譲渡から半年後、3年前に納めた工事の不具合で連絡が入る。誰が対応し、誰が費用を負担するのか。決めていないと、現場が止まります。

株式譲渡では、会社がそのまま責任を負う

まず法律上の整理です。株式譲渡では法人格が変わらないため、過去の取引に関する責任も、そのまま会社に残ります。

「前の社長の時代の仕事だから」という理屈は、取引先には通りません。契約の当事者は会社であり、会社は存続しています。

したがって、買い手は過去の案件の責任も引き受けるという前提で考えてください。

その負担を売り手に戻すかどうかは、売り手と買い手の間の契約の問題であって、取引先との関係とは別の話です。

事業譲渡では、原則として引き継がない

事業譲渡の場合は違います。契約で引き受けると定めたものだけを引き継ぎます。

過去に納めた案件の責任は、原則として譲渡会社に残ります。ただし、屋号を続用する場合には注意が必要です。会社法22条は、事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うと定めています(免責の登記や通知をした場合を除きます)。

屋号をそのまま使うなら、この点を弁護士に確認してください。「うちは事業譲渡だから関係ない」とは限りません。

契約で誰が負担するかを決める

実務の中心はここです。最終契約に、過去の案件に起因する損失の扱いを書きます。

使われる形は3つです。

① 表明保証。「クロージング日現在、引き渡した製品・役務に関して重大なクレームは存在しない」と売り手が表明する。

② 補償。表明に反する事実が判明した場合、売り手が損害を補償する。上限額と請求できる期間を定めます。

③ 特別補償。特定の案件について、結果にかかわらず売り手が負担すると個別に定める。デューデリジェンスで懸念が見つかった案件に使います。

期間の設計が難しい

実務上の悩みどころです。不具合は、何年も経ってから出ます。

建設、製造、設備工事。業種によっては、契約不適合責任の期間が長く設定されています。

一方、補償の請求期間は1〜2年程度に設定されることが多い。この差が問題になります。

対応としては、過去の案件に起因するクレームだけ、補償の期間を長めに取るという設計が考えられます。あるいは、金額の上限を分けて設定する。

業種の実態に合わせて設計してください。一律の条項では受け止めきれないことがあります。

現場の対応体制を先に決める

契約の話と別に、実際に連絡が来たときどうするかを決めておく必要があります。

誰が一次対応するか。買収後の担当者です。「前の会社に聞いてください」とは言えません。

誰に確認するか。過去の経緯を知っているのは前経営者と古参の従業員です。連絡経路を作っておきます。

費用はいったん誰が出すか。まず会社が対応し、後から契約に従って精算する、という形が現実的です。お客様を待たせないことが最優先です。

前経営者への相談経路を作る

創業者が残らない案件でも書きましたが、退任後も照会に応じてもらう定めを契約に入れておいてください。

「クロージング後◯か月間、月◯時間を上限として、買主からの照会に応じる」という条項です。

過去の案件の経緯は、記録に残っていないことが多いのが実際です。誰と、どういう約束で、なぜその仕様にしたのか。電話1本で分かることが、無いと数週間かかります。

費用はほとんどかかりません。必ず入れてください。

記録を引き継ぐ

契約とは別に、資料の引き継ぎが要ります。

過去の契約書・注文書・仕様書。何を約束したかの根拠です。

施工写真・検査記録・出荷記録。

過去のクレームの記録。同じ客先で繰り返しているものがあれば、事前に把握できます。

保証書の控え。何年の保証を出しているか。

これらが紙で、社長の机にしかないという会社は実際にあります。引き継ぎ期間中に、所在を確認して整理してください。

保険を確認する

見落とされやすい点です。生産物賠償責任保険(PL保険)や請負業者賠償責任保険に加入しているかを確認してください。

加入していれば、過去の案件に起因する事故も対象になる場合があります。ただし、保険の種類によって、いつの事故を対象とするかが違います。

「損害が発生した時点」を基準とするものと、「保険期間中に請求を受けたこと」を基準とするものがあります。後者では、契約を切ると過去の案件がカバーされなくなります。

買収後に保険を見直す際、この点を必ず確認してください。保険料を抑えるつもりで、過去の案件の保障を失うことがあります。

取引先には、体制が変わったことを伝える

最後に。過去の案件について連絡する先を、取引先に伝えておいてください。

「以前の工事についてのご相談も、これまでどおり承ります。窓口は◯◯です」。

この一言があるかどうかで、取引先の安心感が違います。買収によって過去の仕事が宙に浮くのではないかという不安は、実際にあります。

逆に、ここを丁寧にやると信頼が増します。体制が変わっても面倒を見てくれる、という評価は、次の受注につながります。取引先はどう反応するかも併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.株式譲渡では法人格が変わらないため、過去の取引に関する責任もそのまま会社に残ります。「前の社長の時代だから」という理屈は取引先には通りません。売り手に負担を戻すかどうかは、売り手と買い手の間の契約の問題です。
A.原則として契約で引き受けると定めたものだけですが、屋号を続用する場合は注意が必要です。会社法22条は、譲渡会社の商号を引き続き使用する場合に譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うと定めています(免責の登記や通知をした場合を除く)。弁護士にご確認ください。
A.表明保証(重大なクレームが存在しないという売り手の表明)、補償(反する事実が判明した場合の損害補償、上限額と請求期間を定める)、特別補償(懸念のある特定案件について個別に定める)の3つです。
A.不具合は何年も経ってから出ます。補償の請求期間は1〜2年に設定されることが多く、業種によっては足りません。過去の案件に起因するクレームだけ期間を長めに取る、金額の上限を分けて設定する、といった設計を検討してください。
A.生産物賠償責任保険や請負業者賠償責任保険の加入状況です。保険の種類によって「損害が発生した時点」を基準とするものと「保険期間中に請求を受けたこと」を基準とするものがあり、後者では契約を切ると過去の案件がカバーされなくなります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら