眼科、皮膚科、耳鼻咽喉科、整形外科、婦人科——いわゆる専門科のクリニックは、内科系の診療所とは異なる承継の難しさを抱えています。診療に必要な専門性が高く、後継者となり得る医師の母数が限られること。そして、診療科ごとに固有の高額な医療機器を抱えていることです。本稿では、専門クリニックの承継を検討するにあたっての論点を、診療科の特性、設備の評価、法人形態という三つの角度から整理します。

専門クリニックの承継が難しい三つの理由

第一に、承継先となる医師の母数です。内科であれば幅広い医師が候補になり得ますが、眼科の手術を行うクリニックを引き継げるのは眼科医だけです。しかも、その診療科のなかでも「日帰り手術ができる」「特定の検査機器を使いこなせる」といった条件が加わると、候補はさらに絞られます。承継先を探す期間は、一般に内科系より長めに見ておく必要があります。

第二に、設備投資の大きさです。眼科の手術用顕微鏡や検査機器、皮膚科のレーザー機器、耳鼻科の内視鏡やCT——専門科のクリニックは、診療の中核に高額な機器を据えています。これらは資産であると同時に、更新時期が来れば大きな支出を伴う負担でもあります。承継の局面では、この機器をどう評価するかが価格交渉の中心になりがちです。

第三に、患者様が「その先生」を選んで来院しているという構造です。専門科ほど、医師個人の技術や評判が集患に直結します。院長が交代した後も患者様が通い続けてくださるかどうかは、買い手にとって最大の不確実性です。

一方で、承継のニーズは確実に存在します。承継先として想定されるのは、勤務医として独立を考えている医師、複数の医療機関を運営する医療法人、そして同一診療科でグループ展開を進めている法人です。開業には物件の確保、内装工事、機器の購入、スタッフの採用、そして患者様に知っていただくまでの期間が必要ですが、既存のクリニックを引き継げばその期間を大幅に短縮できます。とりわけ、地域で長く診療してこられたクリニックの患者基盤は、ゼロから作れないものとして高く評価されます。

診療科ごとに変わる、承継のしやすさ

専門クリニックといっても、診療科によって承継の論点はかなり異なります。

診療科承継で特に論点になりやすい点
眼科手術の有無と術式。手術を行う場合、後継医師の術式適合と機器の互換性が焦点になります。コンタクトレンズ販売の関連事業をどう扱うかも論点です。
皮膚科保険診療と自由診療(美容皮膚科)の構成比。自由診療の比率が高いほど、集患をどう維持するかが問われます。
耳鼻咽喉科季節変動の大きさ。花粉症の時期に売上が集中する構造をどう説明するかが重要です。
整形外科リハビリテーション部門の人員体制と、理学療法士等の確保。設備の面積負担も大きくなります。
婦人科分娩の有無で事業の性格がまったく変わります。分娩を扱う場合は当直体制と医療リスクへの対応が中心論点です。
精神科・心療内科設備投資は小さい一方、医師の交代による患者様への影響が特に大きく、丁寧な移行設計が求められます。

共通して重要なのは、保険診療と自由診療の構成比です。保険診療は診療報酬という公定価格のもとで安定しますが、報酬改定の影響を受けます。自由診療は価格を自ら決められる一方、集患力と広告への依存度が高く、院長の交代による影響を受けやすい性質があります。買い手はこの構成を見て、承継後にどこまで売上が維持できるかを試算します。

高額医療機器をどう評価するか

専門クリニックの承継で、価格交渉が難航しやすいのが医療機器の評価です。ここには、売り手と買い手で見方が食い違いやすい構造があります。

売り手は「導入時にいくらかかったか」を基準に考えがちです。しかし買い手が見るのは、「その機器があと何年使えるか」「今後どれだけの保守費用がかかるか」「メーカーのサポートは継続されるか」という将来の視点です。導入から年数が経過した機器は、帳簿価額が残っていても買い手からはほとんど評価されないことがあります。逆に、直近に更新したばかりの主力機器は、承継後しばらく設備投資が不要という意味で前向きに評価されます。

確認しておきたいのは次の点です。

  • 主要機器の導入時期、耐用年数の残り、直近の稼働状況
  • 保守契約の内容と年間費用、契約の残存期間
  • リース契約の有無、残債、承継時の取り扱い
  • メーカーによる部品供給・サポートの継続見込み
  • 今後5年程度で必要になる更新投資の見積もり

リース物件は特に注意が必要です。医療機器をリースで導入している場合、承継の形によってはリース会社の承諾が必要になります。個人開業の承継で事業譲渡の形をとる場合、リース契約を引き継ぐには契約の名義変更手続きが必要になり、リース会社の審査を経ることになります。この手続きに要する期間を見込まずにスケジュールを組むと、実行日が後ろ倒しになりかねません。

また、経営者様個人の所有になっている機器や車両が診療に使われているケースもあります。医療法人の承継では、法人の資産と院長個人の資産の線引きを明確にしておくことが、後の紛争を防ぎます。

医療法人か個人開業か|手続きが大きく変わる

クリニックの承継では、運営形態によって手続きの構造がまったく変わります。この点は最初に確認すべき事項です。

個人開業の場合

株式が存在しないため、事業譲渡の形をとります。承継する医師が新たに開設の手続きを行い、保健所への診療所開設届、地方厚生局への保険医療機関の指定申請を経て、診療を開始することになります。前院長は廃止の手続きを行います。ここで注意したいのは、保険医療機関の指定について、申請から効力が生じるまでに一定の期間を要するのが一般的である点です。診療を止めない形で承継するには、行政との事前相談を含めた綿密なスケジュール設計が必要になります。

また、事業譲渡では譲渡対象を個別に定めます。内装・医療機器・備品・在庫、賃貸借契約上の地位、スタッフの雇用、そして患者様の診療録——診療録の引き継ぎには個人情報保護の観点から慎重な取り扱いが求められます。

医療法人の場合

医療法人は営利を目的としない法人であり、株式会社のように株式を売買する形にはなりません。持分の定めのある医療法人であれば出資持分の譲渡に加えて社員の入替えと役員(理事長)の交代、持分の定めのない医療法人であれば社員の入替えと役員(理事長)の交代という形で、実質的な経営の承継を実現します。出資持分は財産権であり、議決権は社員総会にありますので、持分を譲り受けるだけでは経営権は移りません。持分の有無によって手続きも税務も大きく異なりますので、この点の確認が出発点になります。詳しくは「クリニック・医療法人のM&A」で解説しています。

医療法人の場合、法人格が継続するため、診療所の開設許可や保険医療機関の指定は一般に維持されます。ただし、理事長の変更や管理者の変更については都道府県への届出等が必要とされており、また理事長要件についても確認が必要です。

診療所の開設・廃止の手続き、保険医療機関の指定申請の時期、医療法人の理事長要件や社員・役員の変更手続きは、法令の改正や都道府県の運用によって取り扱いが異なることがあります。実行にあたっては、所管の保健所・都道府県医務主管課・地方厚生局および専門家に必ずご確認ください。

患者基盤の説明と、譲渡前に整えたい準備

買い手が最も知りたいのは、「院長が交代した後も、この患者数が維持できるか」です。この問いに答えるための材料を、あらかじめ整えておくことが承継を進めます。

  • 月別・診療科目別の患者数と、直近数年の推移
  • 初診と再診の比率、そして再診間隔の分布
  • 患者様の居住地域の分布(診療圏の広がり)と、年齢構成
  • 紹介元の医療機関と、紹介・逆紹介の実績
  • 保険診療と自由診療の売上構成、自由診療メニュー別の実績
  • スタッフ(看護師・視能訓練士・臨床検査技師等)の在籍状況と勤続年数
  • 院長の診療時間と、非常勤医師の活用状況

とりわけスタッフの定着は、患者基盤の維持に直結します。受付や看護のスタッフが長く在籍しているクリニックは、院長が交代しても患者様にとっての「いつもの場所」が保たれます。買い手はこの点を高く評価しますので、スタッフの雇用条件が適正に整備されていること、そして承継の意向をどのタイミングで伝えるかを設計しておくことが重要です。伝え方については「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか」もご参照ください。

労務面では、看護師等の時間外労働の管理、有給休暇の付与状況、社会保険の加入判定が確認されます。医療機関では専門職の勤務形態が多様であるがゆえに、整理が不十分になりやすい領域です。

まとめ|地域の診療を絶やさないために

専門クリニックの承継は、後継者となり得る医師の母数が限られる分、時間がかかります。承継先が見つかってから実行までにも、行政手続きと引き継ぎの期間が必要です。だからこそ、「そろそろ考えなければ」と思われた時点で情報収集を始めることに、大きな意味があります。

閉院という選択も、もちろんあり得ます。しかし、長く通ってこられた患者様にとって、地域から専門科がなくなることの影響は小さくありません。そして経営者様ご自身にとっても、廃業に伴う原状回復や機器の処分には費用がかかります。承継が成立すれば、患者様の診療は続き、スタッフの雇用も守られ、経営者様にはこれまでの積み重ねに応じた対価が残ります。

当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、医療分野を含む中小企業の事業承継を初回相談から成約まで一気通貫でご支援しています。守秘義務を徹底のうえ対応いたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。

よくあるご質問

A.内科系より長めに見ておく必要があります。眼科の手術を行うクリニックを引き継げるのは眼科医だけであり、さらに「日帰り手術ができる」「特定の検査機器を使いこなせる」といった条件が加わると候補はさらに絞られるためです。承継先が見つかってからも、行政手続きと引き継ぎの期間が必要です。個人開業では保険医療機関の指定について申請から効力が生じるまでに一定の期間を要するのが一般的で、診療を止めない形で承継するには行政との事前相談を含めた綿密なスケジュール設計が要ります。「そろそろ」と思われた時点で情報収集を始める意味は大きいといえます。
A.直近に更新したばかりの主力機器は、承継後しばらく設備投資が不要という意味で前向きに評価されます。ただし、売り手が「導入時にいくらかかったか」を基準に考えるのに対し、買い手が見るのは「その機器があと何年使えるか」「今後どれだけの保守費用がかかるか」「メーカーのサポートは継続されるか」という将来の視点です。主要機器の導入時期と耐用年数の残り、保守契約の内容と年間費用、リース契約の有無と残債、今後5年程度の更新投資の見積もりを整理してください。リースは承継の形によってリース会社の承諾と審査が必要になり、期間を要します。
A.構造がまったく変わります。個人開業では株式が存在しないため事業譲渡の形をとり、承継する医師が新たに開設の手続きを行い、保健所への診療所開設届、地方厚生局への保険医療機関の指定申請を経て診療を開始し、前院長は廃止の手続きを行います。医療法人の場合は、持分の定めの有無にかかわらず社員の入替えと理事長の交代が必要で、持分の定めがあればこれに出資持分の譲渡が加わるという形で経営の承継を実現し、法人格が継続するため開設許可や保険医療機関の指定は一般に維持されます。持分の有無で手続きも税務も大きく異なりますので、所管の保健所・都道府県医務主管課・地方厚生局および専門家に必ずご確認ください。
A.買い手にとっても最大の不確実性です。だからこそ、答えるための材料を整えておくことが承継を進めます。月別・診療科目別の患者数と推移、初診と再診の比率と再診間隔の分布、患者様の居住地域の分布と年齢構成、紹介元の医療機関と紹介・逆紹介の実績、保険診療と自由診療の売上構成を整理してください。もうひとつ効くのがスタッフの定着です。受付や看護のスタッフが長く在籍しているクリニックは、院長が交代しても患者様にとっての「いつもの場所」が保たれるため、買い手はこの点を高く評価します。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら