本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。決済日が動く原因を並べていくと、許認可や同意の取得と並んで多いのが買い手の資金調達です。融資の審査には所定の期間が要り、必要な資料も、金融機関の社内手続きも、こちらの都合では動きません。にもかかわらず、仲介者がこの工程を把握しないまま日程を組み、直前になって延期を告げる、という事故が起こります。ここでは、何を確認し、どう織り込み、遅れをどう伝えるかを整理します。なお本稿は工程管理の解説であり、資金調達の方法そのものを助言するものではありません。

日程が動く原因は、たいてい資金の側にある

買い手が自己資金だけで取得する案件であれば、資金の準備は日程の制約になりません。しかし一定の規模を超えると、金融機関からの借入を組み合わせるのが一般的です。そうなると、決済日は融資の実行日に引きずられます

仲介者が見落としがちなのは、次の点です。

  • 融資の審査は、買い手の社内決裁とは別に進む。二つの手続きが並行し、どちらも通らなければ決済できない
  • 金融機関は、対象会社の資料も見る。売り手側に追加の資料依頼が来る
  • 審査の過程で条件が付くことがある。担保や保証の話が出れば、買い手の社内で再検討になる
  • 実行日は月末や特定の日に寄ることがあり、一日ずれると次の候補日が数週間先になる場合がある

これらは買い手の領域の話ですが、日程に影響する以上、仲介者が把握していなければなりません。「買い手側の事情なので分かりません」では、売り手に見通しを伝えられません。踏み込むのは資金の調達方法にではなく、その手続きに何日かかるのかという一点です。

早い段階で確認すること

意向表明を受け取る前後に、次を確認します。金額や条件の詳細まで踏み込む必要はなく、日程を組むために必要な範囲で十分です。

確認する点聞き方の例
自己資金か、借入を組み合わせるか今回のご資金は、自己資金でのご検討でしょうか
金融機関との相談が始まっているか金融機関へのご相談は、すでに開始されていますか
審査に要する期間の目安お手続きには、どのくらいの期間を見ておけばよいでしょうか
社内決裁との前後関係御社の社内でのご承認と、金融機関のお手続きはどちらが先になりますか
対象会社に関する資料の要否対象会社の資料で、ご提出が必要になるものはございますか

四つ目が日程の組み方を大きく変えます。社内の承認が先なら、承認が下りてから審査が始まるため全体は長くなります。並行して進むなら短縮できますが、どちらかが落ちたときに手戻りが生じます。買い手がどちらの進め方をするのかを聞いたうえで、全体の日程を置きます。

金融機関に出る資料と、売り手側の準備

金融機関の審査では、対象会社の資料が求められることがあります。一般的には、決算書、試算表、資金繰りの状況、主要な取引先の状況、許認可の状況といったものです。デューデリジェンスで揃えた資料と重なる部分が多いため、調査用に整理した資料を流用できる形にしておくと売り手の負担が減ります。

ここで仲介者が注意する点が二つあります。

  • 開示の範囲を、売り手に確認してから渡す:買い手の金融機関は、秘密保持契約の直接の当事者ではないことがあります。誰にどこまで渡すのか、守秘の取り扱いをどう確保するのかを、売り手の了解を得たうえで整理します
  • 依頼をまとめて出す:調査の資料依頼と金融機関向けの依頼が別々に来ると、売り手は同じような作業を二度することになります。仲介者が受け止めて一本化し、一覧にして渡します

一つ目は、実務で最も慎重さが要る部分です。「買い手が必要と言っているから」という理由だけで対象会社の情報を第三者に流すことはできません。秘密保持の取り扱いや契約上の可否については、必要に応じて弁護士にご確認ください。

融資を前提とする条項の扱い

買い手が、資金の調達ができなかった場合に契約の効力を解消できる定め(いわゆるファイナンスアウト)を求めることがあります。これは買い手にとっては合理的な備えですが、売り手にとっては決済までの不確実性が残ることを意味します。

仲介者が売り手に説明すべきことは、次のとおりです。

  • その条項があると、契約を結んでも決済に至らない可能性が残る
  • その間、売り手は他の買い手との交渉ができない状態になるのが通常
  • したがって、期限を区切ることが実務上の要点になる。「いつまでに調達が確定しなければ、この定めは使えない」という形
  • 調達の見通しについて、契約前にどこまで確認できているかが判断材料になる

条項を置くか置かないか、置くならどう書くかは弁護士を交えて決める事柄です。仲介者の役割は、この条項が売り手に何を残すのかを平易に説明し、判断できる状態にすることです。「よくある条項です」と流してしまうと、売り手は意味を理解しないまま署名することになります。最終契約の論点整理は「最終契約(SPA)の交渉実務」も併せてお読みください。

遅れたときの伝え方と、売り手の判断材料

調達が遅れる見込みが出たときの動き方を決めておきます。

やること内容
事実を確かめる買い手に、何がどこで止まっているのかを具体的に聞く。「もう少しかかりそう」で終わらせない
新しい見込みを出す次の判断がいつ出るのか、実行日の候補はいつかを確認する
影響を洗い出す従業員への開示の日取り、取引先への説明、経営者保証の解除、売り手側の資金の予定。動くものを一覧にする
その日のうちに共有する三点を揃えて売り手に伝える。「確定してから」と待たない

三行目を忘れないでください。決済日が動くと、売り手側では従業員への説明の予定や個人の資金の計画まで連動して動きます。「決済が二週間延びます」だけでは、売り手は自分の何が変わるのかを自分で洗い出すことになります。影響まで整理して渡すのが仲介者の仕事です。

そして、遅れが繰り返される場合は、売り手に判断の材料を示す必要があります。待ち続けるのか、期限を設けるのか、他の選択肢を検討するのか。いずれも売り手が決めることであり、仲介者が誘導してよい事柄ではありません。ただし、判断できるだけの材料を揃えて渡すことは仲介者の責任です。状況を曖昧にしたまま時間だけが過ぎるのが、最も売り手の不利益になります。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものです。契約条項の解釈や個別案件における法的な適用は弁護士に、税務の取り扱いは税理士にご確認ください。アドバイザーは法律事務・税務代理を行いません。

よくあるご質問

A.詳細な条件までは買い手の内部の事柄ですが、日程に関わる範囲、つまり手続きにどのくらいの期間を要するのか、社内の承認と金融機関の手続きのどちらが先かといった点は、通常は確認できます。日程を組むために必要な情報ですので、仲介者が確認してお伝えします。
A.買い手にとっては合理的な備えですが、譲渡する側にとっては決済に至らない可能性が残ることを意味します。その間は他の相手との交渉ができない状態になるのが通常ですので、期限を区切っておくことが実務上の要点になります。条項を置くかどうか、どう書くかは弁護士を交えてお決めください。
A.求められることはあります。ただし、どの資料を誰にどこまで渡すかは、必ず事前に確認し、ご了解をいただいたうえで進めます。買い手の金融機関が秘密保持契約の直接の当事者でない場合もありますので、守秘の取り扱いを整理してからお渡しします。契約上の可否については弁護士にご確認ください。
A.そうあるべきではありません。遅れる可能性が見えた時点で、理由、新しい見込み、それによって変わることの三つを揃えてお伝えするのが本来の進め方です。決済日が動けば、従業員への説明の予定やご自身の資金の計画まで連動します。影響の範囲まで整理してお伝えするところまでが、仲介者の仕事です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら