デューデリジェンスの現場でよく起きるのが、依頼した資料がなかなか出てこないという事態です。督促を重ねても進まず、日程だけが押していく。このとき買い手が取るべき態度は、苛立つことでも、諦めて先に進むことでもありません。「なぜ出てこないのか」を見極め、それに応じた手を打つことです。本稿では、資料が出てこない理由の見分け方と、不足のまま判断しないための進め方を整理します。
出てこない理由は三つに分かれる
資料が出てこない理由は、大きく三つに整理できます。①そもそも作っていない、②作ってはいるが出したくない、③出す気はあるが手が回らない——です。この三つは対処がまったく違いますので、まず見分けることが出発点になります。
中小企業のDDでは、①が最も多いというのが実務の感覚です。部門別の損益、月次の在庫推移、顧客別の売上明細、就業規則の改定履歴——上場企業では当然に存在する資料が、中小企業では作られていないことがあります。作っていない資料をいくら督促しても、出てくるはずがありません。
③も相当な割合を占めます。売り手の経営者は、通常業務をこなしながら、従業員に知られないよう一人で資料を集めています。会計事務所に依頼するにも、理由を説明しなければなりません。その負担を想像せずに大量の依頼を投げると、単純に処理が追いつかないのです。
②は少数ですが、最も慎重な対応が要ります。ただし「出したくない」の中身も、後ろめたい事実を隠したいという場合だけでなく、従業員の個人情報を守りたい、取引先との約束で開示できない、といった正当な理由であることも多くあります。理由を確かめないまま疑うのは早計です。
「作っていない」場合の代替手段
存在しない資料を求め続けても前に進みません。買い手がすべきは、同じことを確かめられる別の手段を用意することです。代表的な代替手段を挙げます。
- 部門別損益がない → 主要な費目の配賦ルールを聞き取り、買い手側で簡易に組み直す
- 顧客別売上明細がない → 会計ソフトの売掛金元帳や請求書控えから上位先を抽出する
- 在庫の受払記録がない → 現物確認と、仕入・売上の総額から回転の実態を推計する
- 勤怠記録が整っていない → タイムカードや日報、給与計算の元データから実態を確認する
- 契約書が交わされていない取引がある → 請求書・納品書と、取引先への照会の可否を検討する
代替手段には限界があります。推計は推計でしかなく、証憑による裏づけほどの確からしさはありません。だからこそ、「ここは推計で置いた」という事実を報告書と社内の検討資料に明記し、その不確実性を契約条件でどう埋めるかまで考える必要があります。
なお、資料が整っていない会社を一律に避ける必要はありません。整っていないことと、事業が悪いことは別だからです。数字が整っていない会社の読み方は「数字が整っていない会社をどう見るか|小規模案件の読み方」で詳しく扱っています。
「出したくない」場合に何を確かめるか
明確に拒まれた、あるいは繰り返し先送りされる資料がある場合は、まず理由を尋ねます。そのうえで、理由が納得できるものであれば、目的を満たす別の形を提案します。たとえば従業員の個人情報が懸念であれば氏名を伏せた形で、取引先との秘密保持が理由であれば、契約書そのものではなく主要条件の要約で、といった具合です。
ここで大切なのは、買い手が「なぜその資料が要るのか」を説明することです。目的が伝われば、売り手も代替案を出しやすくなります。逆に、リストに載っているからという理由だけで督促していると、売り手には嫌がらせのように映ります。
それでも理由が説明されず、代替も拒まれる場合は、その資料が触れている領域に問題がある可能性を考えます。よくあるのは、簿外の借入、オーナー個人との資金の貸し借り、未払残業代、係争や苦情の履歴といった領域です。この場合、買い手は調査範囲を広げるか、契約でその領域を厚く手当てするかの判断に移ります。
いずれにしても、感情的に問い詰めることは避けます。売り手にとってM&Aは、会社と従業員の将来を委ねる決断です。追及の姿勢が強すぎると、「この買い手には任せられない」という結論に至ることもあります。事実を確かめる姿勢と、相手を信頼する姿勢は両立させられます。
依頼の仕方を変えると出てくることがある
資料が出てこない原因が、依頼の仕方にあることも少なくありません。次のような工夫で、進みが変わることがあります。
- 優先順位をつける——「まずこの五点を」と絞る。全部同時に求めない
- 形式を問わない——整形された資料でなく、会計ソフトの出力や現物のコピーで足りると伝える
- 窓口を一本化する——複数の専門家から個別に依頼せず、仲介会社が取りまとめる
- 重複を消す——財務DDと税務DDで同じ資料を二度求めない
- 期限を現実的にする——売り手の繁忙期や決算期を踏まえて設定する
とりわけ窓口の一本化は効果が大きい工夫です。財務・税務・法務の各専門家がそれぞれ売り手に連絡を取ると、売り手は何本もの依頼を並行して受けることになり、対応が止まります。仲介会社が依頼を束ね、重複を消し、優先順位をつけて渡すだけで、回転が目に見えて速くなります。
質問の仕方も工夫できます。「〇〇の資料をください」ではなく「〇〇を確認したいのですが、それが分かる資料はありますか」と聞くと、売り手の側で代替になるものを探してくれることがあります。会社ごとに資料の呼び名も作り方も違いますから、目的で聞くほうが噛み合うのです。
それでも出てこないときの判断基準
あらゆる手を尽くしても埋まらない不足が残ったとき、判断は三つに分かれます。不足を許容して進む、契約で手当てして進む、撤退する、です。
許容してよいのは、不足が価格や買収判断の前提に関わらない領域で、かつ最悪の場合の金額が自社の体力の範囲に収まるときです。契約で手当てする場合は、その領域について表明保証を厚く取る、特別補償を設定する、あるいは決済までに整理することをクロージング前提条件にする、といった方法を組み合わせます。
撤退を考えるべきなのは、次のような場合です。株式の権利関係が確認できない、許認可の承継可否が確認できない、決算の信頼性そのものに疑いがあり是正の見込みがない、反社会的勢力との関係を否定できない——いずれも、契約条項では埋めきれない性質の問題です。
撤退の判断を鈍らせるのは、それまでに使った時間と費用です。しかし、すでに支出した費用は戻りません。判断すべきは「これから先の投資に見合うか」だけです。DDに入る前に社内で撤退基準を言語化しておくと、この局面で迷いが減ります。
また、資料が出てこないという事実そのものが、買収後を予告していることもあります。管理が弱い会社を買えば、統合初期に管理体制の整備という仕事が必ず発生します。それを織り込んで計画と価格を組めるなら、不足があっても買う判断は成り立ちます。
まとめ|資料不足そのものが一つの情報
資料が出てこないことは、単なる障害ではなく、その会社の管理水準を映す情報です。作っていないなら管理が属人的だということ、出したくないなら触れられたくない領域があるかもしれないということ、手が回らないなら経営者に業務が集中しているということ——どれも、買収後に引き受ける現実の一部です。
買い手に必要なのは、督促を重ねることではなく、理由を見極め、代替手段を用意し、それでも残る不確実性を契約条件に振り替える設計力です。そして、契約でも埋まらない線をあらかじめ決めておくことです。
本稿は一般的な実務の整理です。個別の契約条項や税務・法務の取扱いについては、弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。
当社プラチナパートナーズでは、資料依頼リストの取りまとめ、専門家間の重複整理、売り手との日程調整、不足が残った場合の契約条件への反映まで、買い手企業様のDDをコーディネートしています。ご相談は無料です。