デューデリジェンス(調査)は、買い手が売り手を調べるものです。これを売り手の側が先に行うのがベンダーDD(セルサイドDD)です。
自分で財務・税務・法務・労務の調査を依頼し、報告書を作っておく。買い手が現れたら、その報告書を示す。買い手は自分で調べる範囲を絞れるので、期間が短くなります。
大型の取引では一般的な進め方ですが、中小企業のM&Aでは費用との釣り合いが論点になります。どういう場合に向くのかを整理します。
何が変わるのか
通常の進め方では、買い手が調査して問題を見つけ、それを根拠に条件を見直します。売り手は、見つかった後で説明することになります。この順序だと、常に受け身になります。
ベンダーDDを行うと、順序が変わります。問題を自分で先に見つけ、直せるものは直し、直せないものは説明を用意してから買い手に会います。
例えば、未払残業代の可能性が見つかったとします。先に見つければ、就業規則を見直し、記録を整え、見積額を自分で出して「この金額を価格に織り込んでください」と言えます。後から見つかれば、買い手の見積りが基準になります。
同じ事実でも、誰が先に出すかで扱いが変わります。これがベンダーDDの実質的な効果です。
期間が短くなる
もう1つの効果は、取引の期間です。買い手の調査には通常数週間から数か月かかり、その間に売り手は資料を出し、質問に答え続けます。この期間は、経営者にとって最も負担が重い時期です。
ベンダーDDの報告書があれば、買い手は論点を絞って調べられます。全部を自分で確かめる買い手もいますが、報告書の内容を使って範囲を狭める買い手もいます。
加えて、複数の買い手候補に同時に示せます。通常の進め方では、候補ごとに同じ資料を作り、同じ質問に答えます。報告書が1つあれば、その手間が減ります。
候補が複数いる場面では、ここが効きます。逆に、相手が1社に決まってから始める場合は、効果が小さくなります。
費用と、誰に頼むか
費用は、調べる範囲と会社の規模で変わります。財務・税務だけなら会計事務所に、法務を含めるなら法律事務所に、労務を含めるなら社会保険労務士に依頼します。買い手が行う調査と同じ専門家が必要になるので、費用も同じ性質です。
中小企業のM&Aでは、この費用が取引の規模に対して重くなることがあります。したがって、全部を調べるのではなく、重い論点だけを調べる形が現実的です。
- 従業員が多く、労働時間の管理が曖昧な会社 → 労務だけ
- 許認可が事業の前提の会社 → 法務だけ
- 在庫が大きい会社 → 財務の一部だけ
- 過去に税務調査で指摘を受けた会社 → 税務だけ
どこが弱いかは、経営者が知っています。そこを先に調べる形が、費用に対して効きます。
報告書の扱いに注意が要る
ベンダーDDの報告書は、売り手が依頼して作ったものです。したがって、買い手がそのまま信じるとは限りません。
買い手が気にするのは次の点です。都合の悪い部分が省かれていないか。調べた範囲はどこまでか。専門家は誰で、独立しているか。いつ時点の情報か。
したがって、報告書の範囲と限界を明記しておく必要があります。「この範囲を調べ、この範囲は調べていない」と書いてあるほうが、信用されます。
また、報告書を渡す相手と条件も決めます。秘密保持の取り決めの中で扱い、買い手が他に使えないようにします。専門家が買い手に対して責任を負うかどうかも論点になり、負わない前提で作られるのが通常です。
都合の悪いことを書いた報告書のほうが、価値があります。問題が無いと書いてある報告書は、調べていないと読まれます。
自分で簡易に確かめる形もある
専門家に依頼するほどではない場合、社内で確かめるだけでも効果があります。買い手が必ず聞くことは決まっているので、先に答えを用意する形です。
最低限、次を確かめます。
- 株主名簿と実際の株主が一致しているか
- 定款の譲渡制限と機関設計
- 許認可の種類・番号・有効期限
- 主要な契約の支配権異動に関する条項
- 労働時間の記録と、固定残業代の設計
- 退職金の規定と、引当の有無
- 税・社会保険の滞納や分納の有無
- 会社と個人のお金が混ざっている箇所
- 訴訟・クレームの有無
この9項目を一覧にできる会社は、調査の期間が短くなります。専門家に頼む前に、ここまでは自分でできます。
向く場合と、向かない場合
整理すると、こうなります。
向く場合。複数の買い手候補に当たる予定がある。弱点が特定できていて、金額の影響が大きい。期間を短くしたい事情がある(経営者の健康、資金の都合)。従業員が多く労務の論点が重い。
向かない場合。相手が1社に決まっている。取引の規模に対して費用が重い。会社の規模が小さく、論点が限られている。
向かない場合でも、社内で確かめる作業は無駄になりません。調査で聞かれることは同じなので、先に整理しておくだけで対応が楽になります。
なお、調査の範囲と報告書の扱いは個別の事情で変わります。依頼する際は、税理士・公認会計士・弁護士・社会保険労務士とそれぞれの範囲を確認してください。
最後に費用の考え方を補います。調査の費用は、買い手が行う場合も売り手が行う場合も同じ性質です。したがって、売り手が先に行えば、買い手の調査の範囲が狭まり、結果として取引全体の費用が減る場面があります。逆に、買い手が自分で全部調べる方針であれば、二重に費用がかかります。相手の方針を聞いてから決めるほうが、無駄が出ません。