本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。最終契約には、本文のほかに数多くの別紙が付きます。なかでも重要なのが、表明保証の例外を書き出す別紙、いわゆる開示スケジュールです。ここに書いてあれば表明保証違反を問われにくくなり、書いていなければ問われ得るという関係にあるため、実質的には本文の条項と同じ重さを持ちます。それにもかかわらず、作成が後回しにされ、調印の直前に慌てて埋められることが少なくありません。本稿では、この別紙をどう作るかを整理します。違反が起きた後の流れは「クロージング後に表明保証違反が見つかったとき」をご覧ください。

別紙は「売り手を守る書面」である

表明保証の条項は、たとえば「未払いの残業代はない」「係争中の訴訟はない」といった形で、一定の事実を保証する形で書かれます。しかし現実の会社に、保証できることばかりが並んでいるわけがありません。そこで、「別紙◯に記載のものを除き」という形で例外を書き出します。これが開示スケジュールです。

ここから導かれる原則は一つです。不利に見える事実ほど、書いておいたほうが売り手は守られる。書いてあれば、買い手はそれを知ったうえで価格と条件を決めたことになります。書かなければ、後から違反を問われる可能性が残ります。ところが売り手の実感は逆で、「わざわざ悪いことを書き並べたら、価格が下がるのではないか」「せっかくまとまりかけているのに、蒸し返すことになるのではないか」と感じます。この認識の差を埋めるのが、仲介者の最初の仕事です。

説明の言い方としては、「これは相手に差し出す書面ではなく、御社が後から責任を問われないようにするための書面です」と伝えます。そのうえで、「価格に影響するものは、この段階までにほぼ調査で出ています。別紙に書いたから新たに下がる、という関係ではありません」と、実際の流れを説明します。調査で出た指摘の処理については「DD指摘事項への対応」も併せてご覧ください。

何を載せるか

載せる項目は、表明保証の条項の並びに対応させます。条項ごとに別紙の番号を振り、どの条項の例外なのかが一対一で分かる形にします。典型的には次のような内容です。

分野載せることが多いもの
株式・組織株主名簿と実態の差異、過去の議事録の欠落、定款と登記の不一致
財務簿外の債務、保証・担保の提供、役員貸付金、関係会社との取引
労務未払い残業代の可能性、就業規則の届出状況、係争中または申立ての予兆がある労使案件
契約支配権の変更に関する条項がある契約、解約予告を受けている契約、口頭のみの取引
許認可・法令更新が近い許認可、行政指導を受けた経緯、法令上の指摘事項
資産担保が設定された資産、所有者と使用者が異なる資産、係争のある不動産
訴訟・紛争係属中の事件、請求を受けているが訴訟に至っていないもの、近隣との懸案

集める材料は、調査の過程でほぼ出そろっています。資料の受領リスト、質問と回答の履歴、面談の記録、調査報告書の指摘事項。これらを分野ごとに拾い直し、「条項に照らして例外に当たるか」を仕分けるのが作業の中身です。ゼロから聞き直すのではなく、すでにあるものを条項の並びに並べ替えると考えると、作業量は想像より軽くなります。

どこまで具体的に書くか

最も難しいのが粒度です。抽象的すぎれば「開示されたとは言えない」と後から争われ、細かすぎれば量が膨らんで読まれなくなります。判断の基準は一つ、「これを読んだ買い手が、内容を理解して判断できるか」です。

書き方評価
抽象的すぎる「労務に関する問題が存在する可能性がある」何が開示されたのか特定できず、開示の効果が期待しにくい
適切「◯◯部門の従業員◯名について、過去◯年分の時間外手当の計算方法に関し、別添の資料のとおり未払いが生じている可能性がある」対象・期間・根拠資料が特定されている
細かすぎる全従業員の勤怠記録を全期間分そのまま添付読み手が論点を把握できず、かえって見落としを生む

実務の型としては、「事実+根拠資料の所在」で書きます。本文に事実を数行で書き、詳細は添付資料または調査の過程で提出した資料を引用する形です。資料を引用するときは、ファイル名や提出日など、後から特定できる情報を付けます。「開示済みの資料に記載のとおり」とだけ書くと、どの資料を指すのかが後から分かりません。なお、記載の仕方として十分かどうかの最終的な判断は弁護士にご確認ください。依頼の出し方は「弁護士への契約書レビュー依頼の出し方」を参照してください。

作る段取りと版管理

別紙は、調印の直前に作るものではありません。当社では次の順で進めます。

時期やること
調査の開始時「後で別紙に載せる候補」という欄を作り、出てきた事実をその都度書き足す
調査の終了時指摘事項を、条項・別紙・特別補償・価格調整のどれで処理するかを仕分ける
契約書の初稿を受領したら条項の並びに合わせて別紙の骨組みを作り、空欄のまま項目だけ立てる
売り手との確認項目ごとに、事実の有無と内容を確認する。この場で新たな事実が出ることが多い
弁護士の確認記載の粒度と、条項との対応を確認いただく
最終版の確定版数と日付を入れ、本文の別紙番号との対応を突き合わせる

版管理は、別紙で最も事故が起きるところです。本文が差し替わったのに別紙の番号がずれたまま、古い版の別紙が添付されたまま調印される、という事故は実際に起こり得ます。ファイル名に版数と日付を入れ、最終版を確定した時点で全員が同じファイルを見ている状態を作る。当日の直前に差し替えが生じたときは、差し替えた箇所を一覧にして双方に共有します。資料の版管理の考え方は「受領資料の整理術」でも扱っています。

売り手への説明の順番

最後に、売り手にどう向き合うかです。この作業は、売り手にとって自社の弱いところを紙に書き出す時間であり、気持ちのよいものではありません。進め方を誤ると、「粗探しをされている」という受け止めになります。

  • 目的を先に言う:「後から責任を問われないための書面です」から始める
  • 項目で聞く:「他に何かありませんか」と漠然と聞かず、分野ごとの項目表を使って一つずつ確認する。思い出せるかどうかは、聞き方で大きく変わります
  • 判断しない:「それは書かなくても大丈夫でしょう」と仲介者が言わない。載せるか載せないかは、弁護士の確認を経て当事者が決めます
  • 途中で出てきた事実を歓迎する:新たな事実が出たとき、困った顔をしない。「いま出てきてよかったです」と受け止める。ここで嫌な顔をすると、次からは出てきません

この別紙が丁寧に作られている案件は、譲渡後の揉め事が明らかに少なくなります。買い手にとっても、知らされていたことは受け入れやすく、知らされていなかったことは受け入れがたい。双方が納得して続く取引にするために、ここは手を抜けない工程です。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものです。契約条項の解釈や個別案件における法的な適用は弁護士に、税務の取り扱いは税理士にご確認ください。アドバイザーは法律事務・税務代理を行いません。

よくあるご質問

A.価格に影響する事実は、この段階までにほぼ調査で明らかになっています。別紙に記載したことで新たに価格が下がるという関係ではありません。むしろ、記載しなかった事実が後から判明したほうが、補償請求という形で大きな負担になり得ます。記載は売り手を守るために行うものです。
A.判断の基準は、これを読んだ買い手が内容を理解して判断できるかどうかです。抽象的すぎると開示されたと言えないおそれがあり、細かすぎると論点が埋もれます。実務では、事実を数行で書き、詳細は根拠資料の所在を特定できる形で引用します。記載として十分かどうかの最終的な判断は弁護士にご確認ください。
A.調査の開始時からです。出てきた事実をその都度「別紙の候補」として書き留めておき、調査終了時に条項・別紙・特別補償・価格調整のどれで処理するかを仕分けます。調印の直前にゼロから作ると、抜けが生じ、粒度も揃いません。
A.迷ったものは、まず候補として書き出したうえで、弁護士に確認していただきます。仲介者が「これは書かなくてよいでしょう」と判断することはありません。載せるか載せないかを決めるのは当事者ご自身であり、その判断には専門家の確認が必要です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら