「株を売ったら社会保険はどうなるのか」というご質問をいただきます。結論から言うと、株式譲渡では従業員の社会保険に原則として手続きは生じません。ただし、生じる場面もあります。整理します。

株式譲渡では原則として不要

まず基本です。株式譲渡では、法人格が変わりません。会社はそのまま存続し、雇用契約もそのまま続きます。

したがって、従業員の健康保険・厚生年金の資格に変更はありません。被保険者証もそのまま使えます。労働保険の適用事業所としての地位も変わりません。

従業員から「保険証は変わりますか」と聞かれたら、「株式譲渡なので変わりません」と答えてください。不安の一つが消えます。

事業譲渡では手続きが生じる

一方、事業譲渡の場合はまったく違います。

従業員は、譲渡会社を退職し、譲受会社に新たに入社する形になります(雇用契約は自動的には移らず、本人の同意が必要です)。

そのため、譲渡会社側で資格喪失届、譲受会社側で資格取得届が必要になります。雇用保険も同様です。

このとき、空白の日が生じないように日付を合わせることが重要です。1日でも空くと、その間の保険が切れます。社会保険労務士と日程を詰めてください。

会社分割の場合

会社分割では、労働契約承継法という法律が適用されます。

分割される事業に主として従事している従業員の労働契約は、分割契約(計画)の定めに従って承継されます。この法律は、従業員への事前の通知と、異議申出の手続きを定めています。

社会保険についても、承継先が新設会社か既存会社かによって、適用事業所の手続きが変わります。

会社分割は手続きが複雑です。労働者への通知期限を含めて法定の手続きがあるため、必ず社会保険労務士・弁護士と進めてください。

役員の退任・就任

株式譲渡でも、役員については手続きが生じます。

前経営者が代表取締役を退任し、報酬がなくなる場合、社会保険の資格喪失届が必要です。顧問として報酬を受ける場合は、その実態に応じた判断になります。

買い手側から新しい役員が就任し、その会社から報酬を受ける場合は資格取得届です。

二以上事業所勤務となる場合(複数の会社から役員報酬を受ける場合)は、届出を行い、報酬を合算して保険料を按分する扱いになります。見落とされやすい論点です。

事業所の名称・所在地の変更

株式譲渡でも、次の場合には届出が必要です。

社名を変更した場合。事業所名称変更の届出を行います。

本店を移転した場合。事業所所在地変更の届出です。管轄の年金事務所が変わる場合は、手続きの流れが変わります。

事業主(代表者)が変わった場合。事業主の変更として届け出ます。

これらは登記の変更と連動します。登記だけ済ませて社会保険の届出を忘れる、というのが典型的な抜けです。クロージング後のチェックリストに入れてください。

就業規則と労働条件の確認

社会保険の手続きと並んで確認すべきものがあります。就業規則です。

常時10人以上の労働者を使用する事業場には、就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています。作っていない、あるいは届け出ていない会社は実際にあります。

また、作ってあっても実態と合っていないことがあります。定めていない手当を払っている、記載された労働時間と実態が違う、育児介護休業の規定が法改正に追いついていない。

これらはデューデリジェンスで必ず指摘されます。未払残業代の算定根拠にもなるため、譲渡を考え始めた段階で、社会保険労務士に点検を依頼してください。直すには時間がかかります。

労働保険と労災の確認

労働保険(労災保険・雇用保険)も確認します。

株式譲渡であれば、適用事業所としての地位は継続します。ただし、事業主の変更届や、年度更新の担当が変わることへの対応は必要です。

また、実務上よくあるのが労働保険の年度更新の未了や、労災の特別加入の扱いです。前経営者が中小事業主として特別加入していた場合、退任に伴って脱退の手続きが要ります。

デューデリジェンスの段階で、未手続きのものがないかを洗い出してください。

実務で最も多い抜け

経験上、抜けやすいものを挙げます。

① 賞与支払届。クロージングをまたぐ時期の賞与について、届出が漏れる。

② 算定基礎届。毎年7月の手続き。担当者が交代した年に漏れやすい。

③ 扶養の異動。従業員個人の事情は、会社が代わっても続きます。

④ 退職者の資格喪失。譲渡後に離職が出た場合の手続き。

いずれも、担当者が交代する時期に起きます。引き継ぎの際、年間の手続きカレンダーを作って渡してください。

誰が手続きを担うかを決める

最後に体制の話です。

中小企業では、社会保険の手続きを社長や経理担当が兼務していることが多くあります。前経営者が抜け、担当者が退職すると、誰も手続きを知らない状態になります。

譲渡の前に、誰が何をいつやっているのかを書き出してください。顧問の社会保険労務士がいるなら、その契約を継続するのか、買い手側に切り替えるのかも決めます。

この引き継ぎが抜けると、数か月後に未手続きが積み上がります。後から遡って直すのは、想像以上に手間がかかります。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.変わりません。株式譲渡では法人格が変わらず、雇用契約もそのまま続くため、健康保険・厚生年金の資格に変更はありません。労働保険の適用事業所としての地位も変わりません。
A.従業員は譲渡会社を退職し譲受会社に新たに入社する形になるため、譲渡会社側で資格喪失届、譲受会社側で資格取得届が必要です(雇用契約は自動的には移らず本人の同意が要ります)。空白の日が生じないよう日付を合わせてください。
A.前経営者が退任して報酬がなくなる場合は資格喪失届、新しい役員が就任して報酬を受ける場合は資格取得届が必要です。複数の会社から役員報酬を受ける場合は二以上事業所勤務の届出を行い、報酬を合算して保険料を按分します。
A.事業所名称変更届、事業所所在地変更届、事業主の変更の届出が必要です。登記だけ済ませて社会保険の届出を忘れるのが典型的な抜けです。クロージング後のチェックリストに入れてください。
A.クロージングをまたぐ時期の賞与支払届、7月の算定基礎届、扶養の異動、譲渡後の退職者の資格喪失です。いずれも担当者が交代する時期に起きます。引き継ぎの際に年間の手続きカレンダーを作って渡してください。
A.必要です。常時10人以上の労働者を使用する事業場には作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています。作ってあっても実態と合っていないことが多く、デューデリジェンスで必ず指摘され、未払残業代の算定根拠にもなります。早めに社会保険労務士へ点検をご依頼ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら