本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。初回相談は、案件化するかどうかを決める場であると同時に、その経営者が今後あなたに本音を話すかどうかを決める場でもあります。多くの新人が「何を聞くか」だけを準備して臨み、聞き取りは埋まったのに二回目がない、という結果になります。原因はほぼ例外なく、聞く前に伝えるべきことを伝えていないことです。ここでは、限られた60分前後で何を、どの順番で伝え、どう時間を配り、相談後48時間で何をするかを型にします。聞き取り項目そのものの設計は「初回面談のヒアリング設計」を併せてお読みください。
初回相談は「聞く場」であると同時に「見られている場」
経営者にとって、会社を譲るかもしれないという話を外部の人間にするのは、人生で数えるほどしかない出来事です。相手は情報を提供しながら、同時にこちらを値踏みしています。値踏みの基準は、知識の量ではありません。この人は私の秘密を守るか、私の不利益になる動き方をしないか、都合の悪いことも言うか——この三点です。
だから初回相談の目的を「情報を取ること」に置くと、ほぼ確実に失敗します。目的は次の三つだと考えてください。
- 安心して話せる状態を作る:立場・秘密保持・費用の枠組みを先に開示する
- 相手の現在地を知る:何に困っていて、いつまでに、誰に相談できずにいるのか
- 次の一歩を合意する:結論ではなく、次に何をするかだけを決めて終える
案件化はこの三つの結果としてついてきます。順番を逆にしないでください。
最初の10分で伝える三つ|立場・秘密保持・費用の考え方
着席して雑談が一巡したら、質問を始める前に、こちらから10分だけ話します。話す内容は毎回同じで構いません。むしろ毎回同じ型で話せるようにしておくことが、実務者としての最初の訓練です。
(1) 自分の立場
仲介という形態を、曖昧にせず説明します。「当社は売り手と買い手の間に立ち、双方から依頼を受けて成約を目指す仲介者です。片方の代理人として相手を負かす立場ではありません」。この一文を最初に言うかどうかで、後の説明のしやすさがまったく変わります。利益相反の考え方まで踏み込む場合は「利益相反管理の実務」の整理を自分の言葉で話せるようにしておいてください。
(2) 秘密保持の枠組み
「本日伺った内容は、社内でも案件に関与する担当者以外には共有しません。会社名を伏せた形で買い手候補に打診するときも、必ず事前にご承諾をいただいてから進めます」。ここで抽象的に「守秘義務があります」と言うだけでは足りません。誰に、どこまで、どういう手順で伝わるのかを具体的に説明することが安心につながります。詳しい説明の型は「初回面談で秘密保持をどう説明するか」にまとめています。
(3) 費用の考え方
費用の話を後回しにすると、相手は最後までそれを気にしながら話すことになります。当社の場合は、相談料・着手金・月額報酬は0円、成功報酬型で、基本合意の時点で中間金として成功報酬額の10%をお預かりし、その全額を成功報酬から差し引くこと、成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)で最低2,000万円(税別)であること、中間金は基本合意後に不成立となった場合も返金されないこと。この五点を、金額の話をする顔ではなく事実を伝える顔で、淡々と言い切ってください。曖昧にぼかすほうが、後で不信を招きます。
60分をどう配る|時間配分の型
初回相談は60〜90分で終えるのが基本です。長ければ丁寧というものではなく、経営者の集中と体力には限りがあります。私が新人に教えている配分は次のとおりです。
| 時間 | やること | 狙い |
|---|---|---|
| 0-5分 | 挨拶・当日の進め方の共有 | この場のゴールを「決めること」ではなく「知ること」に置き直す |
| 5-15分 | 立場・秘密保持・費用の説明 | 安心して話せる土台を作る |
| 15-40分 | ヒアリング(背景・会社概要・希望条件) | 相手の現在地を知る。遮らず、数字は後で確認する |
| 40-50分 | M&Aの流れと期間、次の工程の説明 | 先が見えないことによる不安を減らす |
| 50-60分 | 次の一歩の合意と宿題の確認 | 「決算書3期分をお預かりする」など、小さく具体的に |
ヒアリングは25分しかありません。だからこそ、聞く項目を絞る必要があります。初回で必ず押さえるのは、譲渡を考えた背景、株主構成、直近3期の売上・利益の傾向、従業員数、借入と個人保証の有無、いつまでにという時間感覚、そして誰に相談できていないか。細かい数字は資料をお預かりしてから読めばよく、その場で埋めようとしないでください。
信頼を落とす言動と、信頼を得る言動
同じ内容を話していても、信頼される人とされない人がいます。差は所作と言葉づかいの細部に出ます。まず、やってはいけないことから。
- その場で価格を口にする:資料を見ていない段階の金額は必ず一人歩きし、後で下方修正すると信頼を失う
- 断定する:「必ず買い手はつきます」「税金はかかりません」。仲介者が言ってよい言葉ではない
- 他社や他の案件の話をする:守秘義務への感度が低いと受け取られる。実名を出すのは論外
- 知らないことを知っているふりで流す:経営者は自分の業界のことを誰よりも知っている。見抜かれる
- 決断を急かす:「今なら買い手がいます」は、相手の恐れに働きかける売り方であって、助言ではない
次に、信頼を得るほうの言動です。
- 都合の悪いことを先に言う:進めにくい論点(株主の分散、簿外の可能性、個人保証)を初回で率直に触れる
- 知らないことは持ち帰る:「確認して、いつまでにご回答します」と期限つきで返す
- メモを取り、その場で読み上げて確認する:認識のずれを潰しつつ、聞いている姿勢が伝わる
- 相手の言葉を言い換えて返す:「つまり、従業員の雇用が最優先で、価格は二番目ということですね」
- やらない選択肢も並べる:M&A以外の道(親族内承継、当面の継続)も選択肢として提示する
最後の一点は特に効きます。売ることを勧めない人からの説明のほうが、経営者は信用します。期待値の揃え方は「期待値調整の技術」も参照してください。
相談後48時間の動きが、二回目を決める
初回相談の評価は、その場ではなく帰った後に確定します。経営者は面談後、家族や信頼する人に「こういう会社の人と会った」と話し、冷静になって振り返ります。ここで差がつくのが、48時間以内の動きです。
- 当日中にお礼と要点の共有:伺った内容の要約、決めた次の一歩、こちらの宿題と期限を箇条書きで送る(会社名や個別情報の書き方は情報管理の観点で慎重に)
- 48時間以内に宿題を一つ返す:小さくてよいので、約束したものを先に届ける。速さは能力ではなく誠意として伝わる
- 面談記録を社内の型に落とす:記憶が新しいうちに、事実と所感を分けて記録する。詳しくは「面談・電話の記録の残し方」
- 次の接点の日付を置く:「二週間後に一度ご連絡します」と伝え、必ずその日に連絡する
初回相談で完璧に話せる必要はありません。伝えるべき三つを外さず、時間を守り、約束を期限どおりに返す。この繰り返しだけで、経営者は「この人になら話せる」と判断してくれます。逆に言えば、どれだけ知識があっても、約束の返し方が雑な人に会社を託す経営者はいません。