本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。「お金のことを聞くのが怖い」——新人からよく聞く言葉です。しかし、買い手の資金力を確認しないまま案件を進めることは、売り手オーナーを危険にさらす行為です。DDまで進んで資金が用意できないと分かれば、オーナーは数か月を失い、社内で秘密を保つ緊張にも耐えた末に振り出しに戻ります。本稿では、資金力の確認を「疑う行為」ではなく「段取りの一部」として自然に行うための型を書きます。

なぜ確認が必要か|売り手を守るための手続き

まず、この確認の位置づけを自分の中で整理してください。資金力の確認は、買い手を疑うためのものではなく、両当事者の時間と情報を守るための手続きです。確認を怠ったときに起きることを並べると、必要性がはっきりします。

  • 売り手の機密情報が、実行能力のない相手に開示されてしまう
  • DDに要した売り手の労力と、専門家費用が無駄になる
  • 他の有力な候補との交渉機会を、その期間だけ失う
  • 社内で案件を知る人が増えた状態で白紙に戻り、情報漏えいのリスクだけが残る
  • オーナーの「M&Aは信用できない」という不信が、次の挑戦を止める

この五つを説明できれば、確認は自信を持って行えます。買い手に対しても、「売り手にお伝えするうえで確認させていただいています」と正面から言えるようになります。中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)が仲介者に求める誠実な業務遂行という観点からも、実行可能性の確認は当然の実務です。

何を確認するのか|自己資金・借入余力・調達の当て

「資金力がある」と一言で言っても、確認すべき中身は分かれます。次の三つに分解してください。

要素確認したいこと目安となる材料
自己資金手元でどこまで出せるか直近決算の現預金、内部留保の水準。法人なら決算書、個人なら残高の確認
借入余力金融機関から追加で調達できる見込みがあるか既存の借入状況、金融機関との関係、担保余力。相談済みかどうか
調達の当て誰に、いつ、どう相談する予定か相談先が決まっているか、事前の感触があるか、審査に要する期間の見込み

加えて、資金以外の実行能力も同じ枠で見ます。買収後に経営を担う人がいるか、許認可の要件を満たせるか、社内の決裁が現実に通る見込みがあるか。資金があっても、これらが欠けていれば実行はできません。

買収資金の調達方法そのものについては「買収ファイナンスの基礎」で解説しています。融資の流れを理解していると、確認の質問も具体的になります。

失礼にならない聞き方の型

聞き方には型があります。要点は、疑いの質問ではなく、段取りの質問にすることです。

基本の言い回し

  • 「売り手のオーナーにご報告するにあたり、資金面の進め方だけ確認させてください」——確認の理由を先に置く
  • 「今回は自己資金でお考えですか、金融機関からの調達も組み合わせるお考えですか」——資力ではなく方法を聞く
  • 「金融機関にはもうご相談されていますか。まだでしたら、どちらにご相談される予定ですか」——進捗を聞く形にする
  • 「融資のご検討には通常どれくらいお時間がかかりそうでしょうか。全体の日程を組みたいので」——スケジュール確認として聞く

やってはいけない聞き方

  • 「失礼ですが、そんな資金がおありですか」——相手の面子をつぶし、関係が終わる
  • 「決算書を出してください」といきなり要求する——理由と使途を先に説明する
  • 売り手の前で買い手の資金の話を詰める——確認は個別に行い、売り手には結果だけ報告する
  • 確認しないまま「資力は問題ないようです」と売り手に伝える——最も危険。確認していないことは確認していないと言う

また、買い手が上場企業や一定規模の事業会社である場合は、公開情報で財務内容が確認できることが多く、細かく尋ねる必要はありません。相手によって確認の重さを変えるのも実務の腕です。

段階ごとの確認レベル|打診時・意向表明時・基本合意後

すべてを最初に確認しようとすると、相手にも負担がかかります。案件の進行に合わせて、確認の解像度を上げていくのが実務です。

段階確認レベル具体的な確認方法
打診・NDA前実体と規模感公開情報での企業実体の確認。過去の取引実績や紹介元の情報
IM開示・面談時資金の考え方自己資金か調達か、相談先の有無を口頭で確認。事業会社なら直近決算の概要
意向表明書の提出時資金計画の記載意向表明書に資金の調達方法と前提条件を明記してもらう。金融機関の関与状況を確認
基本合意後・DD期間調達の進捗融資審査の進み方を定期的に確認。クロージング日から逆算した日程管理

意向表明書の段階が一つの節目です。資金の調達方法と、融資が前提であればその旨を書面に書いてもらう。これは買い手にとっても不利な要求ではなく、条件を明示するという当然の実務です。意向表明書の読み方と比較の観点は「意向表明書の読み方と比較」を参照してください。

複数の候補が並走している局面では、資金の確度が候補の順位づけに直結します。金額が高くても資金の裏づけが弱い候補と、金額はやや低くても確実に実行できる候補——この比較をオーナーに提示するのが仲介者の仕事です。

確認が取れないときの判断

質問しても答えが曖昧、書面にも書けない、金融機関にも相談していない。こうした状態が続くとき、どう判断するか。

  • まず、答えられない理由を切り分ける:社内で決裁が下りていないのか、まだ本気度が低いのか、単に説明が苦手なのか。理由によって対応は変わる
  • 期限を切って確認する:「次回のご面談までに、資金の進め方だけお聞かせいただけますか」と、いつまでに何を、を明示する
  • 開示の範囲を段階に留める:確認が取れるまでは、詳細な情報開示や現地視察には進まない。これは売り手を守る当然の運用
  • 売り手に事実を報告する:「資金面の確認がまだ取れていません」と正直に伝える。判断はオーナーがする

断る判断が必要なときもあります。仲介者が独断で候補を落とすのではなく、事実を並べてオーナーに判断してもらうのが原則です。「A社は資金の裏づけが確認できていません。このまま情報を開示するか、確認が取れるまで待つか、ご判断ください」——この形にすれば、後から責任の所在で揉めることもありません。

断り方そのものは「悪い知らせの伝え方」で扱った作法に沿って、相手の面子を守りながら行ってください。今回は縁がなくても、次の案件では中心的な候補になることがあります。

記録の残し方と売り手への説明

確認したことは、必ず記録に残します。残すのは次の三点です。

  • いつ、誰に、何を確認したか:面談の日付、相手の役職、質問と回答の要旨
  • 確認の根拠:口頭か、書面か、公開情報か。書面であれば意向表明書の該当箇所を参照できるようにする
  • 未確認の事項:確認できていないことを、確認できたことと同じ重さで書く

三つ目が抜けている記録が非常に多いのですが、後で問題になるのは常に「確認できていなかったこと」のほうです。未確認は空欄にせず、「未確認」と書く。この一手間が担当者と会社を守ります。

売り手への説明の仕方

オーナーには、確認の事実と、その限界を正直に伝えてください。「決算書で自己資金を確認しました」「融資については金融機関に相談中と伺っており、審査の結果はまだ出ていません」。断定できないことを断定しないのが、仲介者の信頼の土台です。「大丈夫です」という一言が、後にどれだけ重い意味を持つかを想像してください。

そのうえで、資金の確度が案件の進め方をどう変えるかを説明します。クロージング日の設定、融資実行を前提条件とするかどうか、独占交渉に入る時期。資金の話は、単なる審査ではなく案件設計の材料です。ここまで説明できる担当者は、オーナーからも買い手からも信頼されます。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における法的・税務的な判断は、弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.案件の進行に合わせて段階的に確認するのが基本です。打診の段階では企業としての実体と規模感、IM開示や面談の段階では自己資金か調達かという方法の確認、意向表明書の段階では書面への資金計画の記載、基本合意後は調達の進捗という順に、解像度を上げていきます。最初にすべてを求めると相手の負担も大きく、関係づくりにも影響します。
A.まず答えられない理由を切り分け、期限を切って再度確認します。それでも確認が取れないうちは、詳細な情報開示や現地視察には進めないという運用が売り手を守ります。そのうえで、確認が取れていないという事実をそのまま売り手オーナーに報告し、進めるかどうかの判断をオーナーに委ねてください。仲介者が独断で候補を落とすことも、確認しないまま「問題ない」と伝えることも避けるべきです。
A.確認できた事実と、確認できていないことを分けて、そのまま伝えてください。「決算書で自己資金は確認しました」「融資は金融機関に相談中で、結果はまだ出ていません」という形です。「大丈夫です」といった断定は避けます。そのうえで、資金の確度がクロージング日の設定や独占交渉に入る時期にどう影響するかまで説明できると、オーナーは判断しやすくなります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら