小規模な会社の案件では、月次の試算表がない、在庫の数字が長年動いていない、経営者個人の支出が経費に混ざっている、契約書が残っていない——こうした状態に出会うことがあります。ここで多くの買い手が二つに分かれます。「不透明だから見送る」と決める人と、「整っていないだけで、事業は良いかもしれない」と考える人です。実務の結論から言えば、整っていないこと自体は判断の材料になりません。問題は、整っていないことによって何が分からないのか、その分からない部分がどれだけ大きいのかです。本稿では、その見極め方を整理します。

よくある「整っていない」状態

まず、実際に見られる状態を分類しておきます。それぞれ、意味と危険度が異なります。

状態よくある背景分からなくなること
月次の試算表がない年次決算のみを税理士に依頼している季節変動、直近の業績の方向、資金繰りの波
在庫の数字が動かない実地棚卸を長く行っていない実在性、滞留品の量、利益の正確さ
経営者個人の支出が混ざる公私の区分が曖昧本当の費用水準、実質的な収益力
売掛金が滞留している回収不能分を落としていない資産の実在性、実際の運転資本
契約書がない口頭や慣行で取引している取引条件、継続の見込み、権利義務
就業規則・労働時間の記録が不十分管理の体制が整っていない未払残業の有無、労務上の負担
役員貸付金・借入金が大きい資金の出し入れが個人と一体実質的な財政状態、返済の見込み
現金取引の比率が高い業種の性質(飲食、小売、サービスなど)売上の実在性の裏付け

このうち、経営者個人の支出の混在や役員貸付金は、調整すれば読み解ける事項です。一方、現金取引の裏付けや未払残業は、判明したときの影響が大きく、優先して確かめるべき論点になります。

代わりの資料で確かめる

会計資料が整っていなくても、事業の実態を裏側から確かめる方法があります。むしろ、こうした資料のほうが操作されにくく、実態に近いことがあります。

お金の動きから確かめる

  • 預金通帳——入出金の実際の動き。主要な取引先からの入金の周期と金額
  • 売上の入金記録——決済代行やクレジット会社からの入金明細
  • 納税の記録——法人税、消費税、源泉所得税の申告と納付の状況
  • 借入の返済履歴——返済が滞っていないか

事業の動きから確かめる

  • 受発注の記録——伝票、注文書、請求書の控え
  • 仕入先からの請求書——仕入の実額と、仕入先の構成
  • 販売管理・POSのデータ——日次の売上、客数、単価の推移
  • シフト表・勤怠の記録——実際の稼働時間と人員配置
  • 設備の稼働記録・車両の走行記録——事業量の裏付け

現地で確かめる

資料に表れないことは、現場で確かめます。在庫の状態(埃の積もり方で滞留が分かることがあります)、設備の使用状況と老朽化の度合い、作業の流れ、従業員の人数と動き、店舗であれば客層と混雑の時間帯。事前に日を分けて複数回見ると、平均的な姿がつかめます。

突き合わせる

複数の資料が同じ姿を示していれば、数字の信頼度は上がります。たとえば、通帳の入金、請求書の控え、販売データの三つが整合していれば、売上の実在性はかなり確かめられます。逆に食い違う場合、その差の理由を確かめることが調査の焦点になります。

分からないものを、分からないままにしない

調べても分からない部分は必ず残ります。重要なのは、それを曖昧にせず、扱いを決めることです。

1. 「分からないこと」を一覧にする

調査の終わりに、確認できたこと、確認できなかったこと、確認できなかった理由を書き出します。この一覧が、その後の判断のすべての土台になります。

2. 影響の大きさで並べ替える

  • 致命傷になりうるもの——事業の継続に関わる、金額の見当もつかない
  • 金額に置き換えられるもの——概算はできる。価格や補償で処理できる
  • 実行後に改善できるもの——管理体制の不備など、自社で整えられる

3. それぞれに手当てを決める

致命傷になりうるものが残るなら、その解消を実行の前提条件に置くか、撤退します。金額に置き換えられるものは価格の調整や補償で扱います。実行後に改善できるものは、統合計画に引き継ぎます。手当ての使い分けは「DDで問題が見つかったとき」に関する解説も併せてご覧ください。表明保証と補償の基本は「表明保証とは|M&A契約における売り手の責任範囲と補償」をご覧ください。

4. 価格に反映させるときの考え方

不確実性が高いほど、価格には慎重さが要ります。ただし、「分からないから安くしてほしい」という主張は、売主には受け入れがたいものです。何が分からず、それが最悪の場合どのくらいの負担になりうるのかを具体的に示したうえで協議するほうが、話が前に進みます。収益力の見方は「実質利益(正常収益力)とは|役員報酬の足し戻しで評価が変わる理由」をご覧ください。

売り手への向き合い方

整っていないことに悪意がないことが多い

小規模な会社で管理体制が簡素なのは、人手が限られ、経営者が営業も現場も担っているためであることがほとんどです。隠しているのではなく、そこまで手が回っていなかった、というのが実情です。この前提を持って接すると、必要な資料が出てきやすくなります。

資料の依頼は、目的を添えて、まとめて出す

依頼リストを小出しに送ると、譲渡側の負担が積み上がり、対応が滞ります。買い手側で一度集約し、なぜその資料が必要なのかを添えて渡してください。目的が分かれば、代わりになる資料を提案してもらえることもあります。

「ない」ものは作ってもらわない

存在しない資料を求めても、実態と離れた書類ができるだけです。ないなら、代わりに何で確かめられるかを一緒に考えるほうが建設的です。

整備は買収後の仕事だと考える

管理体制の整備は、買い手が引き受けたあとに行う仕事です。むしろ、整っていない会社を整えることで生まれる改善の余地は、買い手にとっての価値でもあります。ただし、整える手間と期間を、実行前に計画に織り込んでおく必要があります。経理やシステムの統合については「PMIの経理・システム統合|買収初年度に整えるべき実務」をご覧ください。

それでも降りるべき場合

次のような場合は、整っていない以上の問題があります。求めた資料が繰り返し出てこない、説明が資料と食い違う、質問すると話をそらす——事実関係の説明に一貫性がないときは、判明していない事項が他にもあると考えるのが安全です。

まとめ|整っていないことと、危ないことは違う

資料が整っていない会社は、確かに手間がかかります。しかし、それは事業が悪いということではありません。むしろ、管理が整っていないために評価されにくく、買い手にとっては検討の余地が残されている場合もあります。

大切なのは、整っていないことを理由に判断するのではなく、整っていないことによって何が分からないのかを特定し、代わりの資料で確かめ、それでも残る不確実性に手当てを決めることです。この手順を踏めば、資料の有無にかかわらず、判断はできます。

そして、確かめても埋まらない部分が事業の根幹に関わるなら、そのときは見送る。見送る判断ができることは、買い手にとって重要な力です。

当社では、買収をご検討の企業さまのご相談を成功報酬型で承っており、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。案件の見立てからご一緒します。買い手の方向けの案内は「買収をお考えの方へ」にまとめています。

本稿は一般的な考え方の整理であり、個別の税務・法務の判断を示すものではありません。具体的な取扱いについては、公認会計士・税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.避ける理由にはなりません。小規模な会社では年次決算のみを依頼している例が多く、珍しいことではありません。ただし、季節変動や直近の業績の方向が読めなくなるため、預金通帳の入出金、請求書の控え、販売データなどから月ごとの動きを再構成する作業が必要になります。手間はかかりますが、実態に近い姿をつかむ手段はあります。
A.複数の資料を突き合わせる方法が基本です。日々の売上記録やレジのデータ、預金への入金、仕入の実額と原価率の整合、稼働状況やシフトの記録などを並べ、相互に矛盾がないかを見ます。現地での観察を複数回行い、客数や回転を自分の目で確かめることも有効です。それでも裏付けが取れない部分については、価格や契約上の手当てで扱うことになります。
A.不確実性が高いほど価格に慎重さが必要なのは確かですが、「分からないから安く」という求め方は売主に受け入れられにくく、交渉が硬直します。何が確認できず、それが最悪の場合どの程度の負担になりうるかを具体的に示したうえで協議するほうが、話は前に進みます。金額に置き換えにくい事項は、補償や実行の前提条件で扱うことも検討してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら