禁忌肢は、総得点が合格ラインを超えていても、一定数選べば不合格になりうる選択肢です。倫理・行動規範の科目にだけ設定が検討されています。
公表されたサンプル問題を読むと、問われているのは知識ではありません。「知らなかった」ではなく、「知っていて、そのまま進めた」が禁忌肢として例示されています。
知識で埋め合わせられないなら、防ぐのは仕組みのほうです。そしてその仕組みは、すでに条文として書かれています。この記事は、サンプル問題を3つの要素に分解し、それぞれを止める条項が中小M&Aガイドラインと、登録支援機関が公表する遵守宣言のどこにあるかを対応づけたものです。
サンプル問題は、3つのことを同時にしている
資料2に掲載された、禁忌肢として例示された選択肢はこうです。
譲り受け側の社長と反社会的組織との交友関係を確認していたが、成約や手続進行を優先するため、譲り渡し側社長には説明せずに取引を進める
一文ですが、3つの行為が重なっています。
- 認識していた——調査で見つけていた
- 成約を優先した——依頼者の利益より、自社の利益
- 説明しなかった——情報を依頼者に渡さなかった
資料2は、これを中小M&Aガイドライン第2章Ⅱ5「仲介者における利益相反のリスクと現実的な対応策」に明らかに抵触する内容と位置づけています。
この選択肢を選ぶ人は、知識が足りないのではありません。調査はできており、抵触することも分かったうえで、優先順位を間違えています。だから、覚えて防ぐ種類のものではありません。
要素①「認識していた」を止めるのは、排除の手順と、組織で共有する仕組み
中小M&Aガイドラインは、不適切な譲り受け側の排除について具体的な取組を求めています。当社が遵守宣言で公表している第24項は、調査そのものは求めています。
詳細な調査の実施内容については、譲り受け側の財務状況及び事業実態の確認、譲り受け側(代表者、役員及び株主等の関係者を含む。)の反社会的勢力への該当性や過去にM&Aに関するトラブルを生じさせたかといったコンプライアンス面での確認が想定され、これらの観点から適切に調査を実施します。
サンプル問題の担当者は、ここまではやっています。問題はその次です。同じ第24項には、こう続きます。
過去に支援を行った譲り受け側についての情報提供や業界内での情報共有の仕組み等により最終契約の不履行等の不適切な譲り受け側に係る情報を取得した場合には、当該情報を担当者レベルに留めず、組織的に共有し、当該譲り受け側に対するマッチング支援の提供を慎重に検討するための体制を構築します。
「担当者レベルに留めず」が、この論点の核です。一人の判断で握れる状態にしておくと、成約を優先したい気持ちと、依頼者に伝える義務が、その一人の中で衝突します。組織で共有する仕組みがあれば、そもそも握れません。
⚠️ なお、この条文が挙げている手段のうち業界内での情報共有の仕組みには、当社は現時点で加盟していません。この点は遵守宣言のページに明記しており、第10項(17)のとおり契約締結前の説明事項にもなっています。持っていないものを、持っているように書かないために記しておきます。
要素②「成約を優先した」を止めるのは、契約書に義務として書くこと
利益相反について、遵守宣言の第36項・第37項はこうです。
36 両当事者から依頼を受ける以上、両当事者に対して中立・公平でなければならず、不当に一方当事者の利益又は不利益となるような利益相反行為を行いません。
37 特に、仲介者自身又は第三者の利益を図る目的で当該利益相反行為を決して行わず、仲介契約書において、少なくとも、以下の行為を行わない旨を仲介者の義務として定めます。
読み飛ばしやすいのは「仲介契約書において…義務として定めます」の部分です。心構えではなく、契約に書くとしています。書いてあれば、違反は契約違反になります。書いていなければ、その場の判断に委ねられます。
第37項が名指ししている行為には、次のようなものがあります。
- 譲り受け側から追加で手数料を取得し、当該譲り受け側に便宜を図る行為(ニーズに反したマッチングの優先的実施、不当に低額な譲渡価額への誘導など)
- 希望した譲渡額との差分の一定割合を、正規の手数料とは別に報酬として要求する行為
いずれも「成約を優先する」ことが、そのまま自社の利益になる形です。構造として利益が一致してしまう場面を、先に禁止しているということです。
要素③「説明しなかった」を止めるのは、契約前に書面を交付する義務
遵守宣言の第10項は、契約締結前に説明すべき事項を(1)〜(17)まで列挙し、書面を交付する等して、明確な説明を行い、依頼者の納得を得ますとしています。禁忌肢に関わる項目を、宣言の原文のまま引きます。
(1) 譲り渡し側・譲り受け側の両当事者と契約を締結し双方に助言する仲介者、一方当事者のみと契約を締結し一方のみに助言するFAの違いとそれぞれの特徴(仲介者として両当事者から手数料を受領する場合には、その旨も含む。)
(4) 手数料に関する事項(算定基準、金額、最低手数料、既に支払を受けた手数料の控除、支払時期等)
(6) (仲介者の場合)相手方の手数料に関する事項(算定基準、最低手数料、支払時期等)
(7) 秘密保持に関する事項(依頼者に秘密保持義務を課す場合にはその旨、秘密保持の対象となる事実、士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センター等に開示する場合の秘密保持義務の一部解除等)
(8) 直接交渉の制限に関する事項(依頼者自らが候補先を発見すること及び依頼者自ら発見した候補先との直接交渉を禁止する場合にはその旨、直接交渉が制限される候補先や交渉目的の範囲等)
(17) (譲り渡し側への説明の場合)業界内での情報共有の仕組みへの参加有無(参加していない場合にはその旨)
(17)は、参加していない場合もその旨を説明せよと書いてあります。不利な事実も含めて開示の対象にする、という書き方です。
(6)も同じ性質です。仲介者は相手方がいくら払うのかまで依頼者に説明することになっています。第11項はさらに踏み込んで、相手方を含めた手数料の総額がM&Aの成立やその条件(譲渡額等)に影響を与える可能性がある旨も含め、書面で説明するとしています。サンプル問題の「説明しなかった」は、ここに正面から反します。
当社の手数料の算定基準は料金体系のページに全額を掲載しています。契約前に説明する義務があるものを、契約前どころか相談前に読める場所に置いている、という形です。
ほかに禁忌肢になりうる論点と、対応する条項
サンプル問題は1問ですが、倫理・行動規範の科目は配点25%で、複数の設問に禁忌肢が設定される想定です。同じ「知っていて進める」の形が起きうる論点と、それを止める条項を並べます。
| 論点 | 止める条項(遵守宣言の項番) | 条項が定めていること |
|---|---|---|
| 依頼者を専任で縛り、他の意見を聞かせない | 25・26 | 対象範囲を可能な限り限定し、セカンド・オピニオンを許容。期間は最長でも6か月〜1年以内を目安 |
| 直接交渉の制限を広く取る | 28・29・30 | 対象は関与・接触し紹介した候補先のみ。目的はM&Aに関するものに限定。有効期間は契約終了まで |
| テール条項を広く取る | 31・32・33 | 対象はネームクリアが行われ、紹介された譲り受け側に限定(ノンネームの提示のみにとどまる場合は対象としない)。期間は最長でも2年〜3年以内を目安。専任条項が無く支援先として選ばれなかった場合は、テール条項を根拠とした手数料を請求しない |
| 誤認を招く営業で契約を取る | 広告・営業の項 | 成立の可能性や条件など意思決定に影響する事項について、虚偽・事実に相違する・誤認を招く広告・営業を行わない |
| 秘密保持の前に詳細を出す | 15・17 | ネームクリアは同意の取得と秘密保持契約の締結の後。締結前の段階で詳細が流出しないよう注意 |
出典:中小M&Aガイドライン(第3版)の遵守宣言(公式別紙様式・当社の宣言日 令和8年(2026年)6月8日)より作成。項番は当社の遵守宣言ページに全文を掲載しています。
各条項の中身は、当社の資格試験コラムでも個別に扱っています——専任条項/直接交渉の制限/テール条項/利益相反/広告・営業の禁止事項。
宣言は公表されている。だから、読んで確かめられる
ここまで引いた条項は、すべて公表されている文書にあります。中小M&Aガイドラインは中小企業庁が公表しており、遵守宣言は登録支援機関が自社のサイトに掲載するものです。
当社は公式別紙様式の全文(42項目)を要約も改変もせずに遵守宣言のページに掲載しています。項番を挙げて引用できるのは、そのためです。
試験の勉強という観点では、ここが実務との接点になります。禁忌肢が問うのは条文の暗記ではなく、条文が何を防ごうとしているかの理解です。自社や他社の宣言を1項目ずつ読み、「この項目は、どの場面のどんな判断を止めているのか」と置き換えていくと、設問の形が変わっても答えられます。
試験範囲のどの項目にどの記事が対応するかは、試験範囲マップで一覧できます。
この記事について(出典と免責)
本記事は、本試験の実施主体・運営事業者が作成・監修したものではありません。制度の内容は2026年9月時点の公表資料に基づく「想定」「現状案」です。試験名は資料上「中小M&A資格試験(仮称)」と表記されています。受験にあたっては、必ず中小企業庁および試験運営事業者の公式の試験案内をご確認ください。
試験日・受験料はいずれも未公表です。禁忌肢についても設定が検討されている段階で、作問技術やCBTの技術的問題で難しい場合は、倫理科目の最低基準の引上げや配点の加重で代替するとされています。合格しても、弁護士・税理士・公認会計士等の独占業務が行えるようになるわけではありません。
出典:「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(中小企業庁・第4回 中小M&A市場の改革に向けた検討会 資料2、2026年3月17日) / 同 資料3「試験科目詳細」 / 企画競争募集要領(中小企業庁、2026年3月27日) / 中小M&Aガイドライン第3版(中小企業庁、2024年8月)および当社の遵守宣言 をもとに当社が作成。