本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。案件の終盤になると、「この契約書に印紙はいくら貼るのか」「電子でやれば不要なのか」という質問が必ず出ます。金額としては大きくない論点ですが、当日の窓口で慌てる・貼り忘れる・誰が買うのかで揉めるという形で段取りの質が出るところでもあります。本稿では、仲介者が知っておくべき考え方と、判定を専門家に渡す線引きを整理します。なお個別の文書が課税文書に当たるかどうかの判定は、税理士または所轄の税務署にご確認ください。仲介者が判定を断言することはできません。当日の持ち物は「クロージング当日の段取りとチェックリスト」も併せてご覧ください。
印紙税は「文書」にかかる
まず押さえるべき前提は、印紙税が取引にではなく、作成された文書にかかる税である、ということです。印紙税法に定められた課税物件表に掲げられた文書(課税文書)を作成した場合に、その作成者が納める仕組みになっています。したがって同じ内容の取引であっても、どのような表題・内容の文書を、何通作るかによって扱いが変わります。
- 表題ではなく記載された内容で判断されるとされています。「覚書」「確認書」という名前でも、内容によっては課税文書になり得ます
- 同じ契約について正本を2通作れば、それぞれが課税対象として扱われるのが原則です
- 契約金額の記載の有無・書き方によって税額が変わる文書があります
- 非課税とされる範囲や軽減措置が設けられている文書もあります
この「文書ごとに見る」という考え方を理解していないと、「株式譲渡なのだから全部同じでしょう」という誤解のまま進んでしまいます。M&Aの案件では、秘密保持契約、基本合意書、最終契約書、議事録、領収書、金銭消費貸借に関する書面など、性質の異なる文書が次々に作られます。一つずつ見るしかありません。
案件で作る書面を、性質で分けて見る
実務では、次のように整理して専門家に確認します。下表は確認すべき論点の並べ方であり、税額の判定そのものではありません。
| 書面 | 確認する論点 |
|---|---|
| 秘密保持契約書 | 金銭の授受や請負の性質を含まない形であれば、課税文書に当たらないことが多いとされる。違約金の定め方によって見方が変わることがある |
| 基本合意書・意向表明書 | 法的拘束力の範囲と記載内容によって扱いが変わる。表題ではなく内容で判断される |
| 株式譲渡契約書 | 株式の譲渡に関する契約書は課税物件表に掲げられていないため不課税とされるのが一般的だが、他の性質の定めを含む場合は別途の検討が要る |
| 事業譲渡契約書 | 営業の譲渡に関する契約書として課税文書に当たり得る。不動産を含む場合は特に確認が必要 |
| 領収書 | 金銭の受取書として課税対象になり得る。受取金額と、営業に関するものかどうかで扱いが分かれる |
| 金銭の貸借に関する書面 | 買い手の資金調達や、繰延対価に関する書面で登場することがある |
ここで仲介者が持つべき感覚は、「株式譲渡なら気にしなくてよい」と覚えないことです。事業譲渡や会社分割を使う案件、不動産が絡む案件、対価を分割で支払う案件では、扱いが変わり得ます。案件の形が決まった時点で、作成予定の書面を一覧にして税理士に渡すのが安全です。
電子契約との違い
印紙税は文書の「作成」に着目する税であるため、紙の文書を作成せず電磁的記録のみで契約を締結する場合、課税文書の作成に当たらないという考え方が広く採られています。実務でも、電子契約サービスを使う案件が増えました。ただし次の点には注意が必要です。
- 電子で締結したうえで、別途紙に出力して署名・押印した控えを作ると、その紙が課税文書と評価される可能性があります。「電子でやったから紙に何を出しても関係ない」ではありません
- 一方の当事者だけが電子を希望する場合、どちらの形式で締結するかは合意事項です。登記や許認可の手続きで紙の原本を求められることがあるため、先に司法書士・所管官庁に確認します
- 高齢のオーナーが当事者の場合、電子署名の操作そのものが負担になることがあります。印紙代の節約より、当日の確実さを優先する判断もあります
- 電子で締結した場合の保存要件は、税務・法務の両面から確認が必要です
仲介者としては、「印紙代が浮くから電子で」という理由だけで形式を決めないことです。当事者の操作負担、登記・許認可の要件、当日の進行(「決済当日の資金と書類」)を合わせて考え、そのうえで電子が合理的なら選びます。
誰が負担するか
印紙税法上は課税文書の作成者が納税義務者とされ、一つの文書を複数の当事者が共同で作成した場合は連帯して納める義務を負うとされています。しかし実務上は、当事者間でどちらが負担するかを取り決めるのが通例です。典型的な決め方は次のとおりです。
- 各自が自分の保有する正本の分を負担する:最も多い形。正本を2通作り、それぞれが自分の分の印紙を貼る
- 折半する:金額が大きい場合に採られることがある
- 一方が負担する:契約書に負担の定めを置く。「本契約書の作成に要する印紙税は◯◯が負担する」といった条項
- 正本を1通のみ作成し、他方は写しを保有する:写しの作り方によっては課税文書と評価されることがあるため、慎重な確認が必要
仲介者は、当日になって初めてこの話を出さないことです。契約書の案が固まった段階で「正本を何通作るか」「印紙の負担をどうするか」を確認事項として双方に投げておけば、当日の窓口で慌てることはありません。金額の大小にかかわらず、決めていなかったことが当日に出てくると、当事者は「他にも決めていないことがあるのでは」と感じます。
貼り忘れたとき、仲介者の関わり方
印紙を貼らなかった場合や、貼るべき額に足りなかった場合には、過怠税という形で本来の税額を超える負担が生じる定めがあります。ただし、調査を受ける前に自主的に申し出た場合には負担が軽くなる取り扱いも設けられています。気づいた時点で隠さず税理士に相談し、所轄の税務署に確認するのが正しい対応です。なお、印紙が貼られていないことによって契約そのものが無効になるわけではない、と一般に説明されますが、個別の評価は弁護士にご確認ください。
仲介者の関わり方を整理すると、次の三つに尽きます。
| やること | やらないこと |
|---|---|
| 作成予定の書面を一覧にし、税理士・弁護士へ確認を依頼する | 課否や税額を自分で判定して断言する |
| 正本の通数と負担者を、事前に合意事項として記録する | 「印紙代がもったいないので1通にしましょう」と主導する |
| 当日必要な印紙の額面と枚数を、前日までに準備物リストに入れる | 税負担を軽くするための文言の書き換えを提案する |
合意事項の記録の残し方は「合意事項の積み上げ管理」で扱っています。印紙の負担は、金額としては小さくとも、「決めたことを漏らさず契約書まで運ぶ」という実務の質がそのまま出る項目です。
よくあるご質問
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プラチナパートナーズでは、金額の大小にかかわらず、決めるべきことを当日までに決めきるアドバイザーを募集しています。M&A業界が初めての方も、実務の型から丁寧に教えます。
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