この仕事では、制度や統計の話をする場面が毎日あります。そこで問われるのは知識量ではなく、どこまで確認してから口に出しているかです。本稿では、何を一次資料とみなすか、確認の手順、期限のある制度の扱い方、そして公表値のない数字をどう扱うかを整理します。当社の募集要項は採用情報をご覧ください。
「聞いたことがある」で話してはいけない理由
業界の中には、出どころの分からない話が流通しています。研修で聞いた、先輩が言っていた、記事で読んだ。悪意はなくても、伝わるうちに数字が変わり、前提が落ちます。
制度の話で前提が落ちると、実害が出ます。適用期限、対象の範囲、いつから施行されるか。この三つのどれかが落ちただけで、依頼者の判断が変わります。税制であれば、期限を一年間違えるだけで手取りに影響が出ることもあります。
さらに、この仕事では言ったことが残ります。面談記録に残り、依頼者が顧問税理士に持っていき、家族に説明されます。誤りは、必ず誰かの手元で発見されます。そのとき問われるのは、間違えたことより「確認せずに言ったこと」です。
逆に、確認したうえで「この制度は令和6年8月に第3版が出ています」「この統計は2025年の調査です」と添えられると、それだけで話の扱いが変わります。出典を添える人の言うことは、確かめやすい。確かめやすさが信頼です。
何が一次資料か
一次資料とは、その情報が最初に公表された場所です。まとめ記事や研修資料は二次以降です。
| 領域 | 一次資料 | 確認すること |
|---|---|---|
| 制度・ガイドライン | 所管する官公庁が公表する本文・パンフレット | 版数、公表年月、適用開始時期 |
| 税制 | 法令、国税庁の公表資料 | 適用開始年分、経過措置、期限 |
| 業界統計 | 調査を実施した機関の公表資料 | 調査年、対象範囲、母数 |
| 許認可 | 所管官庁・自治体の案内 | 承継の可否、手続きの主体 |
| 対象会社の情報 | 決算書・登記事項証明書・契約書の原本 | 作成日、直近か、写しでないか |
最後の行を見落としがちです。案件の中でも一次資料の考え方は同じで、経営者から口頭で聞いた数字と、決算書に書かれた数字と、こちらの試算は別物です。ヒアリングの内容を原本で確認せずに資料へ転記すると、後の調査で食い違いが出ます。
資料の読み方は「受領資料から論点を抜き出す」に整理しています。
確認の手順
時間をかけすぎないための順番を決めておきます。
- 出どころを特定する——どの機関が公表したものか。分からないものは使わない
- 公表年と版数を見る——改訂されていないか。古い版を引いていないか
- 適用時期を見る——いつから適用か。経過措置はあるか。すでに終わっていないか
- 対象範囲を見る——その制度・統計が、いま扱っている会社に当てはまるか。業種・規模・地域の条件を確認する
- そのまま引用できる形で控える——資料名・公表年・該当箇所を控える。後から自分でも辿れるようにする
手元に持っておくと早いものを挙げます。中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)、事業承継・M&A補助金の公募要領、事業承継税制の案内、担当業種の制度改正に関する官公庁の資料。名称を正確に覚えることも実務のうちです。補助金の正式名称は「事業承継・M&A補助金」です。
確認に時間がかかる場合は、確認中であることを伝えて持ち帰ります。伝え方は「「分かりません」と言える技術」をご覧ください。
期限のある制度は、「いつ時点か」を必ず添える
制度には期限があります。期限のある情報を、期限抜きで話してはいけません。
2026年9月時点で確認できるものとして、たとえば次のような事項があります。
- 事業承継税制——特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、適用期限は2027年12月31日
- 中小M&Aガイドライン——第3版(令和6年8月)
- 株式譲渡益への課税——20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)
- いわゆるミニマムタックス——2025年分から適用が始まり、2027年分から強化される
- 防衛特別法人税——2026年4月以後に開始する事業年度から
これらを話すときは、「2026年9月時点の情報です」と時点を明示し、具体的な適用は税理士にご確認くださいと添えます。制度は変わります。時点を添えておけば、後から状況が変わっても、何時点の話だったかが分かります。
面談で口頭に出した制度は、面談記録にも時点と出典を残します。依頼者が顧問の先生に相談するときの材料になります。税務の役割分担は「アドバイザーが押さえる税務の基礎」に整理しています。
公表値のない数字は、語らない
もうひとつ、実務者が守るべき線があります。公表されていない数字を、あるかのように語らないことです。
次のような数字は、信頼できる公表値が存在しません。
- 業種別のM&A成約件数
- 業種別の評価倍率や平均的な譲渡価格
- 地域別の成約統計
- 「だいたいこのくらいで売れる」という水準
こうした数字を口にすると、依頼者はそれを基準に期待を形成します。後から実際の提示額がそこに届かないとき、説明ができません。根拠のない基準を与えることは、期待を操作することと同じです。
では何を話すか。算定の考え方です。純資産をどう見るか、利益をどう調整するか、買い手が何を評価するか。考え方を共有すれば、依頼者は自分の会社について自分で考えられます。当社も、公表値のない数値は掲載していません。企業価値の説明の仕方は「価格の説明の仕方」をご覧ください。
自社の実績についても同じです。件数や成約率を、確かめられない形で語らない。語れないことを語らないのも、説明責任の一部です。
まとめ|確かめやすさが信頼になる
要点を整理します。
- 伝聞で制度を語ると、適用期限・対象範囲・施行時期が落ちる。落ちると実害が出る
- 一次資料は、その情報が最初に公表された場所。案件内でも、口頭の数字と原本の数字は別物
- 確認の順番は、出どころ→公表年と版数→適用時期→対象範囲→引用できる形で控える
- 期限のある制度は時点を明示し、具体的な適用は税理士・弁護士に確認いただく
- 公表値のない数字(業種別の倍率や平均価格、成約統計)は語らない。代わりに算定の考え方を共有する
当社の選考については採用情報をご覧ください。