M&Aが成立した後に残る事務のうち、最も地味で、最も抜けやすいのが名義に関する手続きです。目立った成果が出るわけではなく、忘れていても当面は困らない。しかし、更新の時期や事故が起きたときに、届出が出ていなかったことが判明する——そうした事態はしばしば起こります。本稿では、成立後に必要な手続きを漏れなく洗い出す方法を整理します。許認可の基本的な考え方は「M&Aと許認可|株式譲渡と事業譲渡で異なる引き継ぎの考え方」をご覧ください。

株式譲渡でも「何もしなくてよい」わけではない

株式譲渡では、会社の法人格はそのまま続きます。したがって、会社が当事者となっている契約も、保有する許認可も、原則として維持されます。この点は、事業譲渡と比べた株式譲渡の大きな利点です。

ただし、次の三つの変化に伴って、手続きが生じます。

  • 役員の変更——代表取締役や取締役が交代すれば、登記に加えて、多くの許認可で変更届が必要になります
  • 株主の変更——業種によっては、株主の異動自体を届け出るべきもの、事前の承認を要するものがあります
  • 商号・本店の変更——変更する場合、登記と各種の届出が広範に必要になります

また、契約の中にはチェンジオブコントロール条項——支配権が変わる場合に相手方への通知や承諾を要する定め——が置かれていることがあります。この条項がある契約は、株式譲渡でも対応が必要です。

期限のある手続きから着手する

手続きは数が多いため、すべてを同時には進められません。期限が定められているものから着手するのが原則です。

優先度内容目安
最優先役員変更の登記、法定期限のある許認可の変更届成立後2週間〜1か月
チェンジオブコントロール条項のある契約の通知・承諾、金融機関への届出成立後〜1か月
社会保険・労働保険の役員関係の手続き、税務署等への異動届成立後1〜2か月
通常リース・保険・賃貸借・公共料金の担当者や請求先の変更成立後3か月以内
更新時各種契約の名義・代表者名の記載、印章の変更次回更新時に順次

とくに役員変更の登記は法律上の期限が定められており、遅れると過料の対象となり得ます。司法書士に依頼するのが一般的で、クロージングの段取りに組み込んでおくのが確実です。

許認可|届出が必要になる場面

許認可は業種によって規制の内容が大きく異なります。自社が保有する許認可について、監督官庁の手引きを確認するか、行政書士等の専門家に確認することが確実です。一般に確認すべき観点を挙げます。

  • 役員の変更届——多くの許認可で必要。期限が定められているものがあります
  • 常勤の有資格者・管理者の要件——特定の資格者や実務経験者の常勤が要件になっている場合、その人が退職すると要件を欠きます。前オーナー自身がその要件を満たしていた場合は要注意です
  • 株主・出資者の変更に関する届出——業種によっては届出や承認が求められます
  • 商号・所在地の変更届——名称を変える場合
  • 更新の時期——許認可には有効期間があるものが多く、更新申請の準備が必要です
  • 欠格事由の確認——新任役員が欠格事由に該当しないか

最も注意したいのが、前オーナーが資格者・管理者として登録されているケースです。この場合、前オーナーの退任が許認可の維持に直結します。関与期間の設計にあたっては、後任者の確保や資格取得の見通しとあわせて検討してください(「旧経営者の関与期間|顧問契約の設計」参照)。

契約の名義と通知|見落としやすい五つの領域

契約に関する手続きで、実務上見落とされやすい領域を挙げます。

1. リース・割賦

複合機、車両、機械設備、システム。契約書にチェンジオブコントロール条項や、代表者の連帯保証が付いていることがあります。前オーナーの個人保証が残っていないかを必ず確認してください。

2. 保険

火災保険、賠償責任保険、生命保険(法人契約)、自動車保険。契約者・被保険者・受取人の設定を確認します。前オーナーを被保険者とする法人契約の生命保険は、退任に伴う扱いを決める必要があります。

3. 賃貸借

事務所、工場、駐車場、社宅。連帯保証人が前オーナー個人になっていることが多く、貸主への通知と保証人の変更が必要になります。前オーナー個人が所有する不動産を会社が借りている場合は、賃料の妥当性と契約期間の確認も要ります。

4. 公共料金・通信・サブスクリプション

電気、ガス、水道、電話、インターネット、クラウドサービス。契約者名義や支払口座が前オーナー個人になっていることがあります。とくにクラウドサービスは、個人のクレジットカードで決済されている例が見られます。

5. ドメイン・SNS・各種アカウント

ウェブサイトのドメイン、レンタルサーバー、SNSアカウント、地図サービスの登録。管理権限が前オーナーや退職者の個人名義になっていると、後から変更できなくなります。ID・パスワードと登録メールアドレスの引き継ぎを必ず行ってください。

一覧表の作り方と、担当の決め方

これらの手続きを漏れなく進めるには、一覧表による管理が最も確実です。次の項目を列に置きます。

  • 区分——登記/許認可/契約/口座/システム/その他
  • 対象——具体的な許認可名、契約名、相手方
  • 必要な手続き——届出、通知、承諾取得、名義変更、解約
  • 期限——法定期限があるものは日付を明記
  • 担当者——個人名。組織名では動きません
  • 状態——未着手/依頼済/提出済/完了
  • 証跡——受領書・登記事項証明書・承諾書などの保管場所

一覧の元になる情報は、デューデリジェンスの資料から大部分を作れます。契約書一覧、許認可一覧、口座一覧といった調査資料を、そのままPMIのタスク表へ引き継いでください。ゼロから作るより格段に速く、また調査で把握した論点を取りこぼしません。

担当は、一つの手続きにつき一人の氏名で決めます。専門家への依頼が必要なもの(登記は司法書士、許認可は行政書士、労務は社会保険労務士)は、依頼先も一覧に記載しておくと進捗が見えます。

事業譲渡の場合に必要になること

事業譲渡では、契約も許認可も自動的には引き継がれません。手続きの量は株式譲渡と比べて大幅に増えます。

  • 許認可は買い手による再取得が原則——取得までに期間を要するものがあり、事業の開始時期に影響します
  • 契約は個別に移転する——相手方の同意が必要です。同意が得られない契約があると、事業が完全には移りません
  • 従業員は個別に労働契約を結び直す——本人の同意が必要です
  • 資産の名義変更——不動産の登記、車両の登録、リースの契約変更など、個別に手続きが生じます
  • 取引口座の開設——顧客・仕入先の側で新たに取引口座を開いてもらう必要があります

このため、事業譲渡を選ぶ場合は手続きに要する期間と手間を、スキームの検討段階で織り込んでおくことが欠かせません。とくに許認可の再取得に時間を要する業種では、事業の空白期間が生じないよう、クロージングの時期を調整する必要があります。

なお、許認可や契約の具体的な取り扱いは、業種や個別の契約内容によって結論が変わります。実際の手続きにあたっては、行政書士・司法書士・弁護士などの専門家にご確認ください。当社は、スキームの検討段階から手続きの見通しを含めてご相談を承っています。

よくあるご質問

A.法人格が変わらないため、許認可は原則としてそのまま維持されます。ただし「何も手続きが要らない」わけではありません。役員が変更になれば、多くの許認可で変更届の提出が必要になり、期限が定められているものもあります。また、業種によっては株主の変更自体を届け出るべきものや、事前の承認を要するものもあります。自社が保有する許認可について、監督官庁の手引きを確認するか、行政書士等の専門家にご確認ください。
A.株式譲渡では契約の当事者(会社)が変わらないため、名義変更そのものは原則として不要です。必要になるのは、チェンジオブコントロール条項がある契約の通知や承諾の取得、商号や本店を変更した場合の届出、代表者名を記載している契約の更新時の対応などです。一方、事業譲渡では契約を個別に移転する必要があり、相手方の同意が求められます。まずは契約の一覧を作り、条項を確認することから始めてください。
A.更新のタイミングで発覚することが多く見られます。許認可の更新申請、保険の更新、リースの満了、賃貸借の更新——こうした場面で、届出が出ていない、名義が古いままだったといったことが判明します。数か月から数年後に表面化するため、成立直後に一覧を作り、期限を管理する仕組みを持つことが有効です。届出の遅れが行政処分につながる許認可もありますので、優先度を判断して着手してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら