買収した会社のWebサイトは、取引先や求職者が最初に見る「顔」であると同時に、意外なほど脆い資産でもあります。ドメインが前オーナーの個人名義で取得されていた、更新料の請求が個人のクレジットカードに紐づいていた、制作会社との連絡先が前任者の個人メールだった——こうした事情で、ある日突然サイトが表示されなくなる事態は現実に起こります。本稿では、Web資産の引き継ぎを抜けなく進めるための実務を整理します。
なぜドメインとサイトが「抜ける」のか
Webサイトは、複数の契約と権限の上に成り立っています。ドメインの登録、サーバーの契約、SSL証明書、CMSの管理アカウント、制作・保守の委託契約、アクセス解析のアカウント。これらがそれぞれ別の事業者との契約になっていることが一般的で、ひとつでも引き継ぎが漏れると全体が止まります。
中小企業では、これらの管理が特定の個人に集中していることがほとんどです。前オーナー本人であることもあれば、退職した元社員や、付き合いのある制作会社の担当者であることもあります。デューデリジェンスの資料には、事業に直結しないという理由で詳細が現れないことも多く、成約後に初めて所在を探し始めるというのが実情です。
特に危ういのがドメインです。更新を忘れれば、一定期間の後に第三者が取得できる状態になります。長年使ってきたドメインを失うと、メールアドレスも使えなくなり、検索結果からの流入も失われます。復旧が困難な損失であるにもかかわらず、年間の費用が小さいために管理が軽んじられがちです。
したがって、Web資産の棚卸しは統合初期の優先タスクとして扱うべきです。ITアカウント全般の引き継ぎについては「ITアカウントと権限の引き継ぎ」もあわせてご覧ください。
棚卸しの手順|何を、どこまで確認するか
確認すべき項目を一覧にして、ひとつずつ埋めていきます。
- ドメイン——登録事業者、登録名義、管理者連絡先、有効期限、自動更新の設定と支払方法
- サーバー・ホスティング——契約先、契約名義、管理画面のログイン情報、契約更新日
- CMS・サイトのデータ——管理者アカウント、バックアップの有無と保存場所
- SSL証明書——発行元と有効期限
- 制作・保守の委託先——契約書の有無、月額費用、対応範囲、著作権の帰属
- メール——ドメインに紐づくメールアカウントの一覧と用途
- アクセス解析・広告アカウント——所有権と、請求先の支払方法
- SNS・地図サービス等の登録情報——アカウントの管理者と、登録している電話番号・メール
確認の過程で必ず出てくるのが、支払方法の問題です。個人名義のクレジットカードや、前オーナー個人の銀行口座から引き落とされている契約が見つかったら、法人名義への切替を早急に行います。前オーナーがカードを解約した時点で、サービスが止まるためです。
また、管理者連絡先として登録されているメールアドレスにも注意します。退職者のアドレスや、前オーナーの個人アドレスが登録されていると、更新通知や重要な連絡が届きません。名義変更の手続きにその連絡先が必要になる場合もあるため、アドレスを廃止する前に登録情報を書き換えます。
名義変更と権限の移転を進める
棚卸しが済んだら、名義と権限を新体制へ移します。ドメインの名義変更は、登録事業者ごとに手続きが定められており、書類の提出や所定の手数料が必要になる場合があります。手続きの詳細は各事業者の案内に従ってください。
順序としては、まず支払方法の切替、次に管理者連絡先の変更、最後に名義変更という流れが安全です。名義変更は時間がかかることがあるため、その間にサービスが止まらないよう、支払と連絡先を先に押さえておくという考え方です。
制作・保守の委託先とは、改めて契約内容を確認します。多いのは、契約書がなく口頭の合意で長年続いているケースです。この機会に、対応範囲、費用、緊急時の連絡体制、そしてサイトの著作権やデータの帰属を書面で整理します。制作会社が管理画面の権限を握っており、自社ではサイトを触れないという状態も珍しくありません。
バックアップの取得も忘れずに行います。サイトのデータ、データベース、画像素材を自社の管理下にコピーしておけば、委託先を変更する選択肢が持てます。素材については、写真の利用許諾の範囲を確認しておくと、後の改修時に困りません。
サイトの表示内容をどこまで更新するか
株主が変わっても、会社そのものが存続する株式譲渡では、サイトの記載を全面的に書き換える必要はありません。ただし、事実と異なる状態を放置できない部分があります。
- 会社概要の代表者名——代表者が交代した場合は更新する
- 資本構成に関する記載——株主やグループ関係を明記している場合は実態に合わせる
- お問い合わせ先——メールアドレスや連絡フォームの送信先が有効に機能しているか
- プライバシーポリシー・各種表示——事業者としての表示が実態と合っているか
- 採用情報——募集の継続可否と、応募の受付先
お知らせ欄での公表については、慎重な判断が要ります。従業員・取引先への説明が一巡する前にWebで公表すると、順序が逆転します。社内説明、主要取引先への挨拶、そのあとにWeb公表という順序を守ってください。公表の要否自体、案件によって判断が分かれますので、売り手・買い手で方針を合わせておきます。
デザインやコンテンツの刷新は、急ぐ必要はありません。統合初期は、事実関係の更新と動作の確認にとどめ、事業の方向性が固まってから改修を検討するほうが、手戻りが少なくなります。
サイトを統合するか、残すか
買い手が既にWebサイトを持っている場合、対象会社のサイトをどうするかという論点が生じます。判断の軸は、ブランドの扱いと同じです。
残す判断が向くのは、対象会社の名称に地域や業界での認知があり、検索からの問い合わせが実際に事業に貢献している場合です。長年蓄積された検索評価は、統合によって失われることがあります。サイトを残し、グループの一員であることを明記する形にすれば、認知を保ちながら関係を示せます。
統合が向くのは、サイトが実質的に機能しておらず、更新も止まっている場合です。維持コストと管理の手間に見合わないのであれば、買い手のサイト内に事業紹介のページを設け、旧サイトからは転送する形が合理的です。
統合する場合でも、ドメインは手放さないことを原則にしてください。転送元として使い続けるほか、旧ドメインのメールアドレスが取引先に残っている可能性があります。維持費用は小さく、失った場合の影響は大きいためです。
ブランドを残すか統一するかの判断枠組みは「ブランド・屋号の扱い」で整理していますので、Webの方針もその判断と揃えて決めてください。
SNS・口コミ・地図情報の引き継ぎ
Webサイト以外にも、社外に情報が出ている場所があります。SNSアカウント、地図サービスの店舗情報、業界ポータルへの掲載、求人媒体の企業ページ。これらは管理の所在が曖昧になりやすく、退職者しかログインできないという状態が起こりがちです。
SNSアカウントは、管理者権限の移転が可能なものと、ログイン情報を引き継ぐしかないものがあります。いずれの場合も、二要素認証の登録先が前任者の携帯電話になっていると、権限があってもログインできません。認証の設定は、アカウントの引き継ぎとセットで確認してください。
地図サービスの店舗情報は、営業時間や連絡先が古いまま放置されていると、来店型の事業では直接の機会損失になります。オーナー権限の確認と情報の更新を、統合初期に済ませておきたい項目です。
口コミやレビューについては、過去の評価が残ることを前提に運用を考えます。買収を機に方針を変える場合は、返信の担当と対応の基準を決めておくと、現場の判断がぶれません。社外への発信は、誰が責任者かを明確にすることが最初の一歩です。