クロージングの翌日、メールが使えない、受発注システムに入れない。実際に起こります。IT周りはデューデリジェンスでも軽く扱われがちですが、止まれば業務が止まります。事前に確認しておけば防げる種類の問題です。
誰が何を管理しているかを洗い出す
最初にやるべきは、棚卸しです。基幹システム、会計ソフト、給与ソフト、グループウェア、メール、ファイルサーバー、クラウドストレージ、業務用のクラウドサービス。使っているものを全部書き出します。
それぞれについて、契約者は誰か(会社名義か、社長個人名義か)、費用はどこから出ているか、管理者アカウントを誰が持っているか、を確認します。
中小企業でよくあるのが、社長個人のクレジットカードで契約しているサービスがある、退職した社員のアカウントが管理者になっているという状態です。どちらも譲渡の際に問題になります。
ライセンスは引き継げるとは限らない
ソフトウェアのライセンスには、譲渡や会社の支配権の変更に関する条項が含まれていることがあります。「法人が変わる場合は再契約が必要」という定めがあれば、事業譲渡では買い直しになります。
株式譲渡であれば会社は変わらないため、多くの場合は継続できます。ただし、契約にチェンジオブコントロール条項があれば、通知や承諾が必要になることがあります。
基幹システムを外部のベンダーに開発してもらっている場合は、保守契約と著作権の帰属も確認してください。ソースコードの権利がベンダーにある場合、買い手は将来の改修を縛られます。
メールとドメイン
意外に多いのが、ドメインの管理が個人任せになっているという問題です。登録者が社長個人や、辞めた社員の名義になっている。管理画面のパスワードが分からない。
ドメインが移せなければ、会社のメールアドレスが使えなくなります。取引先との連絡が止まるという、致命的な事態になりかねません。
確認すべきは、登録事業者、登録者名義、更新期限、管理画面へのアクセス情報です。名義が個人になっている場合は、譲渡の前に法人名義へ変更しておくことをお勧めします。
クラウドサービスの管理者権限
グループウェア、会計クラウド、勤怠管理、営業支援。これらのサービスでは、管理者アカウントを持つ人がすべてを握っています。
クロージングの際には、管理者権限を新しい経営陣に移します。その前に、誰が管理者なのかを一覧にしておく必要があります。
また、退職した社員のアカウントが残っている、使っていないサービスの課金が続いている、といった状態も、この機会に整理しておきます。棚卸しそのものが、コスト削減になることも珍しくありません。
データの移行と、残すもの
事業譲渡や会社分割では、データも移します。顧客情報、取引履歴、図面、レシピ、設計データ。これらは事業価値そのものであることも多く、移し方を契約で定めておく必要があります。
一方で、移さないデータもあります。譲渡対象でない事業の情報、オーナー個人の情報、従業員の個人情報のうち移転の必要がないもの。
個人情報を含むデータの移転は、個人情報保護法上の整理が必要です。事業の承継に伴う提供は第三者提供に該当しない場合がありますが、利用目的の範囲や、本人への通知の要否を確認してください。
クロージング当日の段取り
実務では、クロージング当日に何を切り替えるかのチェックリストを作ります。
銀行口座の権限、会計ソフトの管理者、メールの管理者、社内システムの権限、社印と実印の引き渡し、鍵とセキュリティカード。誰が、何時に、何を渡すのか。
とくに業務が止まらない順序を考えることが大切です。全部を同時に切り替えると、何かトラブルが起きたときに切り戻せません。重要なものから順に、確認しながら進めます。
属人化そのものが評価に響く
最後に、本質的な話をします。IT周りが特定の一人に依存している状態は、それ自体が買い手にとってのリスクです。
「システムのことは○○さんしか分からない」という会社は、その方が辞めれば業務が止まります。買い手はそれを織り込んで評価します。
対策は難しくありません。契約の一覧、アカウントの一覧、更新期限の一覧を作り、社内で共有する。それだけで、属人化はかなり解消します。譲渡のためだけでなく、日常のリスク管理としても価値のある作業です。