「今月の粗利はいくらか」。この単純な質問の答えが、両社で食い違う。統合の初期に必ず起きることです。制度や仕組みより先に、言葉を揃える必要があります。

食い違いは、悪意ではなく慣習から起きる

買収後の会議で、数字が合わないことがあります。多くは、集計の誤りではなく定義の違いです。

「粗利」に外注費を含めるか。「受注」は内示の時点か契約書の時点か。「完了」は納品か検収か入金か。どちらも社内では長年その意味で通用してきました。

問題は、両社が同じ言葉を使っているために、食い違いに気づかないことです。違う言葉なら確認しますが、同じ言葉だと確認しません。

だから、最初に洗い出す必要があります。

ずれやすい言葉

実務で食い違いやすいものを挙げます。

粗利・限界利益。何を売上原価に入れるか。労務費、外注費、運賃、設計費。

受注・売上。計上のタイミング。

案件・物件・プロジェクト。数える単位が違うことがあります。

完了・完成。工事や制作の区切り。

稼働率。分母が違えば、まったく別の数字になります。

在庫。仕掛品を含むか、預け在庫をどう扱うか。

社員・スタッフ。パート、契約、派遣、業務委託を含むか。

対応表の作り方

難しいことではありません。一枚の表を作ります。

列は、言葉 / 当社での意味 / 貴社での意味 / 今後どう使うか

作り方のコツは、会議で数字が食い違った瞬間に、その場で1行足すことです。最初から網羅しようとすると終わりません。

3か月も運用すれば、主要な言葉は出揃います。新しく入った人への説明資料にもなります。

置き場所は、両社が見られるところに。本社のフォルダに置いて被買収側が見られない、という状態にしないでください。

どちらに揃えるか

判断の基準です。原則は、現場が使い続けるほうに揃えることです。

本社の定義に揃えるのは、グループで集計する必要がある数字だけにしてください。全部を本社に合わせると、現場の業務が混乱します。

実務では、二階建てにするのが現実的です。現場は従来の定義で運用し、本社へ報告する数字だけ変換する。変換のルールを決めておけば、二重管理にはなりません。

「本社の言い方が正しい」という態度は避けてください。言葉は、その現場で育ったものです。

数字の定義から揃える

言葉全般ではなく、数字に関わる言葉から始めてください。理由は、意思決定に直結するからです。

優先順位は、①売上 ②粗利 ③人件費 ④在庫 ⑤受注残。この5つが揃えば、経営の議論はかなり成立します。

それぞれについて、「何を含み、何を含まないか」を一文で書く。「粗利 = 売上 − 材料費 − 外注費(自社の労務費は含まない)」という形です。

口頭で合意しても、必ず文書にしてください。3か月後にまた食い違います。

役職の呼称も確認する

数字だけでなく、役職の意味もずれます。

「部長」が5人を見る会社と、50人を見る会社。「主任」が管理職の会社と、そうでない会社。

これは待遇の議論に直結します。「同じ部長なのに給与が違う」という話になりますが、役割が違うのだから当然です。

統合の初期に役職と責任範囲の対応表を作っておくと、後の人事制度の議論が楽になります。

ただし、呼称を急いで変えないこと。名刺の肩書きは、本人にとっても取引先にとっても意味があります。

会議の進め方も「言葉」の一部

広い意味での対応表として、会議の作法も確認しておく価値があります。

「持ち帰って検討します」が、本当に検討するのか、断りの婉曲表現なのか。「前向きに」がどの程度か。

また、沈黙の意味も違います。反対の表明なのか、考えているだけなのか。

買い手の側から「分からないことがあれば言ってください」と伝えても、言えない文化の会社があります。聞き方を変える必要があります。「気になっている点を、一人ずつ聞かせてください」と個別に振る、といった工夫です。

対応表は、引き継ぎ資料になる

この作業には、副産物があります。

言葉を揃える過程で、その会社の商売の仕組みが見えてきます。なぜその定義なのかを聞くと、業界の慣行や取引の構造が出てきます。

「うちは検収が遅いので、受注ベースで管理している」——この一言に、取引先との力関係が表れています。

したがって、対応表を作る作業は、単なる用語の整理ではなく、事業を理解する作業です。PMIの担当者に、この作業から始めてもらってください。

完璧を目指さない

最後に、注意点を。全部を揃える必要はありません。

グループで比較しない数字まで統一すると、現場の負担だけが増えます。「なぜこの数字を出すのか」と聞かれて答えられない報告は、いずれ形骸化します。

揃えるのは、経営判断に使う数字と、誤解が実害を生む言葉だけ。

「粗利の定義が違ったまま値決めの議論をする」のは実害です。「部長の意味が違う」のは、当面は実害がありません。この線引きができると、統合は速く進みます。統合の最初の100日も併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.集計の誤りではなく定義の違いであることが大半です。粗利に外注費を含めるか、受注は内示か契約書か、完了は納品か検収か入金か。両社が同じ言葉を使っているために食い違いに気づきません。
A.粗利・限界利益(何を売上原価に入れるか)、受注・売上(計上のタイミング)、案件の数え方、完了・完成、稼働率(分母)、在庫(仕掛品や預け在庫)、社員・スタッフ(パートや業務委託を含むか)です。
A.「言葉 / 当社での意味 / 貴社での意味 / 今後どう使うか」の4列で一枚の表を作ります。最初から網羅しようとせず、会議で数字が食い違った瞬間にその場で1行足してください。3か月で主要な言葉は出揃います。
A.原則は現場が使い続けるほうです。本社の定義に揃えるのは、グループで集計する必要がある数字だけにしてください。現場は従来の定義で運用し、本社へ報告する数字だけ変換ルールで揃える二階建てが現実的です。
A.数字に関わる言葉からです。優先順位は①売上 ②粗利 ③人件費 ④在庫 ⑤受注残。それぞれ「何を含み、何を含まないか」を一文で書き、口頭の合意で終わらせず文書にしてください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら