買収の検討では、譲渡代金と仲介手数料、デューデリジェンスの費用までは必ず見積もられます。一方で、クロージング後の統合にかかる費用と人手は、検討段階で数字にされないことが少なくありません。その結果、買収の翌期に想定外の支出と業務負荷が集中し、統合そのものが中途半端になることがあります。本稿では、PMIに要するコストと工数をどう見積もり、買収判断にどう織り込むかを整理します。統合計画の作り方は「PMIの進捗管理」をあわせてご参照ください。
統合コストは買収判断の一部である
買収価格の妥当性を検討するとき、多くの会社は対象会社の収益力と資産内容を見ます。しかし、譲り受けた会社を実際に運営できる状態にするまでに、追加の支出が必要になることがあります。老朽化した設備の更新、期限切れの契約の巻き直し、労務の是正、システムの入れ替え。これらは買ってから必要になるのではなく、買う前から必要だった支出です。
デューデリジェンスで発見された論点のうち、価格に反映するもの、表明保証や補償で手当てするもの、そして自社で費用を負担して直すもの——この三つ目に分類された事項が、そのまま統合コストになります。したがって、統合コストの見積りは、デューデリジェンスの報告を受けた時点で着手できます。
見積りの目的は、金額を正確に当てることではありません。桁を外さないことと、資金繰りの上で支払える時期に収まっているかを確認することです。買収直後に大きな支出が重なると、譲り受けた会社の運転資金まで圧迫しかねません。
見落とされやすい費用項目
実務でよく後から出てくる費用を、領域ごとに挙げます。すべてが発生するわけではありませんが、検討のチェックリストとして使えます。
| 領域 | 発生しうる費用 |
|---|---|
| 法務・登記 | 役員変更登記、定款変更、許認可の変更手続き、契約書の巻き直しに伴う費用 |
| 労務 | 就業規則の整備、未払い残業の精算、社会保険の加入是正、社会保険労務士への委託 |
| 会計・税務 | 会計方針の統一に伴う作業、会計事務所の変更、税務上の届出 |
| システム | ライセンスの名義変更や再取得、メール・グループウェアの移行、データ移行 |
| 設備・施設 | 先送りされていた修繕、法定点検の是正、看板・印刷物の差し替え |
| 人件費 | 前経営者の顧問報酬、後任者の採用、統合担当者の増員 |
| 取引先対応 | 挨拶訪問の旅費、条件変更に伴う一時的な負担 |
このうち、労務の是正は金額が読みにくい項目です。未払い賃金や社会保険の未加入が見つかった場合、対応の範囲によって負担が大きく変わります。デューデリジェンスの段階で専門家の意見を得ておくことが重要です。
設備の修繕も見落とされがちです。譲渡を検討している期間、設備投資は抑えられている傾向があります。工場や店舗を持つ会社では、現地確認の際に修繕の必要性まで見ておくと、後の見積りが立てやすくなります。
工数を人日で見積もる
費用と並んで重要なのが、自社の人手です。統合作業の多くは外注できず、社内の担当者が時間を割いて行うことになります。これを人日(何人が何日かかるか)で見積もると、無理のある計画が事前に分かります。
見積りの方法は単純です。統合計画のタスクごとに、担当者と所要日数を書き込み、月ごとに合計します。そのうえで、担当者が本業にどれだけ時間を使っているかを確認します。月20日稼働の担当者が本業に18日を使っているなら、統合に割けるのは2日です。計画上の所要が月5日であれば、その計画は最初から破綻しています。
この作業をすると、多くの場合、統合の量が投入可能な人手を超えていることが明らかになります。対処は三つしかありません。タスクを減らす、期間を延ばす、人を足す。買収の前にこの三択を検討しておけば、統合が始まってから慌てずに済みます。
なお、移動時間も人日に含めてください。遠方の拠点がある場合、現地対応の実働より移動のほうが長いことも珍しくありません。
誰が統合の費用を負担するか
実務上の論点として、統合にかかる費用を買い手の本体で持つのか、譲り受けた会社で持つのかという問題があります。これは会計処理の問題であると同時に、譲り受けた会社の業績評価に直結する問題です。
統合作業の費用をすべて対象会社に付け替えると、その会社の初年度の利益は圧迫されます。そのうえで「買収後、業績が落ちた」と評価されれば、現場の従業員にとっては納得のいかない話になります。統合に伴う一時的な費用は、通常の営業損益とは区別して把握することをお勧めしています。
また、グループ間で費用を付け替える場合、税務上の取扱いに留意が必要です。管理費用の配賦や、グループ間の役務提供の対価については、合理的な基準を定めて文書化しておくべきです。資金のやり取りについては「買収後の資金管理|資金繰りとグループ間の貸借」でも扱っています。
仲介にかかる費用との関係
買収の総コストを把握するうえで、仲介会社に支払う費用も含めて考える必要があります。当社の場合、相談料・着手金・月額報酬は0円で、費用が発生するのは基本合意時の中間金と成約時の成功報酬のみです。
成功報酬は移動総資産レーマン方式で算出し、基準額は株式価値(譲渡対価)と負債総額の合計です。料率は基準額に段階的に適用され、5億円以下の部分が5%、5億円超10億円以下が4%、10億円超50億円以下が3%、50億円超100億円以下が2%、100億円超が1%となります。最低報酬額は2,000万円(税別)です。中間金は成功報酬額の10%で、基本合意時にお支払いいただき、成約時の成功報酬から全額を差し引きます(基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません)。基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。
デューデリジェンスの費用(弁護士・公認会計士・税理士等への報酬)は別途、依頼者の負担となります。これらは統合の前段階の費用ですが、買収の総額を検討する際には統合コストと合わせて把握しておくべきものです。詳細は料金体系のページをご覧ください。
見積りを買収判断にどう使うか
統合コストと工数の見積りが出たら、買収判断に反映します。使い方は主に三つです。
- 価格・条件の交渉に使う——是正が必要な事項が明確であれば、価格や表明保証の交渉材料になります
- 資金計画に織り込む——買収資金だけでなく、統合期間の運転資金まで含めて調達額を検討します
- 実行の可否そのものを判断する——工数が確保できないなら、時期をずらす判断もあります
三つ目を選択肢として持っておくことは重要です。良い案件であっても、自社に統合を進める余力がない時期であれば、買収後に苦しむことになります。特に、直前に別の買収を行っている場合は、統合の担当者が重複していないかを必ず確認してください。
見積りは、統合が始まった後も更新します。実際の支出と工数を記録し、計画との差を月次で確認する。この記録は、次に買収を検討する際の見積り精度を大きく高めます。振り返りの観点は「PMIの振り返り|1年後に検証すること」にまとめています。