複数の診療科が同じ建物に入居し、患者様が一か所で複数の医療機関を受診できる医療モール。駅前のビルや郊外のロードサイドで数多く見かけるようになったこの業態は、承継の局面になると独特の複雑さを見せます。「何を承継するのか」が、立場によってまったく違うからです。本稿では、医療モール・複合クリニックの承継を、その構造の整理から順を追って解説します。
医療モールとは何を承継するのか|三つの立場
医療モールに関わる事業者は、大きく三つの立場に分かれます。承継の相談をお受けするとき、まず確認するのはこの点です。
建物のオーナー(不動産の所有者)
土地・建物を所有し、各クリニックへ賃貸している立場です。この場合の承継は、実質的に賃貸不動産の承継に近くなります。賃料収入の安定性、テナントの残存期間、建物の修繕状況が価値を決めます。ただし、一般の商業ビルと違って、テナントが医療機関であるという特殊性が評価に影響します。
モールの運営会社(サブリース・プロデュース事業者)
建物を一括で借り上げて各クリニックへ転貸したり、モールの企画・テナント誘致・共用部の運営を担ったりする立場です。この場合の承継対象は、賃貸借契約上の地位と運営のノウハウ、そしてテナントとの関係です。不動産そのものは持たないため譲渡金額は抑えられますが、契約の残存期間と収支のバランスが厳しく見られます。
入居しているクリニック自体
モール内の一診療科を運営する医療機関の承継です。この場合は通常のクリニック承継と論点は共通しますが、モールという環境がもたらす集患効果と、他テナントとの関係、共益費の負担が加わります。個別の診療科の承継については「眼科・皮膚科など専門クリニックの承継」もご参照ください。
本稿では主に、二番目の運営会社の立場、および複数のクリニックをまとめて運営している法人の承継を念頭に置いて解説します。
テナント契約の構造が、価値のほぼすべてを決める
医療モールの運営事業の価値は、テナント契約の内容にほぼ集約されます。買い手が最初に開示を求めるのは、決算書ではなく契約書の束です。
- 各テナントとの賃貸借契約の残存期間と、更新条件
- 普通借家か定期借家か。定期借家であれば再契約の見込み
- 賃料の水準と、周辺相場との乖離
- 共益費・看板使用料・駐車場利用料などの付帯収入
- 敷金・保証金の預り残高と、返還条件
- 原状回復の範囲に関する取り決め
- 建物オーナーとのマスターリース契約(サブリースの場合)の残存期間と条件
サブリースの形態では、マスターリース契約とテナント契約の期間のミスマッチが最大のリスクです。テナントとは10年の契約を結んでいるのに、建物オーナーとのマスターリースが3年後に更新期を迎える——という状態では、更新交渉の結果次第で事業の前提が崩れます。買い手はこの点を必ず確認しますので、契約期間の構造を整理し、更新の見通しを説明できるようにしておく必要があります。
また、医療モールのテナント契約には、一般の商業テナントにはない条項が含まれることがあります。同一診療科の重複出店を制限する条項、テナント間の患者紹介に関する取り決め、共同の広告出稿の負担割合など。これらは集患の仕組みそのものであり、承継後も維持されるかどうかが価値に直結します。
診療科の構成と、空室が生む連鎖
医療モールの集患力は、診療科の組み合わせによって生まれます。内科・整形外科・眼科・耳鼻科・小児科・歯科といった科が揃うことで、患者様にとっての利便性が高まり、テナント間の相互紹介も生まれます。逆にいえば、この構成が崩れると集患力は急速に落ちます。
承継の局面で買い手が懸念するのは、次のような連鎖です。中核となっていた内科の院長が高齢で閉院する。患者様の来館が減る。他のテナントの売上も落ちる。契約更新のタイミングで別のテナントも退去する。空室が増え、残ったテナントの負担感が増す——。このような連鎖が起こり得るかどうかを、買い手は診療科ごとの院長の年齢や後継体制まで含めて見ています。
したがって、モールの運営者としては次の点を整理しておくことが有効です。
| 整理しておきたい項目 | 買い手が読み取ること |
|---|---|
| テナント別の入居年数 | 定着の度合いと、これまでの入替えの頻度。 |
| 各院長のご年齢と後継体制 | 今後5〜10年で退去リスクのあるテナントの数。 |
| 過去の空室期間と埋め戻しの実績 | 退去が出たときに次を誘致できる力があるか。 |
| 診療科の重複と補完関係 | 相互紹介が機能する構成になっているか。 |
| 来館者数の推移 | 可能であれば、モール全体としての来館動向。 |
| 駐車場の台数と混雑状況 | ロードサイド型では、駐車場が集患の制約になることがあります。 |
空室が出たときの埋め戻し実績は、特に重視されます。「これまでも退去は出たが、いずれも半年以内に次のテナントを誘致できている」という実績があれば、誘致のネットワークが事業として機能している証左になります。この誘致力が経営者様個人の人脈に依存している場合は、承継後にどう引き継ぐかが交渉の論点になります。
調剤薬局との関係で注意すべきこと
医療モールには調剤薬局が併設されているのが一般的です。この薬局との関係は、承継の実務で慎重な確認を要する領域です。
健康保険法等の枠組みのもとでは、保険医療機関と保険薬局はそれぞれ独立して運営されるべきものとされており、患者様を特定の薬局へ誘導するような取り決めや、経済上の利益の提供によって誘導することは適切でないとされています。医療モールの運営において、薬局からの賃料や協賛金がどのような性質のものかは、この観点から確認が必要です。
実務上、買い手のデューデリジェンスでは次のような点が確認されます。薬局との賃貸借契約の賃料水準が、他テナントと比べて不自然に高くないか。薬局から運営会社への支払いに、賃料以外の名目のものが含まれていないか。テナント誘致の際に、薬局が費用を負担する取り決めがないか。これらに問題があると判断されれば、買い手は取引そのものを見送ることもあり得ます。
保険医療機関と保険薬局の関係に関する取り扱い、いわゆる誘導の禁止の解釈、賃料水準の適正性の判断は、法令・通知の内容や個別の事情によって異なります。具体的な取り決めの適否については、必ず所管の地方厚生局および専門家にご確認ください。調剤薬局側の論点は「調剤薬局のM&A」で解説しています。
承継スキームと、譲渡前に整えたい準備
運営会社が株式会社等の営利法人であれば、株式譲渡によって契約上の地位をまとめて引き継ぐことができます。テナントとの賃貸借契約も、建物オーナーとのマスターリース契約も、契約当事者である法人が変わらないためです。ただし、契約に支配株主の変更に関する条項が入っていないかは必ず確認します。
事業譲渡の場合は、賃貸借契約上の地位を移転するために、原則として相手方の承諾が必要になります。テナントが10社あれば10社すべてから、建物オーナーからも承諾を得る必要が生じます。この承諾取得の過程で承継の事実が広く知られることになりますので、情報管理の観点からもスキームの選択は慎重に検討すべきです。両手法の違いは「株式譲渡と事業譲渡の違い」で解説しています。
譲渡前の準備としては、次の点をお勧めします。
- 全テナントとの契約書、覚書、変更合意書を時系列で揃える
- 敷金・保証金の預り残高を一覧化し、返還条件を整理する
- 賃料の滞納状況と、過去の督促の履歴を整理する
- 建物の修繕履歴と、今後見込まれる大規模修繕の時期・概算を整理する
- 消防設備・エレベーター等の点検記録を確認する
- 共用部の清掃・警備・設備管理の委託契約を整理する
- 金融機関からの借入と、経営者様の個人保証の状況を確認する
建物を所有している場合、大規模修繕の時期は価格交渉に直結します。外壁や設備の更新が近いことが分かれば、買い手はその費用を価格から差し引こうとします。事前に見積もりを取っておき、根拠を持って説明できるようにしておくほうが、想定外の減額を避けやすくなります。
まとめ|建物ではなく、集患の仕組みを引き継ぐ
医療モールの承継は、契約書の束を引き継ぐ作業のように見えますが、その実態は集患の仕組みを引き継ぐことです。複数の診療科が揃っていること、患者様が回遊すること、テナント間で紹介が生まれること——この生態系が機能しているからこそ、各クリニックは賃料を払い続けます。
だからこそ、承継の準備では契約関係の整理と同時に、テナント各院との関係を事業として維持できる形にしておくことが重要になります。誘致のネットワークも、テナントとの信頼関係も、経営者様個人ではなく会社に紐づけていく——この方向での準備が、そのまま価値につながります。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、医療・不動産分野を含む中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫でご支援しています。守秘義務を徹底のうえ対応いたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。