ビルメンテナンス業は、清掃・設備管理・警備・衛生管理といった業務を組み合わせて、建物が使われ続けるための機能を支える仕事です。契約は年単位で継続することが多く、収益はストック性を持ちます。その一方で、原価の大半が人件費であるため、人が採れるかどうかと、単価を改定できるかどうかが、そのまま経営を左右します。本稿では公表資料から業界の現在地を整理します。
ビルメンテナンス業の現在地|悩みの1位は13年連続で同じ
公益社団法人全国ビルメンテナンス協会「ビルメンテナンス情報年鑑2026」(第56回実態調査、2025年10月24日〜12月5日実施、回答1,060社・回収率37.7%)によれば、業界の悩みごととして挙げられた項目の上位は次のとおりです。
| 悩みごと(複数回答) | 回答割合 |
|---|---|
| 現場従業員が集まりにくい | 88.5%(2013年度以降13年連続で1位) |
| 若返りが図りにくい | 74.1% |
| 賃金上昇が経営を圧迫 | 67.5% |
| 現場管理者が育ちにくい | 55.1% |
13年連続で同じ項目が1位という事実は、この課題が景気変動によるものではなく、構造的なものであることを示しています。募集をかけても集まらない、集まっても年齢層が上がる、現場管理者の後継が育たない——この三つが連動して、受注を拡大したくてもできないという状態を生みます。
契約単価の改定|2025年度に大きく動いた
同じ調査によれば、契約単価の改定率は2025年度に大きく上昇しました。官公庁向けが6.2%、民間向けが10.0%で、前回調査(官公庁2.7%、民間2.6%)を大幅に上回っています。人件費の上昇分を、契約単価に反映する動きが実際に進み始めたと読み取れます。
賃金の側も上がっています。同調査では、30〜50歳の中途採用の月給が一般清掃で約22.8万円、設備管理で約27.3万円となり、前年度比で5〜6%台の増加、パートタイマーの時給も過去最高を更新したとされています。売上高は2024年度で回答企業の平均が約19.4億円、前年度比4.7%の成長、営業利益率は6.1%と報告されています。
経営の観点から重要なのは、この「単価を改定できているかどうか」が会社ごとに大きく異なるという点です。長年据え置きの契約が多い会社は、賃金上昇分をそのまま利益の減少として抱えることになります。逆に、単価改定の交渉を積み重ねてきた会社は、それ自体が発注者との関係の強さを示す実績になります。
制度の枠組み|建築物衛生法と有資格者
ビルメンテナンス業には、業そのものの許認可はありませんが、対象となる建物の側に法的な管理義務があります。「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」(建築物衛生法)では、興行場・百貨店・集会場・図書館・博物館・美術館・遊技場・店舗・事務所・学校・旅館の用途に供される建築物で、その用途部分の延べ面積が3,000平方メートル以上のものを「特定建築物」としています(専ら学校教育法第1条に規定する学校の用途に供される建築物は8,000平方メートル以上)。
特定建築物の所有者等は、建築物環境衛生管理技術者を選任し、建築物の所在場所・用途・延べ面積・構造設備の概要・技術者の氏名等を、使用開始から1か月以内に都道府県知事に届け出なければならないとされています。また、清掃・空気環境測定・貯水槽清掃・排水管清掃・ねずみ昆虫等の防除といった業務については、同法に基づく事業登録の制度が設けられています。
登録は法律上の義務ではありませんが、発注者側が入札や委託の条件として求めることがあり、実務上は受注可能な範囲を左右します。承継にあたっては、どの登録を保有しているか、登録の要件となる有資格者が誰なのかを確認しておく必要があります。
登録の要件や運用は都道府県によって異なる場合があります。個別の判断にあたっては、所管の都道府県担当窓口および専門家にご確認ください。
需要側の動き|非住宅の改修とストックの高経年化
需要の側を見ると、非住宅建築物の維持・改修は伸びています。国土交通省「建築物リフォーム・リニューアル調査報告」(令和6年度計)によれば、非住宅建築物のリフォーム・リニューアル受注高は9兆6,984億円で前年度比7.7%増、うち改装・改修工事および維持・修理工事が9兆941億円(8.3%増)でした。令和6年度第4四半期の用途別では、コンクリート系構造の「事務所」が4,053億円(17.7%増)、鉄骨造の「生産施設(工場、作業場)」が3,309億円(28.7%増)と伸びています。
また、住宅側でもマンション管理組合からの発注が増えています。同調査の令和6年度第4四半期の発注者別受注高では、住宅の「管理組合」が2,137億円で前年同期比10.7%増でした。分譲マンションストックは国土交通省の推計で2025年末に723.6万戸、うち築40年以上が158.8万戸とされており、建物の高経年化に伴う管理・修繕の仕事は今後も積み上がります。
事業承継の観点で何が論点になるか
ビルメンテナンス会社の承継では、次の点が焦点になります。
まず、契約の性質です。年間を通じて同じ現場に人を配置する常駐型の契約は、引き継いだ翌月も同じ売上が立つと見込めるため、一般に評価されやすい領域です。反対に、単発のスポット清掃や工事の付帯業務が中心の場合は、営業力を引き継げるかどうかが問われます。売上を契約類型別に分解しておくことが、そのまま交渉の材料になります。
次に、人です。現場従業員が集まりにくいという課題が業界共通である以上、安定して採用できている会社、定着率の高い会社は希少です。採用経路、離職率、現場責任者の層の厚さは、決算書に表れない資産として説明されるべきものです。
そして後継者です。帝国データバンクの2025年調査では国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。現場が人で回る事業では、承継の遅れが人員の流出を招き、契約の解除につながりかねません。
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
一般に、次のような情報が確認されます。
- 契約先ごとの契約期間・更新条件・単価・配置人数・直近の単価改定履歴
- 売上の内訳(清掃/設備管理/警備/その他)と、常駐型・スポット型の比率
- 建築物衛生法に基づく事業登録の種別と、登録要件を満たす有資格者の在籍状況
- 建築物環境衛生管理技術者、電気主任技術者、ボイラー技士など有資格者の一覧と年齢
- 従業員の年齢構成、平均勤続年数、直近の採用実績と離職率
- 労働時間管理、割増賃金、社会保険の加入状況(パート・高齢者を含む)
- 契約書における支配株主の変更に関する条項(通知義務・解除事由)の有無
とくに最後の点は見落とされがちです。官公庁や大手企業との委託契約では、経営権の異動を通知事項や解除事由とする条項が置かれていることがあります。契約書を早めに確認しておくことをおすすめします。
当社は成功報酬型のもと、ビルメンテナンス業を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。契約と人の棚卸しを含む初期の整理から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。
建物を管理する側の動きは「不動産管理業界の動向|管理受託の競争とストック収益」でも整理しています。進め方の全体像はM&Aの流れ、費用の考え方は料金体系をご覧ください。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。