「とりあえず、いくらくらいになるのか知りたい」というのは自然な出発点です。相談する前に自分で概算を出しておけば、話を聞くときの基準になります。
計算そのものは難しくありません。難しいのは、その数字がどのくらいの幅を持っているかを知ることです。概算は「この辺りから始まる」という目安で、実際の金額は買い手が誰か、何を評価するか、交渉がどう進むかで動きます。幅を知らずに1つの数字を信じると、提示された金額を見て落胆したり、逆に根拠なく高く構えたりします。ここでは試算の方法と、動く要因を整理します。概算の計算ツールも用意しています。
まず出せるのは、2つの足し算
中小企業の概算で広く使われるのは、「時価純資産 + 利益の数年分」という考え方です。年買法と呼ばれることもあります。
時価純資産は、貸借対照表の純資産を、資産の時価に直して計算します。土地や有価証券が簿価と離れている場合、保険の解約返戻金が計上されていない場合、回収できない売掛金や売れない在庫が残っている場合に、数字が動きます。
利益の部分は、営業利益か、そこに役員報酬の調整などを加えた数字を使います。何年分を足すかは一律ではなく、事業の安定性や業種によって変わります。この「何年分」が、概算の幅をいちばん大きく左右します。1年違えば、利益の1年分だけ金額が動きます。
別の方法として、営業利益に減価償却費を足した指標の何倍かで見る形(EBITDA倍率)もあります。考え方は似ていて、倍率の置き方で金額が動きます。
自分で計算するときに間違いやすいところ
試算で結果がずれやすい箇所を挙げます。
- 役員報酬をそのまま引いている。オーナー経営者の報酬は、利益の調整として使われていることがあります。買い手は「この会社を普通に経営したらいくら利益が出るか」で見るため、報酬を適正な水準に直して計算します。
- 役員の生命保険や車、自宅の一部が費用に入っている。これらも調整の対象になります。
- 純資産に、売れない資産が入っている。回収見込みのない売掛金、動いていない在庫、使っていない設備は、時価では下がります。
- 借入を引いていない、または二重に引いている。株式の価値を出すなら、有利子負債は引きます。手元の現金は足します。
- 退職金や未払残業の見込みが入っていない。将来払う必要があるものは、調査の段階で論点になります。
多くの場合、自分で出した概算は実際の提示額より高くなります。これは楽観ではなく、調整項目を知らないためです。
数字では出てこない部分が、評価を動かす
計算で出るのは出発点で、実際の金額は決算書に出ていない部分で動きます。買い手が見るのは「買った後も同じように回るか」なので、次のような点が効きます。
- 売上が特定の取引先に偏っていないか。偏り自体は普通ですが、経営者の個人的な関係で続いている場合、交代後に続くかが論点になります。
- 経営者が抜けても回るか。仕入の交渉、見積りの判断、採用がすべて本人に集中していると、引き継ぎの難しさが評価に出ます。
- キーパーソンがいるか。特定の技術者や営業がいなくなると回らない場合、その人が残るかが条件になります。
- 設備の更新がいつ必要か。買った直後に大きな投資が必要なら、その分が価格から引かれます。
- 許認可や資格者の要件を満たし続けられるか。
逆に言うと、これらを整えておくことが、概算と実際の差を埋める作業です。
買い手が誰かで、同じ会社の値段が変わる
評価が1つに決まらないもう1つの理由は、買い手によって価値が違うことです。同業の会社が買う場合、自社の販路や工場と組み合わせて見るので、単独で見るより高く評価することがあります。別の業種の会社が参入のために買う場合も同じです。
一方で、投資を目的とする買い手は、将来の収益を基準に見るので、組み合わせの効果を価格に乗せにくくなります。個人が買う場合は、資金の手当てが上限を作ります。
「正しい値段」が1つあるわけではなく、相手の数だけ値段があります。だから、概算を出した後にやることは「数字を精密にすること」ではなく、「どういう相手が候補になりうるかを知ること」です。候補が複数いれば、条件を比べられます。
概算の使い方
試算した数字は、次の3つの使い方ができます。
1つめは、廃業と比べる材料です。会社を閉じて資産を処分した場合に手元に残る金額と、引き継いでもらった場合の概算を並べると、判断の材料になります。
2つめは、話を聞くときの基準です。相手の説明が概算から大きく離れている場合、その理由を聞けます。高い場合も低い場合も、理由を説明できる相手かどうかが分かります。
3つめは、税引き後で考える出発点です。株式の譲渡益には所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%の合計20.315%が課されます(2026年8月時点)。概算に手数料と税を織り込むと、手元に残る見通しが立ちます。
逆に、概算を目標額として固定するのは勧められません。幅があることを前提に、どの条件なら納得できるかを考えるほうが、交渉で動けます。税務の扱いは制度の改正と個別の事情で変わるため、具体的な計算は税理士に確認してください。