M&Aを学びたいと思ったとき、講座を探す人もいれば、書籍から入る人もいます。どちらも使えますが、順序を間違えると「知っているが使えない」状態になります。

この分野の知識は、公表資料から読める部分、書籍で体系的に押さえられる部分、実務でしか分からない部分に分かれます。最初の2つは独学で進められます。どこまでが独学で進み、どこから先は実務が必要なのかを整理します。

まず公表資料から読める部分

意外に知られていませんが、この分野には国が公表している資料がそろっています。しかも無償で読めます。

中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月、中小企業庁)は、支援機関が守るべき事項と、売り手・買い手が確認すべき点を定めています。仲介とFAの違い、利益相反への対応、専任条項の扱い、手数料の明示といった、実務の根幹がここにあります。

あわせて、中小企業白書、事業承継ガイドライン、経営者保証に関するガイドラインも公表されています。制度の背景と、政策として何が進められているかが読み取れます。

この段階で押さえるべきは、用語と制度の枠組みです。当社ではM&A用語集とM&Aを学ぶを公開しており、用語と工程を順に追えるようにしています。

公表資料の利点は、「誰が決めたルールか」が明確なことです。この土台がないまま実務の話を聞くと、相手の説明が業界の慣行なのか、ルールなのかが区別できません。

書籍で押さえる部分

次に効くのは、体系的に順序が付いた記述です。工程(秘密保持、案件化、打診、面談、意向表明、基本合意、調査、最終契約、クロージング、統合)を順に追い、各段階で何が決まるのかを押さえます。

加えて、会計と税務の基礎が必要です。決算書を読み、調整が必要な項目を見分け、株式の価値をどう考えるかを理解する部分です。簿記の知識があると早く進みます。

法務については、株式譲渡と事業譲渡と会社分割で何が違うか、契約の主要な条項が何を定めているかを押さえます。条文を暗記する必要はなく、「この場面ではこれが論点になる」と気づける状態を作ります。

当社の取締役副社長 神垣宏康は、M&Aの実務と資格試験に関する書籍を執筆しており、構成は会社概要に記載しています。

この段階で「知識としては一通り分かった」状態になります。ただし、ここまでで足りるのは説明を理解する力までです。

試験という形で区切る使い方

知識を区切って確かめたい場合、試験を目標に置く方法があります。中小M&A資格試験については、当社でも範囲ごとに整理したコラムを公開しています(試験範囲マップ)。

試験の利点は、範囲が決まっていることです。独学だと「どこまで学べばよいか」が分からず、興味のある部分だけが深くなります。範囲が定められていれば、薄い部分が分かります。

一方で、試験に合格することと実務ができることは別です。試験は知識の確認であり、交渉の進め方や、都合の悪い事実をどう伝えるかは測れません。

関連する資格として、簿記、中小企業診断士、宅地建物取引士、税理士・会計士・弁護士といった専門資格があります。どれも直接この仕事の要件ではありませんが、自分の出発点に近い領域から入ると、実務で早く役に立ちます。

実務でしか分からない部分

ここから先は、独学では進みません。具体的には次のような部分です。

  • まだ決めていない経営者との話し方。やめるか続けるかを決めていない人に、どう聞き、何を言わないか。
  • 情報をどの順序で出すか。買い手候補に、何をいつ渡すか。承諾の取り方。
  • 面談の設計。双方に何を事前に伝え、何を当日に任せるか。
  • 悪い知らせの伝え方。調査で問題が出たとき、条件を下げる話をどう持っていくか。
  • 止める判断。この案件は進めるべきでないと判断する基準。

これらに共通するのは、相手が人であることから来る部分です。資料に書けるのは原則までで、実際の判断は状況ごとに違います。

したがって、実務を学ぶには実務に関わる必要があります。経験者と一緒に案件を進めるのが、最も早い道です。当社のコラムでは、工程ごとの実務をアドバイザー実務のカテゴリに整理しています。

順序をまとめる

整理すると、こうなります。

1. 公表資料を読む。中小M&Aガイドラインを一度通して読み、用語と制度の枠組みを押さえる。無償で、今日から始められます。

2. 工程を順に追う。書籍やコラムで、案件が始まってから終わるまでの流れを把握する。各段階で何が決まるのかを押さえます。

3. 会計・税務・法務の基礎を足す。決算書を読む力と、スキームごとの違いを押さえる。自分の出発点に応じて、薄い部分から埋めます。

4. 範囲を区切って確認する。試験を目標に置き、学んでいない部分を見つける。

5. 実務に関わる。経験者と案件を進め、資料に書けない部分を身につける。

この順序の要点は、1と2を飛ばさないことです。実務から入ると、目の前の案件のやり方は覚えますが、それが業界の慣行なのかルールなのかが区別できません。土台を先に置くほうが、後から効きます。

もう一つ付け加えると、学ぶ材料として「実際の取引の開示」が使えます。上場企業が行うM&Aは、適時開示として公表されます。取得の目的、対価、スキーム、日程、対象会社の概要が書かれており、1件ごとに読むと、教科書の記述が実際にどう使われているかが分かります。中小企業の取引とは規模が違いますが、論点の並び方は共通しています。当社も最新M&Aニュースで、公表資料だけを元にした整理を公開しています。

よくあるご質問

A.中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月、中小企業庁)が土台になります。無償で公表されており、仲介とFAの違い、利益相反への対応、専任条項の扱い、手数料の明示といった実務の根幹が定められています。
A.M&Aの仲介・助言を業として行うことについて、現在のところ参入に免許や資格は求められていません。知識を区切って確かめる目的で試験を使うことはできますが、合格と実務ができることは別です。
A.決算書を読み、調整が必要な項目を見分ける力は必要です。監査や税務申告を自分で行うわけではないため、専門家とやりとりできる程度の理解が目安になります。
A.知識は独学で進められますが、まだ決めていない経営者との話し方、情報を出す順序、悪い知らせの伝え方、止める判断は、実務に関わらないと身につきません。経験者と一緒に案件を進めるのが早い道です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら