企業概要書を見た買い手が本格的に検討を進めると、経営者同士が顔を合わせるトップ面談の場が設けられます。ここで議論される内容については別の記事で扱っていますが、その前に決めなければならないことがあります。どこで会うのか、誰が出るのか。この二つは、秘密保持にも、面談の中身にも影響します。
自社での開催は、原則として避ける
最初の面談を自社の会議室で行うのは、基本的に避けます。理由は明快で、社内に気づかれるからです。見慣れない相手が数名で来社し、社長が長時間会議室にこもる。それが何度か続けば、長く勤めている従業員ほど何かを察します。
「取引先との商談だ」と説明することはできますが、来訪者が名刺を出す場面、受付の記録、駐車場の車。痕跡は残ります。検討段階で社内に不安が広がると、離職や動揺につながり、それは会社の価値そのものを損ないます。社内共有の考え方は「M&A検討を社内の誰まで共有するか」で整理しています。
実務では、仲介会社の会議室、貸会議室、ホテルの個室といった社外の場所を使います。買い手の本社で行うこともありますが、売り手にとっては移動の負担があり、また相手のホームで話すことになるため、中立的な場所を選ぶことが多くあります。
場所を選ぶときの実務的な観点
社外で行うとして、どこを選ぶかにもいくつか観点があります。
第一に、人目につきにくいことです。地元のホテルのラウンジなどは、知人に会う可能性があります。個室が確保できること、出入りが目立たないことを優先します。第二に、資料を広げられることです。数字の話になれば、決算書や事業の資料を見ながら話すことになります。オープンな場所では現実的ではありません。
第三に、移動の負担です。往復に半日以上かかる場所を指定されると、社長が社内を空ける時間が長くなり、それ自体が不自然さを生みます。近隣の都市や、中間地点を選ぶといった配慮をします。第四に、時間の余裕です。トップ面談は二時間程度を見込むことが多く、前後に余裕のある時間帯を選びます。
なお、初回をオンラインで行うケースも増えています。移動の負担がなく、日程も合わせやすい利点があります。一方で、経営者同士の相性や雰囲気は対面のほうが伝わりやすいため、オンラインで顔合わせをしたうえで、次回に対面という二段構えを取ることもあります。
工場や店舗の見学はいつ行うか
買い手は、いずれ現場を見たいと考えます。製造業であれば工場、小売や飲食であれば店舗です。これをいつ、どういう形で行うかは、慎重に設計します。
初回のトップ面談と同時に見学まで行うことは、通常は避けます。相手の本気度がまだ見えない段階で、現場に外部の人間を入れるのは危険が大きいためです。実務では、面談を重ねて相手の意欲がはっきりしてから、あるいは意向表明を受けた後に見学を設定することが多くあります。
見学の際には、社内向けの説明を用意します。取引先の視察、設備の下見、コンサルタントの訪問など、その会社にとって不自然でない名目を、事前に仲介会社と決めておきます。訪問人数を絞る、業務時間外や休業日に行うといった工夫も併用します。この点は、後のデューデリジェンスでも同じ配慮が必要で、「現地調査の受け入れ|従業員に気づかれないための工夫」に詳しくまとめています。
売り手側は誰が出るべきか
基本は社長おひとりです。トップ面談は条件を詰める場ではなく、経営者同士が互いを知る場であり、人数が増えるほど話しにくくなります。
ただし、同席が有効な場合もあります。一つは、配偶者やご親族が役員として実質的に経営に関与しており、意思決定に加わっている場合です。二つ目は、後継候補として社内に残る親族がいて、譲渡後の体制に関わる場合です。三つ目は、技術や営業の中核を担う役員が事業の説明に不可欠な場合です。
逆に、同席させるべきでないのは、検討の事実を知らない役員や従業員です。当然ですが、面談の場で初めて事情を知るという事態は避けなければなりません。同席をお願いするなら、事前に個別に話し、秘密の扱いを含めて了解を得ておく必要があります。
また、複数人で出る場合は役割を決めておきます。誰が事業の説明をするのか、誰が数字に答えるのか、答えにくい質問が出たときに誰が引き取るのか。決めずに臨むと、社内で説明が食い違い、それ自体が相手に不安を与えます。想定される質問への備えは「面談で聞かれて困る質問への備え」をご覧ください。
買い手側の顔ぶれと、仲介会社の役割
買い手側からは、社長または担当役員に加えて、経営企画やM&A担当の実務者が出てくるのが一般的です。相手が事業会社であれば事業部門の責任者が、投資会社であれば担当のパートナーとアソシエイトが出席します。
誰が出てくるかは、相手の本気度を測る手がかりになります。決裁権のある人物が出てくるのか、実務担当だけなのか。初回から社長が出てくる会社は、社内で一定の合意ができていることが多いといえます。
仲介会社は、双方の間に入って進行を担います。初対面の経営者同士がいきなり本題に入るのは難しく、話の順序を整え、聞きにくい質問を代わりに投げ、答えにくい質問には間に入って調整します。また、面談後には双方の感触を確認し、次の段階に進むかどうかの整理を行います。面談全体の流れは「面談の進め方|初回から基本合意までの流れ」で解説しています。
まとめ|場所と人選も、交渉の一部
トップ面談は、自社での開催を避け、人目につきにくく資料を広げられる社外の場所で行うのが原則です。現場の見学は相手の本気度が見えてから設定し、社内向けの説明を事前に用意します。
出席者は社長おひとりが基本ですが、経営に実質的に関与するご親族や、事業説明に不可欠な役員が同席することはあります。その場合は、事前に個別に話して了解を得ること、役割分担を決めておくことが前提です。
こうした段取りは細かいことのようですが、秘密保持の実効性を左右し、面談そのものの質にも影響します。当社では、場所の手配から当日の進行、社内向けの説明の組み立てまでお手伝いしています。ご不安があれば、事前の打ち合わせでお聞かせください。