本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。初回面談の翌日に送る一通は、面談そのものと同じくらい、その後を左右します。ここで「本日はお時間をいただきありがとうございました」だけを送ると、面談で生まれた具体性が、一晩で失われます。経営者の側は、面談の翌日には通常業務に戻っています。何を検討すればよいのか、次に何が起きるのかが手元に残っていなければ、検討は自然に止まります。一方で、勢いに任せて資料を送りつけると、急かされたと受け取られます。本稿では、翌日の一通に何を入れ、何を入れないかを型にします。

翌日の一通が決めるもの

この一通が担うのは、次の三つです。営業上の目的ではなく、相手が検討できる状態をつくるための三つだと考えてください。

  • 認識のずれを、早い段階で直す:伺った内容を要約して返すと、「そこは少し違う」という訂正が返ってきます。この訂正が最も価値があります
  • 検討の順番を手元に残す:何をいつまでに考えればよいのかが文字になっていれば、忙しくても戻ってこられます
  • こちらが何をする側かを示す:こちらの宿題を明記することで、相手に「催促される関係」ではないと伝わります

タイミングは翌営業日です。当日の夜に送ると、面談の直後で整理が粗くなります。三日以上空くと、面談の記憶が薄れます。翌営業日の午前中までに送るのを型にしてください。

何を入れるか|五つの構成

構成は次の五つです。長くする必要はありません。画面をスクロールせずに全体が見える程度が目安です。

構成内容分量の目安
1 お礼時間をいただいたことへの一言一行
2 伺った内容の要約背景・希望・懸念を箇条書きで三〜五項目
3 こちらの宿題いつまでに何をお返しするか一〜三項目
4 ご検討いただきたいこと考える論点。作業の依頼ではない一〜三項目
5 次の接点相手が決めた時期。未定なら未定と書く一行

二番目の要約が中核です。事実と、伺った希望と、こちらの理解を分けて書いてください。「〜と伺いました」「〜とのご意向と理解しております」「この点は確認が必要と考えております」。主語を分けておくと、訂正していただきやすくなります。書き分けの型は「事実と意見を分けて伝える」に整理しています。

四番目を「作業の依頼」にしないでください。「決算書三期分をお送りください」と初回の翌日に書くと、検討の前に負担が来ます。資料の依頼には順番があり、「資料依頼の出し方」にまとめています。

書き方の作法

内容以上に事故が起きやすいのが、書き方です。次の五つを守ってください。

  • 会社名や個人名を、本文に書きすぎない:メールは転送されます。誰が読んでも差し支えない粒度に抑えます
  • 宛先を確認する:経営者個人のアドレスか、会社の共有アドレスか。共有アドレスに承継の話を送ると、社内に伝わります。どのアドレスに送ってよいかは、面談の場で必ず確認します
  • 断定を避ける:資料を見ていない段階の見立ては、必ず「現時点での理解として」と添えます
  • 添付は最小限に:容量の大きい添付や、複数の資料をまとめて送らない
  • 返信の負担を下げる:「訂正が必要な箇所だけお知らせください。なければご返信は不要です」と添える

誤送信の防ぎ方は「案件メールの書き方」、秘密保持の説明の仕方は「初回面談で秘密保持をどう説明するか」を参照してください。

送ってはいけないもの

翌日に送ってはいけないものがあります。いずれも、その場では熱意に見えて、相手には急かされていると伝わるものです。

送らないもの理由
契約書の一式判断材料が揃う前の契約は、依頼者の利益にならない
資料を見ていない段階の概算価格一人歩きし、後で下方修正すると全体が疑われる
期限を示唆する表現制度改正や買い手候補を理由に急がせることになる
他社との比較を促す資料比較は自由にしていただくもので、こちらが仕向けるものではない
面談で話していない提案一晩で作った提案は、相手の事情に合っていない

一番目について補足します。当社は相談料・着手金・月額報酬が0円ですので、検討の時間をお渡しすること自体に費用は生じません。契約を急ぐ理由が、こちら側にないということです。費用の全体像を説明する必要が生じたときは、0円である範囲と、費用が発生する時点の両方を同時に示します。当社の場合、相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意の時点で中間金として成功報酬額の10%をお預かりし、これは成功報酬から全額を差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)で最低2,000万円(税別)です。詳しい体系は料金体系のページに整理しています。

送ったあと

送った後の扱いも決めておいてください。

  • 返信がなくても、問題はない:返信不要と書いたのであれば、来ないのが自然です。翌日に「ご確認いただけましたでしょうか」と重ねない
  • 訂正が返ってきたら、そこが本題:訂正の内容は、面談で言葉にならなかったことです。記録に残し、次の面談の起点にします
  • 宿題は必ず期日までに返す:書いた期日を守れるかどうかが、この先の工程を任せられる相手かの判断材料になります
  • 次の連絡は、相手が決めた間隔で:未定であれば、二週間後を目安に一度だけ。その後の設計は「面談後に連絡が途絶えたとき」にまとめています

面談から翌日の一通、そして次の接点まで。ここまでが初回面談の一式です。面談が終わった時点では、まだ半分しか終わっていないと考えてください。ヒアリングの設計そのものは「初回面談のヒアリング設計」を参照してください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における税務・法務・労務の具体的な適用は、税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.ありません。判断材料が揃っていない段階でご契約をお願いすることは、依頼者の利益に反すると考えています。お送りするのは、伺った内容の要約と、こちらの宿題、ご検討いただきたい論点です。
A.資料を拝見する前の金額はお出ししません。口頭の情報だけで出した数字は必ず一人歩きし、後で修正することになると、それまでの説明まで疑われてしまうためです。
A.どのご連絡先にお送りしてよいかを、面談の場で必ず確認しています。ご指定がなければ、社内で共有される可能性のあるアドレスには承継に関する内容をお送りしません。
A.なりません。訂正が必要な箇所だけお知らせいただければ十分で、なければご返信は不要とお伝えしています。お忙しい時期にご負担をおかけしないためです。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら