本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。買い手からの「前向きに検討します」は、ほとんど情報を含みません。社内で稟議の準備が始まっていることもあれば、断る理由を探している段階のこともあります。この違いを読み取る手がかりとしてもっとも使えるのが、相手から出てくる質問の内容です。ここでは、質問の性質から検討段階をどう見立て、どう確かめ、売り手にどう伝えるかを整理します。これは買い手を値踏みするための技術ではなく、売り手に正確な見通しを届けるための技術です。想定質問の準備については「想定質問リストの作り方」を併せて読んでください。

「関心あり」の一言では、売り手に何も伝えられない

売り手が知りたいのは、関心の有無ではありません。自分の会社がこの先どうなるか、いつ決まるのかです。「関心ありとのことでした」という報告だけでは、売り手は判断も準備もできません。

一方で、仲介者が根拠なく「手応えがあります」と伝えるのは、もっと危険です。期待が高まった状態で断られると、売り手は落胆し、その後の候補への意欲まで落ちます。譲渡は数か月から一年以上続く工程です。途中で気持ちが折れてしまえば、本来良い相手に出会えたはずの案件も止まります。

だからこそ、報告には観察できた事実が必要です。相手が何を聞いてきたか、どの資料を追加で求めたか、誰が面談に出てきたか。これらは推測ではなく事実であり、記録に残せます。そして質問の内容は、検討の深さをかなり素直に反映します。社内で検討が進んでいなければ、細かい質問は出ようがないからです。

質問の内容は、検討の段階を映す

典型的には、質問は次のように変わっていきます。飛び級はあり得ますが、後ろの段階の質問が出ているのに前の段階が終わっていない、ということは起きにくい点が重要です。

段階よく出る質問読み取れること
入口所在地、規模、譲渡の理由、おおよその希望条件自社の基準に合うかを確かめている。まだ社内には上げていないことが多い
初期検討売上の内訳、主要取引先の構成、従業員の年齢構成、収益の再現性社内説明の材料を集めている。担当者が説得役に回り始めている
具体化キーパーソンの残留、許認可の承継、設備の更新時期、賃貸借契約の条件買った後の運営を具体的に想像している。統合の当事者が検討に加わっている可能性が高い
条件づくり価格の前提、支払いの時期、表明保証の範囲、調査の進め方意向表明の作成に入っている。社内の合意形成が相当進んでいる

もう一つの手がかりが、質問してくる人が増えるかどうかです。窓口の担当者だけでなく、経理、現場の責任者、法務といった人の関心が混じった質問が出てきたら、社内で情報が共有され、検討が組織のものになりつつあるサインです。逆に、何週間経っても同じ一人から同じ粒度の質問しか来ないときは、社内で共有が進んでいない可能性を考えます。

質問が出ないとき、まず自分の側を疑う

質問が来ないことを、相手の関心が低いからだと決めつけないでください。こちらの資料が質問を生まない作りになっている可能性が先にあります。よくあるのは次の四つです。

  • 数字が結論だけで、内訳がない:検討する側は内訳がないと社内で説明できず、質問の作りようがない
  • 強みが形容詞で書かれている:「技術力が高い」では確かめようがない。誰が、何を、どの設備で、どの取引先に納めているかまで書いて初めて質問が生まれる
  • 不利な情報が一切書かれていない:読み手は警戒し、深入りを避ける。論点を先に開示するほうが検討は進む
  • そもそも渡す相手が合っていない:候補の選定に戻る必要がある

資料の作りを見直す観点は「ノンネームシートの反応を上げる書き方」「企業概要書の書き方」にまとめています。複数の候補から同じように反応が薄いときは、候補選定より資料と説明のほうに原因があることが多く、次の打診に進む前に直したほうが結果的に早く進みます。

見立てを、相手に確かめる

見立てはあくまで見立てです。確かめる方法は単純で、聞くことです。聞き方の型を挙げます。

  • 次の一歩を尋ねる:「次に社内で必要になる手続はどのようなものでしょうか。合わせて資料をご用意します」
  • 材料の不足を尋ねる:「ご検討にあたって、まだ足りていない情報はありますか」
  • 懸念を尋ねる:「現時点で気がかりな点があれば、早めにお聞かせいただけると、売り手側とも相談ができます」
  • 時期の目安を尋ねる:「売り手側にお伝えする目安として、いつ頃までにご連絡をいただけそうでしょうか」

いずれも、相手を試す質問ではなく協力を申し出る形になっている点が共通しています。検討が進んでいない相手にとっても答えやすく、答えが曖昧であること自体が一つの情報になります。

また、懸念を早く聞くことには実利があります。懸念が小さいうちであれば、追加資料や現地確認で解消できることが多い一方、調査の終盤で初めて出てくると、価格の再交渉や破談に直結します。気になることを早く言ってもらえる関係を作ることが、結果として売り手の利益になります。

売り手への伝え方

見立てを売り手に伝えるときの原則は三つです。

  • 事実を先に、見立ては後に、言葉を分けて伝える:「先週、経理の方から売上の内訳についてご質問がありました(事実)。社内で共有が進んでいる兆しだと見ています(見立て)」
  • 確度を数字で言わない:「七割方いけます」といった表現は、根拠がないうえに、外れたときに信用を失う
  • 次に何が起きるかを添える:「次は現地をご覧になりたいというご要望が出る可能性が高いので、ご都合の良い日を先に伺わせてください」

そして、検討が進んでいないと見立てたときこそ、早く正直に伝えてください。売り手にとっては、他の候補への打診を続けるか、条件を見直すかを判断する材料になります。伝えにくさから報告を先送りすると、選択肢が減った状態で悪い知らせを伝えることになり、売り手の不利益が大きくなります。悪い知らせの伝え方は「悪い知らせをどう伝えるか」にまとめました。

最後に、態度の話です。買い手の検討が遅いことを、売り手の前で否定的に語らないでください。慎重に検討しているということは、引き受けた後の責任を真剣に考えているということでもあります。承継はどちらかが勝つ取引ではなく、事業と従業員を引き継ぐ相談です。その前提が言葉の端に出るかどうかを、売り手はよく見ています。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における法的・税務的な判断は、弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.量よりも内容を見てください。同じ粒度の質問が繰り返し来る場合は、社内で情報が共有できていない可能性があります。逆に、買った後の運営を前提にした質問(キーパーソンの残留、許認可の承継、設備の更新時期など)は、数が少なくても検討が深まっているサインです。誰から質問が来ているかも併せて見ると、見立ての精度が上がります。
A.その言い方は避けてください。相手を試す質問になり、関係を損ないます。同じことを確かめるなら「次に社内で必要になる手続は何か」「ご検討にあたって足りない情報はあるか」と尋ねるほうが、答えやすく、実務上も有益な答えが返ってきます。
A.事実と見立てを分けて伝えていたかを振り返ってください。分けて伝えていれば、外れたときに何が違ったかを説明できます。そのうえで、原因を記録に残し、次の案件で同じ前提を置かないようにします。外れること自体は避けられませんが、断定して伝えることは避けられます。
A.事実は原則としてすべて共有します。見立ては、見立てであることを明示したうえで伝えます。隠すと、後から「知っていたのに言わなかった」という不信につながります。ただし、伝え方には配慮が必要で、断定を避け、次にどうするかの選択肢を添えて伝えるのが実務の型です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら