打診を進めると、複数の買い手候補が同時に関心を示すことがあります。売り手にとってはありがたい状況ですが、同時に、扱いを誤ると混乱と失礼を招く場面でもあります。誰にどこまで伝えるのか、どの順番で会うのか、どこで絞り込むのか。並走の管理には一定の作法があります。

並走させる意味は「比べられる」ことにある

候補が一社しかない状態では、提示された条件が妥当かどうかを判断する物差しがありません。高いのか安いのか、その条件が厳しいのか一般的なのか、比べる対象がなければわからないのです。複数が並ぶことの最大の価値は、この物差しが得られることにあります。

もう一つの価値は、交渉が止まったときの選択肢です。一社だけで進めていると、相手が条件を下げてきたときに受け入れるか降りるかの二択になります。他に候補があれば、条件の見直しを求める余地が生まれます。

ただし、並走はそれ自体が目的ではありません。数を増やすほど情報に触れる企業が増え、秘密保持の面では不利になります。また、対応の手間も増えます。売り手の状況によっては、早めに一社に絞って丁寧に進めるほうが良い結果になることもあります。競争を前提に手続きを設計する入札方式については「入札(オークション)方式とは|相対交渉との違い」で扱っています。

他社の存在をどこまで伝えるか

実務では、複数の候補と並行して検討していること自体は、各候補に伝えるのが一般的です。伏せたまま進めて後で判明すると、不信を招きます。また、相手も「他にも見ているだろう」と想定しているのが通常です。

一方で、具体的な社名や、提示された条件の中身を他社に伝えることはしません。「A社は○○円を提示しています」といった開示は、買い手にとって秘密情報の漏洩にあたり、秘密保持の観点から問題があります。伝えるのは「他にも検討中の先があります」という事実までです。

また、他社の存在を価格交渉の材料として過度に使うことも避けるべきです。競わせる姿勢が露骨だと、買い手が「この売り手とは信頼関係を築けない」と判断して降りることがあります。実際に強い関心を持っている相手ほど、丁寧に扱われることを望みます。

情報開示と日程を揃える

並走で最も気をつけるべきは、候補ごとに開示している情報の量や、進んでいる段階がばらばらになることです。ある候補には詳しい数字を出し、別の候補には出していない。ある候補は面談を二回行い、別の候補はまだ一回。この状態では、返ってくる条件を比べても意味がありません。

そのため、実務では開示する資料と回答の内容を揃えます。追加質問への回答も、一社に出した内容は他社にも同じ水準で提供するのが原則です。これは公平性の問題であると同時に、比較可能な条件を引き出すための実務でもあります。

日程についても、意向表明の提出期限を揃えるのが通例です。期限がばらばらだと、先に出した候補を待たせることになり、その間に関心が冷めることがあります。期限を区切ることで、売り手は同じ時点で条件を並べて見られます。

面談の順番については、順序そのものが結果を左右することは多くありませんが、日を空けすぎないほうが記憶を保ったまま比較できます。面談の設計は「トップ面談の場所と同席者」もあわせてご覧ください。

いつ、どこで絞り込むか

並走は、基本合意の段階で終わります。基本合意書には通常、独占交渉権の条項が入り、一定期間は他の候補と交渉しないことを約束するからです。つまり、絞り込みの期限は基本合意の締結時点ということになります。

実務上の流れとしては、意向表明書を各候補から受け取り、内容を比較し、必要に応じて条件の確認や再提示を求めたうえで一社を選び、その相手と基本合意に進みます。条件が拮抗した場合の判断軸は「条件が拮抗したときの選び方」で詳しく扱います。

ここで注意したいのは、一社に絞った後の後戻りが簡単ではないという点です。独占交渉期間中に交渉が行き詰まっても、他の候補にすぐ戻れるとは限りません。時間が経てば相手の事情も変わります。だからこそ、絞り込みの判断は慎重に行う必要があります。独占交渉権の与え方は「独占交渉権とは|与えるときの注意点」をご覧ください。

断る相手への伝え方

複数と並走するということは、必ず断る相手が出るということです。この対応を丁寧に行うことは、単なる礼儀の問題ではありません。

理由は二つあります。一つは、選んだ相手との交渉が行き詰まった場合に、再度声をかける可能性があるからです。ぞんざいに断った相手が、半年後に応じてくれるとは限りません。もう一つは、業界内での評判です。買い手企業同士は、思いのほか横のつながりがあります。

断る際には、時期を遅らせないことが大切です。買い手も社内で時間と労力を使って検討しています。決まった時点で速やかに、仲介会社を通じて伝えます。理由については、他社の条件の詳細を明かさない範囲で「総合的に判断した結果」と伝えるのが通常ですが、相手が改善できる点があるなら、差し支えない範囲で共有することもあります。

また、秘密保持契約に基づく資料の返還・廃棄の手続きも、この時点で求めます。条項の内容は事前にご確認ください(「秘密保持契約(NDA)で売り手が確認する条項」)。

まとめ|比べるために、揃えて進める

複数の買い手が並ぶことの価値は、条件を比べる物差しが得られること、そして交渉が止まったときの選択肢が残ることにあります。ただし、候補が増えるほど情報に触れる企業も増えますので、やみくもに数を追うものではありません。

並走の実務では、他社の存在は伝えるが条件の中身は伝えない、開示する情報と回答は候補間で揃える、意向表明の期限を揃える、という三点が基本です。絞り込みは基本合意の時点で行い、その後は独占交渉に入ります。

そして、断る相手への対応を丁寧に行うこと。これは将来の選択肢を残すという意味でも、実務上の意味があります。当社では、候補ごとの進捗と開示状況を管理しながら、比較可能な形で条件を並べられるよう進行を組み立てています。

よくあるご質問

A.隠さないのが一般的です。後で判明すると不信につながりますし、買い手側も通常は他に候補がいることを想定しています。ただし、具体的な社名や提示条件の中身を他社に伝えることは、秘密保持の観点から行いません。
A.決まった数はありません。比較の物差しが得られる程度の数があれば足り、多すぎると情報に触れる企業が増え、対応の負担も大きくなります。会社の状況や秘密保持の懸念に応じて、ご相談のうえ決めていきます。
A.基本合意で独占交渉権を与えている場合、その期間中は他社と交渉できません。期間満了後に戻ることは可能ですが、時間の経過で相手の事情が変わっていることもあります。絞り込みは慎重にご判断ください。

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相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。秘密厳守でご相談を承ります。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら