化学工業は、製造業のなかでも出荷額の大きい分野でありながら、中小規模の専門メーカーが数多く存在する業界でもあります。特定の中間体、機能性材料、配合品を長年つくり続けてきた会社が、日本の産業を静かに支えてきました。本稿では、この業界がいま直面している制度と環境の変化を、公表資料から整理します。

化学工業の現在地|出荷額は製造業で第2位

総務省・経済産業省「2024年経済構造実態調査(製造業事業所調査)」によると、化学工業の製造品出荷額等は33兆3846億円(2023年)で、輸送用機械器具製造業に次いで製造業で2番目に大きい分野です(構成比8.9%)。付加価値額は11兆9708億円で構成比10.8%、こちらも輸送用機械器具製造業に次ぐ規模です。

一方、事業所数は5641事業所で製造業全体の2.5%にとどまります。従業者数は39万8040人(2024年6月1日現在)で前年比0.7%増でした。つまり、事業所数は少ないが1事業所あたりの規模が大きい、装置産業の性格を持つ分野だということです。

ただし、2023年の製造品出荷額等は前年比2.6%減、付加価値額は前年比1.7%減と、前年を下回りました。石油製品・石炭製品製造業の製造品出荷額等が前年比8.9%減となっていることとあわせて、原料価格と海外市況の影響を強く受ける構造がうかがえます。

制度の動き|2026年度から始まった排出量取引制度

化学工業にとって最も大きな制度変更は、脱炭素をめぐる枠組みです。

経済産業省の資料によれば、GX推進法に基づく排出量取引制度(GX-ETS)が2026年度から開始されました。二酸化炭素の直接排出量が前年度までの3年度平均で10万トン以上の事業者が対象となり、対象事業者に排出枠が割り当てられ、毎年度、排出実績量と同量の排出枠を保有することが義務づけられます。対象事業者数は300〜400社程度、我が国の温室効果ガス排出量の約6割をカバーすると想定されています。改正GX推進法は2025年5月に成立しました。

直接の対象となるのは大規模排出事業者ですが、影響はサプライチェーン全体に及びます。取引先から製品の炭素排出量に関する情報提供を求められる、燃料転換や省エネ設備の導入を要請される、といった形で、中小の化学メーカーにも波及していきます。

逆に、この動きを機会として捉える見方もあります。再生原料の使用、溶剤の回収・再利用、排熱の回収といった取り組みは、コスト削減と環境対応の両面で意味を持ちます。取り組みの実績を記録として残しておくことは、将来の交渉材料になります。

化学物質管理の考え方が変わった

もうひとつの大きな変化が、化学物質の管理方法です。

労働安全衛生法に基づく新たな化学物質規制は、2024年4月1日から全面的に施行されました。従来の「特定の物質を法令で個別に規制する」方式から、「事業者が自らリスクを評価し、対策を選ぶ」自律的な管理へと考え方が転換しています。リスクアセスメント対象物質は段階的に大幅に拡大され、あわせて化学物質管理者の選任、ばく露濃度基準の遵守、記録の作成・保存などが求められるようになりました。

この転換は、化学メーカーにとって二重の意味を持ちます。自社の現場としての対応が必要であることに加えて、顧客に対して安全データシート(SDS)や取扱い上の注意を適切に提供する責任も、これまで以上に問われるからです。

化学物質規制の適用範囲や必要な措置は、取り扱う物質と作業の内容によって異なります。個別の判断にあたっては、労働基準監督署等の所管窓口および専門家にご確認ください。

経営環境|原料価格の変動と、価格転嫁の実力

化学工業の収益は、原料価格と製品市況の差(スプレッド)に左右されます。原料の多くを輸入に頼るため、為替と海外市況の影響も直接受けます。

コストの転嫁については、中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査結果」(2025年11月28日公表)が、コスト全般の価格転嫁率を53.5%(原材料費55.0%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%)としています。同調査の業種別集計では、化学は最も転嫁率が高い業種のひとつとして示されています。原料価格の変動が可視化されやすく、価格改定の仕組みが取引に組み込まれている分野であることが背景にあると考えられます。

もっとも、これは業界全体の平均です。特定の顧客に依存している中小メーカーでは、交渉力に差が出ます。2026年1月1日から施行された「中小受託取引適正化法」(旧下請法)では、協議に応じない一方的な代金決定が禁止されており(公正取引委員会・中小企業庁)、交渉を申し入れる根拠は制度として整理されています。

事業承継の観点|設備・許認可・技術者の三点

帝国データバンクの2025年調査によれば、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。化学メーカーの承継では、設備・許認可・技術者という三点が同時に問われます。

設備については、反応釜、蒸留塔、乾燥設備、排ガス処理・排水処理設備といった装置の老朽化が課題になります。更新には多額の資金と工期が必要で、稼働を止める期間の影響も大きい。「あと何年もつか」という問いに答えられる形で整理しておくことが、交渉の前提になります。

許認可については、消防法(危険物製造所・貯蔵所)、毒物及び劇物取締法、高圧ガス保安法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法など、複数の法令が関わります。届出の内容と実際の設備構成が一致しているかは、必ず確認される点です。

技術者については、反応条件の設定、トラブル時の判断、品質の作り込みを担ってきた方が、経営者様ご自身であるケースも少なくありません。その場合、引き継ぎ期間をどう設計するかが交渉の中心論点になります。

M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと

買い手が確認する主な項目です。

領域整理しておきたいこと
許認可消防法・毒劇物・高圧ガス・大気・水質関連の許可と届出、実際の設備構成との整合。
設備主要装置の設置年と更新履歴、定期修繕の周期と費用、今後の更新見込み。
環境排水・排ガスの測定記録、行政指導の有無、敷地の土壌に関する情報、廃棄物処理の委託契約。
安全化学物質管理者の選任、リスクアセスメントの記録、SDSの整備、過去の事故・ヒヤリハット。
製品・技術製品別の売上と粗利、製造条件の文書化、特許・ノウハウの管理、顧客の承認品目の状況。
取引原料の調達先と代替可能性、顧客別の売上構成と依存度、価格改定の仕組み。

化学メーカーのM&Aで特徴的なのは、「顧客の承認を得た品目」が資産として重く評価されることです。医薬・電子材料・食品添加物のように、顧客側の監査や登録を経て採用された品目は、他社が容易に置き換えられません。品目ごとの承認状況を整理しておくと、事業の強みを説明しやすくなります。

環境面の確認事項は「環境デューデリジェンスとは」で、許認可の承継については「許認可はM&Aで引き継げるのか」で解説しています。

当社プラチナパートナーズは、化学関連企業の事業承継をご支援しています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。

本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。統計は調査時点・集計範囲により数値の定義が異なるため、個別の判断にあたっては原典および専門家へのご確認をお願いいたします。

よくあるご質問

A.影響はサプライチェーン全体に及びます。経済産業省の資料によれば、GX推進法に基づく排出量取引制度(GX-ETS)は2026年度から開始され、二酸化炭素の直接排出量が前年度までの3年度平均で10万トン以上の事業者が対象となります。対象事業者数は300〜400社程度、我が国の温室効果ガス排出量の約6割をカバーすると想定されています。直接の対象でなくとも、取引先から製品の炭素排出量に関する情報提供を求められる、燃料転換や省エネ設備の導入を要請されるといった形で波及します。再生原料の使用、溶剤の回収・再利用、排熱の回収といった取り組みは記録に残しておいてください。
A.考え方そのものが変わりました。労働安全衛生法に基づく新たな化学物質規制は2024年4月1日から全面的に施行され、従来の「特定の物質を法令で個別に規制する」方式から、「事業者が自らリスクを評価し、対策を選ぶ」自律的な管理へと転換しています。リスクアセスメント対象物質は段階的に大幅に拡大され、化学物質管理者の選任、ばく露濃度基準の遵守、記録の作成・保存が求められます。自社の現場としての対応に加え、顧客に対して安全データシート(SDS)や取扱い上の注意を提供する責任も、これまで以上に問われます。個別の判断は所管窓口および専門家にご確認ください。
A.更新に多額の資金と工期が必要で、稼働を止める期間の影響も大きいためです。反応釜、蒸留塔、乾燥設備、排ガス処理・排水処理設備といった装置の老朽化は、買い手にとって取得後すぐに発生しうる負担になります。主要装置の設置年と更新履歴、定期修繕の周期と費用、今後の更新見込みを整理し、その問いに答えられる形にしておくことが交渉の前提になります。あわせて、消防法・毒物及び劇物取締法・高圧ガス保安法・大気汚染防止法・水質汚濁防止法などの届出の内容と、実際の設備構成が一致しているかも必ず確認されます。
A.顧客の承認を得た品目を軸に説明するのが有効です。化学メーカーのM&Aでは、医薬・電子材料・食品添加物のように顧客側の監査や登録を経て採用された品目は、他社が容易に置き換えられないため、資産として重く評価されます。品目ごとの承認状況を整理したうえで、製品別の売上と粗利、製造条件の文書化の程度、特許・ノウハウの管理状況を併せて示してください。原料の調達先と代替可能性、顧客別の売上構成と依存度、価格改定の仕組みも同時に確認されます。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら