本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。自社サイトの相談フォームから届いた問い合わせに、どう返すか。新規開拓や紹介と違い、相手はすでに動き出しています。それでも、送信ボタンを押した後の経営者は落ち着いてはいません。「送ってよかったのか」「いきなり営業されないか」「会社に知られないか」。この不安に、最初の返信で答えられるかどうかで、面談の質が変わります。本稿では、問い合わせを受けてから面談当日までの動きを、順を追って型にします。

速さは必要条件でしかない

当社は、フォームからのお問い合わせに2営業日以内にご返信することをお約束しています。ただし、速さだけでは足りません。速いが中身のない返信は、自動応答と変わらず、むしろ機械的に処理されたという印象を残します。

一次返信で相手が知りたいのは、次の三つです。

  • 届いたのか:送信が受理され、人が読んだのか
  • 誰が読んだのか:社内の誰まで見るのか。会社に連絡が行かないか
  • 次に何が起きるのか:会わなければならないのか、費用はかかるのか

この三つに答えないまま日程調整だけを送ると、相手は不安を抱えたまま面談に来ます。返信は、面談の前半部分をすでに始めていると考えてください。

送信された文面にも目を配ります。フォームの本文が数行しかないからといって、関心が薄いとは限りません。会社名を書かずに送ってくる方、勤務先の端末から送れずに深夜に送ってくる方。書かれていないことのほうが、状況を語っていることがあります。名前や会社名が伏せられている場合は、そのまま伏せた状態で進められる選択肢を返信に添えてください。

一次返信に入れる五つ

文面は毎回同じ骨格で構いません。むしろ、型として持っておくべきです。

  1. 受領の確認と担当者名:誰が担当し、誰が窓口かを名乗る
  2. 情報の取り扱い:社内でも案件に関与する担当者以外には共有しないこと。ご本人の承諾なく会社や取引先に連絡することはないこと
  3. 費用の枠組み:相談料・着手金・月額報酬は0円であること。費用が発生する時点は別途ご説明すること
  4. 次の選択肢:オンラインでの短時間の相談、対面での面談、まずは資料のご送付のみ、など複数を示す
  5. 連絡してよい経路と時間帯の確認:会社宛の連絡を避けたい場合があるため、必ず確認する

四番目が抜けている返信をよく見かけます。いきなり訪問の日程だけを提案されると、相手は身構えます。「まだ決めていない段階でも構いません」と添えるだけで、返信率は変わります。決めていない方への向き合い方は「「まだ売ると決めていない」相談の受け方」を参照してください。

なお、費用の詳細をこの段階で書き切る必要はありませんが、料金ページを案内し、いつでも確かめられる状態にしておきます。

面談前に調べてよいこと、してはいけないこと

準備のための下調べには、はっきりした線があります。

調べてよいしてはいけない
登記事項証明書で役員構成・発行済株式数を確認する取引先・近隣・元従業員へ聞き取りをする
自社サイト・採用情報から事業と体制を把握する従業員に会社の内情を尋ねる
許認可の公表情報を確認する買い手候補に「こういう会社がある」と事前に匂わせる
業界の制度改正や統計の一次資料にあたる社名が推測できる形で社内の誰かに相談する

右側は、いずれも譲渡の検討が外部に伝わる行為です。相談があった段階で、まだ何も決まっていません。それにもかかわらず情報が広がれば、従業員や取引先に実害が及びます。公開情報の読み方は「対象会社の外部調査」に整理しています。

下調べの目的は、評価のためではなく、面談で同じ説明を二度させないためです。「御社の事業については公開情報で拝見しています」と伝えられれば、限られた時間を本題に使えます。

日程と場所の決め方で配慮すること

日程調整は、事務作業ではなく配慮の場面です。

  • 候補は三つ以上、幅のある時間帯で出す:業種によって動ける時間は大きく違います
  • 会社宛の連絡は、了解を得るまでしない:取り次ぎの過程で人の目に触れます
  • 場所は相手に選んでいただく:選択肢と注意点を並べて示します。詳しくは「面談の場所と同席者の決め方」を参照してください
  • 所要時間と当日の進め方を先に伝える:60分から90分程度で、何を話し、何を決めるのかを事前に共有する
  • 持ち物は「あれば」で伝える:資料が揃っていないことを気にして日程が延びることがあります。手ぶらで構わない旨を明記します

最後の一点は、実務では効きます。「決算書3期分をご用意ください」とだけ書くと、用意できない方は日程を先送りします。準備の負担が、相談をやめる理由になってはいけません。

前日までの準備と、当日の持ち物

面談の質は、前日までにどこまで整えたかで決まります。

準備するもの目的
説明用の一枚(費用の表・工程の表)口頭だけにせず、手元に残していただく
公開情報からの整理メモ同じ説明を二度させない。業種特有の論点を先回りする
聞く項目の優先順位初回で聞く範囲と、後に回す論点を分けておく
当日の進め方(時間配分)冒頭で共有し、相手の予定を守る

持ち物は最小限にします。過去の案件の資料を同じ鞄に入れて持ち歩かないこと。そして、当日の冒頭でこの場のゴールを「決めること」ではなく「知ること」に置き直す一言を用意しておいてください。それだけで、相手の構えは明らかに変わります。

面談後の動きについては「初回相談で信頼を得る」に続けてまとめています。

なお、日程が先に延びたり、返信が途絶えたりすることもあります。そこで追いかける回数を増やすのは逆効果です。一度だけ、用件のある連絡(公表資料のご案内など)を添えて様子を伺い、それでも動きがなければ間隔を空けます。問い合わせをいただいた時点では、まだ何も決まっていません。決めるための時間を取っておられるのだと考えて、こちらの都合で急がせないでください。長い間隔での関係の続け方は「長期フォローの設計」を参照してください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における税務・法務・労務の具体的な適用は、税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.当社はフォームからのお問い合わせに2営業日以内にご返信します。ただし速さだけでなく、誰が読んだのか、情報がどこまで共有されるのか、次に何が起きるのかを併せてお伝えすることを重視しています。
A.避けたほうがよいです。オンラインでの短時間の相談や、資料のご送付のみといった選択肢も併せてお示しし、まだ決めていない段階でも構わない旨を添えます。相手の準備が整っていないと、日程は先送りになります。
A.絶対に行いません。この段階ではまだ何も決まっておらず、検討が外部に伝わるだけで従業員や取引先に実害が及びます。下調べは登記や公表情報など、公開されているものに限ります。
A.必須ではありません。お手元にあればお持ちいただく程度でお願いしています。資料が揃っていないことを理由にご相談が遅れることのほうが、機会の損失になります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら