場合、内容以上に「隠していた」という事実が交渉に影響します。

もうひとつは、最終契約での表明保証の問題です。契約書では、重大な訴訟や法令違反がないことなどを売り手が表明・保証するのが一般的で、事実と異なれば成約後に補償の請求を受ける可能性があります(表明保証とは)。事前に開示していれば、契約書で扱いを取り決めることができます。

伝え方としては、事実経過、金銭的な影響、現在の状況(完了しているか、係属中か)、再発防止の内容をセットにします。対応済みであることを示せれば、過去の事案は交渉の障害になりにくくなります。具体的な法的評価については弁護士など専門家にご確認ください。

品質の仕組みを持っていることを示す

クレームの記録と並んで見られるのが、品質を保つ仕組みです。検査の工程があるか、基準が文書になっているか、不良率を測っているか、外注先の品質をどう管理しているか。認証を取得している場合は、その範囲と更新状況も確認されます。

認証がなくても不利になるわけではありません。むしろ、認証の有無より、日々の運用が実態として回っているかが見られます。書類は整っているが現場では別の運用をしている、という状態は、調査で現場を見れば分かります。

業務の標準化と同じく、品質の仕組みも一朝一夕には整いません。ただし、いま行っていることを文書に落とす作業は今日から始められます。検査の基準、判定の方法、不良が出たときの流れ。これらを書き出すだけでも、説明できる状態に近づきます。

売却前に整理しておく順番

優先順位をつけるとすれば、次の順序が現実的です。

  • 未解決・係属中の案件を洗い出す(金額の見込みと対応状況)
  • 直近3〜5年の主要なクレームを一覧化する
  • 返品・交換・値引きなど、決算書に費用として計上されているものと突き合わせる
  • 再発防止として実施したことを整理する
  • 今後の管理方法(記録の様式と担当)を決める

三つめは見落とされがちですが、重要です。クレーム対応の費用が売上値引きや雑費に紛れていると、実質的な収益力の把握がずれます。買い手も同じ疑問を持つため、自社で説明できるようにしておきます。

自社点検の全体像は「売却前の自社チェックリスト」にまとめています。あわせてご確認ください。

過去は変えられないが、扱い方は選べる|まとめ

クレームがまったくない会社はありません。買い手もそれは分かっています。問われるのは、起きたことにどう向き合い、何を変えたかです。記録があり、対策があり、その後の推移が示せる会社は、むしろ管理体制がある会社として評価されます。

逆に、「特にありません」という説明が調査で覆ると、影響は事案そのものより大きくなります。すべての説明資料の信頼性が疑われるためです。

当社では、どの範囲をどの段階で開示するのが適切かを、案件ごとにご一緒に判断しています。相談料・着手金・月額報酬は0円ですので、過去の事案の扱いに迷われている段階でもご相談ください。

よくあるご質問

A.金銭的な負担が生じたもの、取引先との関係に影響したもの、行政や司法が関与したものは開示の対象と考えるべきです。日常的な軽微な苦情まで個別に出す必要はありませんが、件数の推移として示せると管理体制の説明になります。
A.記憶をたどって直近数年の主要な事案を時系列で整理するところから始めてください。あわせて、今後の記録様式と担当を決めておくと、記録を残す体制があることを示せます。過去の再現より、これからの運用のほうが伝わります。
A.訴訟があるだけで売却できなくなるわけではありません。内容と見込まれる金額を早い段階で共有し、最終契約でどう扱うかを取り決めるのが一般的な進め方です。具体的な対応は弁護士など専門家とあわせてご検討ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら