本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。「実は、他にも相談しているところがあります」。そう言われたときの一言で、実務者の姿勢は相手に伝わります。会社を譲るという判断は人生で数えるほどの出来事ですから、複数の支援機関に話を聞くのは当然のことです。当社は他社へのご相談やセカンドオピニオンを制限しません。比べたうえで選んでいただいたほうが、その後の進行も安定します。本稿では、比較されることを前提にした初期対応の型を整理します。

比較は当然のことという前提に立つ

まず、実務者の側の受け止め方を整えてください。他社に相談していると聞いて焦る人は、たいてい次のどちらかです。

  • 自社の説明が、比べられると弱いと自分で分かっている
  • 契約を取ること自体が目的になっている

どちらも、相手にはすぐ伝わります。中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)でも、依頼者が他の支援機関に意見を求めることへの配慮が示されています。比較を妨げる対応は、依頼者の利益に反するだけでなく、業界の信頼そのものを損ないます。

実務としては、こう返すのが基本です。「ぜひお比べください。比べるときに見ていただきたい点を、こちらから整理してお渡しします」。この一言を自然に言えるようになることが、この仕事の最初の分かれ目です。

そもそも、比べずに決めた依頼者は、後から必ず比べます。工程の途中で他社の条件を知り、「あのとき比べておけばよかった」と感じた瞬間から、その後の助言はすべて疑いの目で読まれます。比較を先に済ませていただくほうが、進行はむしろ安定します。短期的に契約を早める対応と、最後まで走り切れる関係をつくる対応は、ここで分かれます。

比較の軸を、こちらから渡す

経営者は、何を比べればよいのかを知りません。だから多くの場合、手数料の数字だけを比べることになります。実際には、数字より定義のほうが効きます。次の表をそのままお渡しできる形にしておいてください。

比べる軸具体的に確かめること
手数料の体系相談料・着手金・月額報酬・中間金・成功報酬のどれが、いつ発生するか
成功報酬の基準額何を基準に料率を掛けるのか(株式価値か、負債を含む総額か)。同じ料率でも金額は大きく変わる
最低報酬額いくらか。小規模な譲渡では、料率より最低額が効く
契約形態専任か非専任か。期間と、途中で解約する場合の条件
担当者誰が実際に動くのか。窓口と実務担当が同じか
打診先の範囲どこまで広げるのか、広げる前に承諾を取る手順があるか
情報の取り扱い社名を伏せる範囲、社内で共有する範囲

二番目は特に重要です。当社は移動総資産レーマン方式で、基準額は株式価値と負債総額の合計です。この定義を先に説明しないまま料率だけを比べていただくと、後で必ず認識のずれが起きます。料金ページには、基準額の取り方が四通りあることと、それぞれで金額がどう変わるかを中立に整理してあります。説明の詳細は「専任と非専任の違い」も参照してください。

やってはいけない四つ

比較の場面で信頼を失うのは、ほぼこの四つです。

  • 他社を批判する:実名を出すのは論外ですし、匂わせるだけでも品位を疑われます。自社の説明だけで足りるはずです
  • 期限を作って囲い込む:「今日お決めいただければ」という進め方はしません。判断する時間を減らす働きかけは、助言ではありません
  • 値引きで競う:その場の値引きは、後で提供する役務の質に跳ね返ります。料金は体系として説明するものです
  • 他社に出した情報を聞き出す:相手が他社に何をどこまで開示したかは、こちらが詮索する事柄ではありません

共通するのは、相手の判断の自由を狭める行為だということです。狭めれば一時的に契約は近づくかもしれませんが、その後の工程で必ず跳ね返ります。断られた後の身の処し方は「断られた後の対応」にまとめています。

自社の不利な点を、先に言う

比較の場面でいちばん効くのは、自分から不利な点を先に言うことです。当社であれば、次の二点です。

  • 中間金があること:基本合意の時点で、成功報酬額の10%を中間金としてお預かりします。これは成功報酬から全額を差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。成約まで一切費用がかからない体系と比べれば、この点は不利です
  • 最低報酬額があること:成功報酬は最低2,000万円(税別)です。規模の小さな譲渡では、料率だけを見た印象より負担が大きくなります

そのうえで、なぜその体系なのかを説明します。基本合意の後は、調査対応や条件調整に相当の工数がかかります。中間金は、その工程に責任をもって人を張るための区切りです。説明できない条件を、説明しないまま契約しない。これは依頼者のためであると同時に、実務者自身を守ります。

費用と期間をどう伝えるかは「受託前に伝える費用と期間の見通し」で詳しく扱います。

選ばれなかったときの引き際

比べた結果、他社が選ばれることは当然あります。そのときの振る舞いが、その後を決めます。

  • 理由を問い詰めない:一言だけ、今後の参考に伺えればとお願いし、答えが返らなければそれで終える
  • 相手の判断を否定しない:「その選択は危ないと思います」といった言い方は、たとえ善意でも越権です
  • 引き継ぎに配慮する:こちらでお預かりした資料の扱いを明確にし、ご希望があれば速やかに返却・削除します
  • 連絡先だけ残す:進め方に迷ったときや、判断を仕切り直したいときにご連絡いただける状態にしておく

実務では、いったん他社で進んだ案件が、数か月後に再び相談に戻ってくることがあります。そのとき最初に思い出されるのは、引き際が丁寧だった人です。比較は勝ち負けではなく、依頼者が納得して選ぶための工程だと考えてください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における税務・法務・労務の具体的な適用は、税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.ぜひお比べくださいとお伝えし、比較の軸(手数料の体系と基準額の定義、最低報酬額、契約形態と解約条件、担当者、打診先の範囲、情報の取り扱い)を整理してお渡しします。他社へのご相談やセカンドオピニオンを制限することはありません。
A.その場の値引きでの競争はしません。料金は体系として定めており、相談料・着手金・月額報酬は0円、基本合意時に中間金として成功報酬額の10%、成功報酬は移動総資産レーマン方式で最低2,000万円(税別)です。ご不明な点は定義からご説明します。
A.料率ではなく基準額の定義を並べてご覧いただきます。同じ料率でも、株式価値を基準にするか負債を含む総額を基準にするかで金額は変わります。当社は後者であることを先に申し上げ、そのうえで判断していただきます。
A.契約の前に、専任と非専任の違い、期間、途中で解約する場合の条件をご説明します。ご検討の時間も改めてお取りいただきます。判断材料が揃わないうちに契約を急ぐことはありません。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら