印刷業は、需要の縮小がはっきりと数字に表れている数少ない業界のひとつです。ただし、「印刷」と一括りにされる仕事の中身は分野ごとに大きく異なり、減っているものと残っているものがあります。本稿では、公表統計をもとに、この業界のいまの姿を分野の違いも含めて整理します。
印刷業の現在地|事業所数・出荷額でみる規模
総務省・経済産業省「2024年経済構造実態調査(製造業事業所調査)」によると、印刷・同関連業の事業所数は1万3371事業所で、製造業全体の6.0%を占めます(2024年6月1日現在)。従業者数は24万4616人、製造品出荷額等は5兆934億円(2023年)、付加価値額は2兆2583億円でした。
注目すべきは変化の方向です。同調査では、事業所数の前年比は1.1%減、従業者数は1.3%減、付加価値額は1.3%減と、いずれも減少しています。とくに事業所数の構成比は前年から0.1ポイント低下しており、製造業の主要な中分類のなかで構成比が下がった数少ない分野となっています。
一方、製造品出荷額等は前年比0.9%増と、わずかながらプラスでした。用紙やインキの価格上昇が単価に反映された結果とも読めますが、付加価値額が減少していることを踏まえると、コスト増を吸収しきれていない構図が浮かびます。
需要の縮小は数字にはっきり表れている
需要の縮小は、紙の消費量にはっきり表れています。
日本製紙連合会が2026年1月20日に公表した「2026年 紙・板紙内需見通し報告」によれば、2025年の印刷・情報用紙の内需実績見込みは496万7000トンで、前年比5.3%減となりました。同資料では2019年比で39.5%減とされており、6年でおよそ4割が失われた計算になります。新聞用紙はさらに厳しく、2025年の内需実績見込みが138万6000トン、前年比9.4%減、2019年比では47.9%減です。
出版市場も同様です。公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所の推計によると、2025年の紙と電子を合算した出版市場の推定販売金額は1兆5462億円で前年比1.6%減、4年連続のマイナスとなりました。うち紙の出版物は9647億円(前年比4.1%減)で1兆円を割り込み、電子出版は5815億円(同2.7%増)でした。
これらの数字は、印刷業の需要が景気変動ではなく構造的に縮んでいることを示しています。同時に、電子出版が伸びていることからも分かるとおり、情報そのものの需要が減ったわけではありません。媒体が入れ替わっているのです。
何が残り、何が減っているのか
「印刷業」といっても中身は多様です。公表統計から分野別の詳細を断定することはできませんが、紙の需要データの動きからは、いくつかの傾向を読み取ることができます。
日本製紙連合会の前掲資料は、2026年の需要見通しにおいて、グラフィック用紙(新聞用紙+印刷・情報用紙)の減少要因として、新聞発行部数・書籍雑誌出版部数の減少、企業や自治体のペーパーレス化、ネット広告へのシフト、チケットレス化、電子決済の広がりなどを挙げています。一方、パッケージング用紙については、冷凍食品等の加工食品向け需要の伸び、EC(ネット通販)の拡大、脱プラ・減プラによる紙化の動きをプラス要因として挙げています。
つまり、「読ませるための印刷」は縮小し、「包む・貼る・識別するための印刷」には別の流れがあるということです。実際、パッケージ、ラベル、シール、軟包装といった分野は、需要の性格が商業印刷とは異なります。自社の売上構成がどちらに寄っているかは、将来を考えるうえでの出発点になります。
加えて、印刷会社が持つ「デザイン・データ制作・在庫管理・発送」といった周辺機能は、印刷そのものより残りやすい仕事です。印刷業のデジタル対応については「印刷業のDXとM&A」でも取り上げています。
経営環境|価格転嫁とオペレーターの確保
コストの転嫁については、中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査結果」(2025年11月28日公表)によると、全体のコスト転嫁率は53.5%(原材料費55.0%、エネルギーコスト48.9%、労務費50.0%)でした。同調査では業種別の転嫁率も示されており、印刷は上位の業種と比べて低い水準に位置しています。用紙とインキの価格上昇、電力費の上昇を抱えながら、価格に反映しきれていない会社が少なくないことがうかがえます。
2026年1月1日からは、下請法が「中小受託取引適正化法」として施行され、協議に応じない一方的な代金決定が禁止されました(公正取引委員会・中小企業庁)。制度としての後押しはありますが、実際の交渉では「なぜその価格が必要なのか」を数字で説明できるかが決め手になります。
人の確保という別の壁
印刷業には、オペレーター、製版・DTP、後加工、営業という異なる職種が同居しています。いずれも経験が求められ、採用は容易ではありません。設備を維持できても、動かす人がいなければ受注に応えられないという事態は、実際に起きています。
事業承継の観点|設備の残存価値と得意先の質
帝国データバンクの2025年調査によれば、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。印刷業の承継でとくに難しいのは、「設備の残存価値」と「得意先の質」という二つの評価が、外からは見えにくいことです。
印刷機は高額で、導入時にリースや借入を伴うことが多い設備です。しかし、需要が縮小している分野の機械は、中古市場での評価が下がりやすく、簿価と実勢が乖離しやすい傾向があります。買い手は、この点を必ず確認します。
得意先についても同様です。長年の付き合いがある取引先でも、その先の需要が縮んでいれば、将来の売上は約束されません。逆に、パッケージやラベルのように継続して発注が見込める分野の得意先、あるいは短納期・小ロットに対応できる体制は、評価されやすい資産です。
準備としては、次の整理が有効です。
- 得意先別の売上推移を3〜5年分、分野(商業印刷/パッケージ/事務用品ほか)に分けて把握する
- 印刷機ごとの稼働率と、直近の修繕費・保守契約の状況を一覧にする
- リース・借入の残高と、その担保・保証の状況を確認する
- 外注に出している工程(製本、箔押し、封入など)と、その代替可能性を整理する
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
M&Aで印刷会社を引き継ぐとき、買い手が重視するのは、設備そのものよりも「その設備で何が受注できているか」です。
同業からの引き合いという形が一般的ですが、案件によって相手の関心は異なります。設備と人をまとめて取り込みたい会社もあれば、特定の得意先や、短納期に対応できる体制を評価する会社もあります。どのような相手にとって価値があるかは、事業内容によって変わりますので、一般論では決まりません。
| 領域 | 整理しておきたいこと |
|---|---|
| 売上構成 | 得意先別・分野別の売上推移、上位数社への依存度、直近の失注の有無。 |
| 設備 | 印刷機・後加工機の設置年と稼働率、リース残高、更新の要否。 |
| 人員 | 職種別の人員構成と年齢、オペレーターの育成状況。 |
| データ | 顧客データ・版下データの管理方法、個人情報の取扱いと安全管理措置。 |
| 不動産 | 工場・倉庫の所有/賃借の別、賃貸借契約の残期間と条件。 |
| 収益 | 用紙・インキ・電力費の推移と、価格への反映状況。 |
会社の価値の考え方については「会社売却の相場はいくらか」で基本的な整理をしています。なお、業種別の平均的な譲渡価格や倍率は信頼できる公表統計がないため、当社では個別の収益構造に即して検討しています。
需要が縮小している業界では、時間が味方をしてくれません。売上と人員が維持されているうちに選択肢を検討することが、従業員の雇用を守ることにもつながります。当社プラチナパートナーズは、ご相談を承っています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。統計は調査時点・集計範囲により数値の定義が異なるため、個別の判断にあたっては原典および専門家へのご確認をお願いいたします。