食肉と鮮魚の卸は、鮮度・温度・目利きという三つの制約のもとで成り立ってきた事業です。取扱商品は日々値が動き、在庫は待ってくれず、品質の判断は経験に依存します。この属人性の高さが、そのまま事業承継の難しさにもつながっています。本稿では、生鮮流通の制度と統計を確認したうえで、衛生管理の要件、経営環境、そして承継とM&Aで論点になる点を整理します。
生鮮流通の現在地|市場経由と市場外流通
生鮮流通の骨格は長らく卸売市場にありましたが、その位置づけは変化しています。農林水産省の卸売市場に関する公表資料によれば、水産物の卸売市場経由率は昭和55年のピーク時の86%から、令和元年には46.5%まで低下したとされる一方、国産青果物では8割近い経由率が維持されているとされています。品目によって市場依存度が大きく異なる点が、生鮮流通を理解するうえでの出発点になります。
取扱数量の規模感については、農林水産省の統計が公表されています。「令和6年食鳥流通統計調査」では、肉用若鶏の全国の処理羽数は7億4,913万羽、処理重量は227万2,638トンとされています。牛・豚については「食肉流通統計」でと畜頭数や食肉卸売市場の取引状況が公表されています。
価格面では、総務省「消費者物価指数」によれば2025年平均の食料の指数は前年比6.8%の上昇でした。生鮮品は天候・漁獲・飼料価格・為替の影響を強く受けるため、年間平均では捉えきれない変動が日々生じています。
制度の動き|改正卸売市場法とHACCP
改正卸売市場法(2020年6月21日施行)
2018年に成立した改正卸売市場法は2020年6月21日に施行され、卸売市場のあり方が大きく見直されました。主な変更点として、卸売業者による第三者販売の原則禁止の廃止、仲卸業者の直荷引きの原則禁止の廃止、中央卸売市場の開設主体を民間にも開放したこと、商物一致原則の見直しなどが挙げられます。
これにより、市場内外を通じた取引の自由度は高まりました。仲卸が産地から直接仕入れる、卸が市場外の実需者に直接販売する——こうした動きが制度上可能になったことで、事業者ごとの戦略の差が業績の差として表れやすくなっています。
HACCPに沿った衛生管理(2021年6月1日から)
改正食品衛生法により、2021年6月1日からHACCPに沿った衛生管理が原則としてすべての食品等事業者に義務づけられました。同時に営業許可制度も見直され、許可業種は32業種に整理されるとともに、リスクの低い業態については届出制が新設されています。食肉処理業や魚介類販売業は許可業種に位置づけられています。
小規模な事業者については、取り扱う食品の特性等に応じた「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」で足りるとされていますが、いずれにせよ計画の作成と記録の保存が求められます。この記録が整っているかどうかは、M&Aのデューデリジェンスで必ず確認される項目です。
営業許可の業種区分、必要な施設基準、記録の保存期間などは、取り扱う品目と自治体の運用によって異なります。実務にあたっては所管の保健所および専門家にご確認ください。
経営環境|目利きの属人性と、設備の重さ
食肉・鮮魚卸の経営には、他業種にはない二つの特徴があります。
第一に、収益が「目利き」に依存することです。仕入の判断、部位取りや歩留まりの管理、値付けのタイミング——これらは長年の経験に基づく判断であり、マニュアル化が難しい領域です。経営者本人が最大の技能者であるケースが多く、その方が退けば収益力が落ちるリスクを、買い手は必ず見ます。
第二に、設備が重いことです。冷蔵・冷凍設備、加工室、排水設備は投資額が大きく、更新には数千万円単位の資金が必要になることもあります。加えて、電力コストの負担も継続的に発生します。
人件費については、厚生労働省の公表によれば令和7年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,121円(前年度から66円の引上げ)となり、令和8年度も目安どおりであれば全国加重平均1,176円になるとされています。早朝作業が前提となる生鮮流通では、人の確保そのものが年々難しくなっています。
価格転嫁については、中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査」(2025年11月公表)で価格転嫁率は53.5%、原材料費55.0%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%とされています。相場商品を扱う業種では、そもそも「転嫁」という概念が当てはまりにくい部分もありますが、加工賃や配送料の改定については同様の課題が生じます。
事業承継の観点|技能と許可をどう引き継ぐか
帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。生鮮流通は家族経営や少人数経営が多く、技能の承継と経営の承継が同時に問題になる業種です。
承継を検討する際に整理しておきたい点を挙げます。
- 営業許可の種類・名義・有効期限、施設基準への適合状況
- HACCPに沿った衛生管理の計画書と実施記録、温度記録の保存状況
- 仕入ルート(市場・産地直取引・輸入)の構成と、その安定性
- 販売先の構成(小売・外食・給食・加工など)と与信の状況
- 加工技能を持つ従業員の人数・年齢、技能の伝承状況
- 冷蔵・冷凍設備、加工設備の設置年と更新計画
とくに「技能を持つ従業員が残るか」は、交渉の初期段階で必ず話題になります。経営者以外に加工と目利きを担える人材がいる会社は、それだけで引き継ぎやすい会社です。逆に、経営者一人に集中している場合は、引継ぎ期間を長めに設計するなどの工夫が必要になります。従業員への伝え方については「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか」で解説しています。
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
スキームの選択が、生鮮流通では特に重要です。株式譲渡であれば法人が存続するため、法人が受けている営業許可は一般に維持されると考えられています。一方、事業譲渡では事業の主体が交代するため、譲受側があらためて許可を取得することが前提になるのが通常です。施設基準への適合確認や検査に時間を要する場合があるため、スケジュールに織り込む必要があります。
そのほか、一般に整理が求められる事項は次のとおりです。
- 市場での売買参加者資格・仲卸業者の許可等がある場合の取り扱い
- 賃借している施設(市場内店舗を含む)の賃貸借条件と承継の可否
- トレーサビリティに関する記録(牛の個体識別など該当する場合)
- 労務管理(早朝勤務・変形労働時間制の運用、割増賃金の計算)
- 相場変動に伴う在庫評価の方法と、直近の評価損の有無
買い手としては、同業のほか、川下の外食・小売や、川上の生産・加工から関心が寄せられることがあります。ただし適した相手先は案件ごとの事情によって異なりますので、初期段階では幅を持って検討することをおすすめします。既存の関連記事として「食肉・鮮魚卸のM&Aで承継されるもの|生鮮流通の目利きと仕入先」もあわせてご覧ください。
まとめ|記録が整っている会社は、引き継ぎやすい
改正卸売市場法(2020年6月施行)による取引の自由化と、HACCPに沿った衛生管理の義務化(2021年6月から)は、生鮮流通の事業者に「自ら設計し、記録する」ことを求めるようになりました。この二つの変化は、事業者間の差を広げる方向に働いています。
そして、その差は事業承継の局面でそのまま表れます。許可が整い、衛生記録が残り、技能を持つ人材が在籍している会社は、引き継ぐ相手にとって安心して手を挙げられる会社です。反対に、経営者の技能と記憶にすべてが集約されている状態では、引き継ぎに時間がかかります。
設備の更新期が近い、技能者の高齢化が進んでいる——そうした状況にある場合は、余力のあるうちに選択肢を並べておくことをおすすめします。当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、守秘義務を徹底してご相談を承っています。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。制度・統計の解釈や個別の適用については、必ず所管官庁および専門家にご確認ください。