M&Aのアドバイザーを副業として行いたい、という関心があります。報酬が成果に連動する形なので、空いた時間で取り組めるように見えるためです。

実際には、始める前に確かめるべき壁が3つあります。勤務先との関係、秘密保持と利益相反、そして実務を一人で完結できるかどうか。どれも「やってみてから考える」では間に合わない論点です。ここでは順に整理します。

勤務先の規定と、情報の線引き

最初の壁は、現在の勤務先です。就業規則に兼業・副業の定めがあるか、許可を得る手続きがあるかを確認します。届け出が必要な場合、どこまで申告するのかも論点になります。

より重い論点は情報の線引きです。金融機関、会計事務所、コンサルティング会社、事業会社のいずれに勤めていても、業務で知った情報があります。その情報を副業で使えば、勤務先に対する義務の違反になります。

線引きが難しいのは、「誰を知っているか」も情報だという点です。勤務先の顧客に副業として接触するのは明らかに問題ですが、業務で知り合った人に個人として連絡を取る場合も、経路が業務であれば論点になります。

加えて、同業に勤めている場合は競業の問題が加わります。勤務先と同じ業務を個人として行うことは、競業の禁止に触れる可能性があります。就業規則と、入社時に結んだ契約を確認してください。判断に迷う場合は、弁護士に確認することになります。

秘密保持と利益相反を、一人で管理できるか

2つめの壁は、秘密情報の管理です。M&Aの実務では、会社名、決算、従業員の情報、取引先の情報を預かります。これを個人で扱う場合、保管の場所、端末の管理、家族や同居者から見えない状態をどう作るかが問題になります。

組織に属していれば、情報を置く場所と権限の管理が仕組みとして用意されています。個人で行う場合、自分で作る必要があります。漏れたときの責任も、自分で負います。

利益相反の管理も、一人では難しくなります。複数の案件を扱えば、売り手と買い手の双方に関わる場面、同業同士の案件を同時に持つ場面が出ます。組織であれば担当を分け、情報の遮断を設けられますが、一人では分けられません。

中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)は、仲介者が取るべき措置を定めています。個人で行う場合も、この考え方から外れることはできません。自分がどの立場で誰のために動いているのかを、案件ごとに明確にする必要があります。

実務を一人で完結できるか

3つめの壁は、実務の量です。1件の案件には、資料の作成、買い手の探索、面談の設定、交渉の支援、調査への対応、契約の段取り、クロージング後の手続きが含まれます。これらは数か月から1年以上にわたって続き、途中で止められません。

特に調査の工程では、買い手から大量の質問が来ます。期限を切られた質問に答えながら、資料を集め、専門家とやりとりします。本業の勤務時間中に動く必要がある場面が必ず出ます。平日の日中に電話が鳴り、面談が入り、現場の確認が入ります。

加えて、買い手の情報を持っていないと、相手を探す工程で止まります。組織に属していれば蓄積された情報とつながりがありますが、個人では一から作ることになります。プラットフォームを使う形はありますが、それだけで相手が決まるわけではありません。

「空いた時間で」という前提が、この工程と噛み合いません。これが実務上の最大の障害です。

関われる形はあるのか

これらの壁を踏まえると、実際に取れる形はいくつかに限られます。

  • 紹介だけを行う。譲渡を考えている経営者を、仲介やFAの事業者に紹介する形。実務は事業者が担います。ただし、紹介に対する取り扱い(有無・金額)は事業者ごとに異なり、取り決めが必要です。
  • 特定の工程だけを担う。企業評価の資料作成、業種の知見の提供、買い手候補の調査といった部分的な関与。
  • 自分の専門領域から入る。税理士、会計士、弁護士、中小企業診断士として、M&Aに関わる業務を自分の資格の範囲で行う形。

いずれの形でも、勤務先の規定と情報の線引きは最初に確かめる必要があります。ここを曖昧にしたまま始めると、本業を失う可能性があります。

なお、M&Aの仲介・助言を業として行うことについて、現在のところ参入に免許や資格は求められていません。だからこそ、自分で自分の立場を管理する責任が重くなります。

本業として関わる道も比べる

副業として関わることを考える動機は、おおむね「この仕事に関心があるが、今の仕事を辞めるには踏み切れない」というところにあります。

その場合、副業以外の比べ方もあります。M&Aを扱う会社に本業として移る、現在の専門(業種の知見、会計、法務、金融)を活かして関わる、まず特定の工程から関わって実務を知る、といった形です。

前の節で挙げた3つの壁は、組織に属すればかなりの部分が解消します。情報の管理と利益相反の管理は仕組みとして用意され、買い手の情報も使えます。残るのは「向いているか」だけになります。

どの道を選ぶにしても、先に確かめるべきは同じです。勤務先の規定、情報の線引き、そして自分が担える工程はどこか。この3つを整理せずに始めるのは、勧められる進め方ではありません。

就業規則や競業に関する判断は、個別の契約と事情によって結論が変わります。実際の判断は弁護士に確認してください。

よくあるご質問

A.M&Aの仲介・助言を業として行うことについて、現在のところ参入に免許や資格は求められていません。ただし、税務申告や法律事務など、他の法律が資格者に限っている業務は行えません。
A.使えません。勤務先に対する義務の違反になります。「誰を知っているか」も情報であるため、業務を経路として知り合った相手に個人として接触する場合も論点になります。就業規則と入社時の契約を確認してください。
A.難しい場面が多くあります。調査の工程では期限を切られた質問が大量に来て、平日の日中に対応が必要になります。1件が数か月から1年以上続き、途中で止められません。
A.あります。譲渡を考えている経営者を事業者に紹介し、実務は事業者が担う形です。紹介に対する取り扱いは事業者ごとに異なるため、事前の取り決めが必要です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら