M&Aの契約には、クロージング後に価格を調整する条項や、表明保証に違反があった場合に売り手が補償を行う条項が置かれることがあります。これらが実際に働くと、最終的に手元に残る金額は、申告の前提としていた譲渡対価より小さくなります。すでに納めた税金はどうなるのか。本稿では、納めすぎた税金の還付を求める更正の請求という手続きと、そもそも申告時に慌てないための備えを整理します。
※ 本稿は一般的な税制の仕組みをご紹介するものであり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません。税制は改正によって変わるため(本稿の記載は2026年8月時点の制度に基づきます)、適用関係は個別の事情によって異なります。実際のご検討にあたっては、必ず最新の情報をご確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。
対価が後から動く、典型的な場面
譲渡対価が申告後に動き得る場面には、いくつかの型があります。
- 価格調整条項:クロージング時点の純資産や運転資本の実額に応じて、事後に価格を精算する取り決め
- 表明保証違反による補償:開示されていなかった債務や訴訟が判明した場合に、売り手が損害を補償する
- 特別補償:契約時点で判明していた特定のリスクについて、実際に発生した場合の負担を売り手が負う
- 紛争の解決:契約後に生じた争いが、和解や判決によって金銭の返還という形で決着する
これらは売り手にとって不利な仕組みに見えますが、買い手のリスクを一定範囲で手当てすることによって、価格や条件の合意を成り立たせている側面もあります。契約交渉では、上限額や請求できる期間を定めて、影響を限定するのが一般的です。
問題は、これらが働くタイミングが、確定申告の後になり得るという点です。
更正の請求という手続き
申告した内容に基づく税額が本来納めるべき額より多かった場合、税務署に対してその減額を求める手続きが更正の請求です。修正申告が「納める税額が増える方向」の訂正であるのに対し、更正の請求は「減る方向」の訂正を求めるものだと整理すると分かりやすいでしょう。
ただし、請求すれば必ず認められるというものではありません。請求には法令で定められた期限があり、また、契約後の事情の変化がどのような性質のものかによって、更正の請求の対象になるのか、それとも別年分の処理として扱われるのかが変わります。
たとえば、当初の契約に基づく精算として対価そのものが減額されたのか、契約とは別に損害の補償として金銭を支払ったのかでは、考え方が異なり得ます。契約書の文言と実際の資金の流れの両方を見て判断することになります。
判断が分かれやすい領域ですので、該当しそうな事情が生じた時点で、契約書を持参して税理士にご相談ください。
契約の書きぶりが、税務の扱いを左右する
この論点で実務上もっとも重要なのは、契約交渉の段階で税務の扱いを意識しておくことです。同じ経済的な結果でも、契約上どう位置づけられているかによって、税務の整理が変わり得るためです。
具体的には、次のような点を確認しておく価値があります。
- 精算金が「譲渡対価の調整」なのか「損害の賠償・補償」なのか、条項上明確か
- 精算の期限が、確定申告の時期との関係でいつになるか
- 補償の上限額と請求できる期間が定められているか
- 複数の株主がいる場合、補償の負担割合が明確か
とくに二つ目は見落とされがちです。精算の完了が申告期限より前であれば、確定した金額で申告でき、後の手続きは不要になります。交渉の段階で精算の期限を意識するだけで、手間が一つ減るということです。
契約条件の設計は、税理士・弁護士と連携しながら進めるのが確実です。当社でも、条件交渉の段階から専門家との連携をお手伝いしています。
資金面で備えておくこと
補償の請求を受ける可能性がある間は、その分の資金を手元に残しておく必要があります。譲渡代金を受け取った直後にすべてを運用や別の事業に回してしまうと、いざ請求を受けたときに現金化が難しくなります。
また、税金の還付を受けられる場合でも、手続きを経てからになりますので、支払いと還付の間には時間差が生じます。その間の資金繰りも考えておく必要があります。
売却後の資金計画を立てる際は、譲渡代金から税金を差し引いた金額をそのまま自由に使える前提にせず、補償の上限額に相当する部分を一定期間確保しておく、といった考え方が現実的です。納税資金の考え方は「納税資金をどう準備するか」もあわせてご覧ください。
手取りの全体像には、当社の成功報酬も含まれます。移動総資産(株式価値+負債総額)を基準とするレーマン方式で最低2,000万円(税別)、相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金は成功報酬額の10%で、成功報酬から全額を差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。
そもそも減額を招かないために
価格調整や補償が実際に働く原因の多くは、デューデリジェンスの段階で把握しきれなかった事実にあります。売り手側で事前に整理し、開示しておけば、契約後に問題として浮上することは減ります。
未払いの残業代、係争中の案件、簿外の債務、取引先との口頭の約束。こうしたものは、隠して契約にたどり着いても、後から補償の対象として返ってきます。早い段階で開示し、価格や条件の中で織り込んでもらうほうが、結果として売り手の負担は小さくなります。
中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)でも、売り手が把握している情報を適切に開示することの重要性が示されています。誠実な開示は、交渉を有利に進めるための実務的な選択でもあります。
当社では、買い手に提示する前の段階で、論点になりそうな事項を一緒に洗い出す作業からお手伝いしています。
まとめ|契約段階で、申告の時期まで見通す
申告後に譲渡対価が減額された場合、納めすぎた税金については更正の請求という手続きで還付を求め得ます。ただし期限があり、事情の性質によって扱いも変わるため、該当しそうな事態が生じた時点で税理士に相談することが必要です。
より確実なのは、契約交渉の段階で精算の期限や補償の枠組みを整理し、できるだけ確定した金額で申告できる状態を作っておくことです。そのためには、事前の開示によって後から問題が浮上する余地を減らしておくことが前提になります。
当社では、条件交渉から契約、そして申告までを見通した進め方をご提案しています。まずはお気軽にご相談ください。