「社名は残りますか」。譲渡を検討される方から必ず伺うご質問です。買い手の方針次第ですが、交渉で決められる事項でもあります。変わる場合に何が起きるのか、残す場合に何を決めるのかを整理します。

株式譲渡では、社名は自動では変わらない

株式譲渡では、会社そのものが存続します。商号(社名)も、定款を変更しない限りそのままです。

つまり「譲渡したら社名が変わる」わけではありません。変えるかどうかは、譲渡後の株主である買い手が決めることです。

実務では、当面はそのまま、しばらく経ってから統合の一環で変更という流れが多く見られます。取引先への影響が大きいため、買い手も急ぎません。

商号変更の手続き

商号を変更するには、定款の変更が必要です。定款変更は株主総会の特別決議によります(会社法466条、309条2項)。

決議のあと、本店所在地で商号変更の登記を行います。変更から2週間以内が原則です。登記が完了すると、履歴事項全部証明書に旧商号と新商号の両方が記載されます。

登記のあとは届出の連鎖です。税務署・都道府県・市町村への異動届、年金事務所・労働基準監督署・ハローワーク金融機関の口座名義と印鑑、許認可の変更届。業種によって数十件になります。

実務への影響は登記より大きい

登記そのものは司法書士に依頼すれば済みますが、実務の影響のほうが大きいと考えてください。

請求書・領収書の様式、契約書の当事者表示、ウェブサイト、名刺、封筒、看板、車両、作業着、社判。取引先のシステムに登録されている社名も変更が必要で、相手方に手間をかけます。

とくに継続的に請求書をやり取りしている取引先には、早めの連絡が要ります。社名が変わると支払処理が止まる会社もあります。

社名を残す交渉

「社名を残してほしい」というご希望は、最終契約に盛り込むことができます。

ただし、期間を限った約束になるのが通常です。「クロージング後◯年間は商号を変更しない」といった形です。永久に変えないという条項は、買い手も受け入れにくいのが実情です。

違反した場合にどうするかも決めておく必要があります。損害賠償になじみにくい性質のため、努力義務にとどめることも多くあります。実効性の限界は理解したうえで交渉してください。

屋号・ブランドは別に考える

商号(登記上の社名)と、屋号・店舗名・ブランド名は別のものです。

会社名が変わっても、店舗の看板やブランドはそのまま残す、という形は珍しくありません。お客様に見えているのは屋号のほうであることも多いためです。

この場合、商標の権利がどうなっているかを確認してください。会社名義で登録されていれば株式譲渡でそのまま移りますが、社長個人名義になっていることがあります。事業譲渡では移転の手続きが必要です。

買い手が社名を変えたい理由

買い手が変更を望む場合、理由はいくつかあります。グループとしての統一信用力の高い名前を冠したい採用上の理由既存の社名に事業内容とのずれがある

頭ごなしに拒むより、理由を聞いたうえで落としどころを探すほうが建設的です。「当面は残し、統合の段階で見直す」「商号は変えるが屋号は残す」といった折衷案もあります。

逆に、地域で名前が通っている会社では、買い手のほうが残したがることもあります。社名は営業上の資産でもあります。

社名が変わると、実務で止まるもの

実際に止まるものを、経験則で挙げます。

銀行口座。名義変更が済むまで、旧社名宛の振込が受けられないことがあります。電子証明書とインボイスの登録番号。法人番号は変わりませんが、登録事項の変更届が要ります。クレジットカードと各種サブスクリプション。請求書の宛名が合わないと経理処理が止まります。

見落とされやすいのがドメインとメールアドレスです。社名に由来するドメインを使っている場合、変更するかどうかで話が変わります。変更すれば取引先への周知が要り、変更しなければ社名とドメインが食い違います。どちらを選ぶかは、早めに決めてください。

従業員と取引先への伝え方

社名の変更は、関係者にとってもっとも目に見える変化です。

従業員には、雇用や条件が変わらないことと併せて伝えてください。社名だけが変わる話なのか、他も変わるのかが分からないと、不安になります。

取引先には、変更日、新旧の社名、変更の理由、実務上の依頼事項(請求書の宛名、振込先口座など)を書面で通知します。通知が遅れると、支払いや納品が止まります。

決めるのは、譲渡後の株主

最後に、はっきり申し上げておきます。株式を譲渡した後、商号を決めるのは新しい株主です。

契約で期間を区切った約束をすることはできますが、その先は買い手の判断になります。「絶対に変えさせない」という形は取れません。

だからこそ、相手選びの段階で確認しておくことをお勧めしています。社名についてどう考えているか、過去に買収した会社の社名をどう扱ってきたか。トップ面談で聞いてよい質問です。創業家の想いをどう引き継ぐかも併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.変わりません。株式譲渡では会社が存続し、定款を変更しない限り商号もそのままです。変えるかどうかは譲渡後の株主である買い手が決めます。当面はそのまま、という流れが多く見られます。
A.最終契約に「クロージング後◯年間は商号を変更しない」と盛り込むことができます。ただし期間を限った約束になるのが通常で、永久に変えない条項は受け入れられにくいのが実情です。
A.株主総会の特別決議による定款変更と、変更から2週間以内の登記です。その後、税務署・年金事務所・金融機関・許認可の変更届が続き、業種によって数十件になります。
A.商号とは別のものです。会社名が変わっても屋号やブランドを残す形は珍しくありません。ただし商標が社長個人名義になっていることがあるため、権利の帰属を確認してください。
A.変更日・新旧の社名・理由・実務上の依頼事項(請求書の宛名、振込先)を書面で通知します。継続的に請求書をやり取りしている先には早めに。社名が変わると支払処理が止まる会社もあります。
A.社名に由来するドメインを使っている場合、変更すれば取引先への周知が必要になり、変更しなければ社名とドメインが食い違います。どちらを選ぶかは早めに決めてください。銀行口座の名義変更やインボイスの登録事項の変更も併せて計画してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら