本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者に向けた実務教材です。簿外債務は、貸借対照表を眺めていても見つかりません。載っていないから簿外なのであって、探しに行かなければ出てこないためです。そしてデューデリジェンス(DD)では、ほぼ確実に探しに来られます。先に把握して資料に書いてあるか、後から発見されるかで、案件の進み方はまったく変わります。ここでは、出やすい類型、見る資料、金額が固まらないものの扱い、専門家に渡す線引きを型にします。
中小企業で出やすい類型|まず七つを押さえる
簿外債務・引当不足として実務でよく論点になるのは、次の類型です。業種を問わず確認する項目として、最初に覚えてしまってください。
| 類型 | どういう状態か | 最初に見る資料 |
|---|---|---|
| 退職金の引当不足 | 退職金規程はあるが、引当が計上されていない、または一部のみ | 退職金規程、従業員名簿、中退共等の加入状況 |
| 未払残業代 | 労働時間の管理と賃金の支払が規程どおりでない | 就業規則、賃金規程、勤怠記録、賃金台帳 |
| 社会保険の未加入・過少 | 加入対象者が加入していない、標準報酬が実態と合わない | 被保険者一覧、賃金台帳 |
| 保証債務 | 関係会社や第三者の債務を会社が保証している | 契約書、金融機関との取引記録、注記 |
| 係争・クレーム | 訴訟、労使紛争、製品や工事に関する請求 | 弁護士費用の計上、往復文書 |
| リース・割賦の残債 | オフバランスの契約が残っている | リース契約書、支払一覧 |
| 原状回復・撤去の義務 | 賃借物件の原状回復、設備の撤去や処理の義務 | 賃貸借契約書、設備の状況 |
このうち、金額が大きくなりやすいのは退職金・未払残業・社会保険の三つです。いずれも従業員数と勤続年数に比例するため、人員の多い会社ほど影響が大きくなります。人員データの整え方は「人員・人件費データのつくり方」を参照してください。
見つけ方|資料の突き合わせで見えてくる
簿外債務は、単独の資料からは見つかりません。二つの資料を突き合わせたときの差として現れます。実務でよく効く突き合わせを挙げます。
- 退職金規程 × 従業員名簿:規程どおりに全員が自己都合で退職した場合の要支給額を試算し、引当額と比べる
- 就業規則・賃金規程 × 勤怠記録 × 賃金台帳:所定時間を超える労働に対する支払が、規程どおりか
- 従業員名簿 × 社会保険の被保険者一覧:加入対象と実際の加入に差がないか
- 決算書の注記・勘定科目内訳明細書 × 金融機関からの資料:保証や担保の記載に漏れがないか
- 賃貸借契約書 × 現地の状況:原状回復の範囲と、実際の改装の程度
- 支払一覧 × 固定資産台帳:資産計上のない継続支払(リース、割賦)がないか
もう一つ、資料に出ない情報を得る方法があります。オーナーへの聞き取りを、網羅的な質問票で行うことです。「簿外債務はありますか」と聞いても答えは得られません。「退職金は規程どおりに支払っていますか」「これまで労働基準監督署の調査を受けたことはありますか」「会社が他社の借入を保証していることはありますか」と、具体的な事実を一つずつ確認します。
質問は責める調子にならないよう、一覧の形にして、チェックしていく作業にするのが実務のコツです。口頭で次々に聞くと尋問のようになり、事実が出てこなくなります。
金額が固まらないものをどう扱うか
簿外債務の多くは、金額が一意に決まりません。退職金の要支給額は前提の置き方で変わり、未払残業は集計期間と単価の考え方で変わり、係争は結果が出ていません。金額が固まらないことを理由に、資料に書かない選択をしてはいけません。
実務では、次の三層に分けて書きます。
| 層 | 書き方 | 例 |
|---|---|---|
| 確定している事実 | 金額と根拠を明記する | リース残債、加入状況、契約の存在 |
| 試算できるもの | 前提を明示して幅で示す | 退職金の要支給額(自己都合ベースでの試算、前提を併記) |
| 未確定のもの | 事実関係と現在の段階を書き、金額の断定を避ける | 係争の概要と手続の段階、調査の有無 |
試算する場合は、誰が、どの前提で試算したかを必ず書きます。「当社が、退職金規程に基づき、全員が自己都合で退職した場合を前提に試算したもの。実際の支給額とは異なります」という一文があるかどうかで、資料の性質が変わります。これがないと、確定額として一人歩きします。
なお、労務関係の金額は、集計方法によって結果が大きく動きます。具体的な算定と法的な評価は社会保険労務士・弁護士の領域です。アドバイザーは論点として提示し、専門家の確認につなぎます。
資料への書き方と、開示の順番
簿外債務は、企業概要書(IM)の中で独立した項目として書きます。財務の章に埋めると見落とされ、後から「書いてあったが気づかなかった」という争いになります。
- 項目名:類型ごとに分けて記載する
- 事実:契約・規程・記録に基づく現状
- 金額:確定・試算(前提つき)・未確定の別を明示する
- 会社としての対応:是正に着手しているか、専門家に相談しているか
- 譲渡への影響:価格・契約条件で扱いの検討が必要な項目かどうか
開示の順番については、金額が大きく、価格の前提に影響するものほど早く出すのが原則です。意向表明の後に出すと、条件の見直しという形で表に出て、双方の心証が悪くなります。逆に、金額が小さく、DDで確認すれば足りるものまで初期に並べると、リスクの多い会社という印象だけが残ります。どの段で出すかの考え方は「リスク情報の開示設計」に整理しています。
最終契約では、こうした項目が表明保証や補償の対象として議論されます。早く出しておくほど、契約での扱いを冷静に設計できます。個別のリスクの処理方法は「特別補償の使いどころ」を参照してください。
専門家に渡す線引き|アドバイザーは判定しない
洗い出しの過程で、労務・法務・税務の判断が必要な論点が必ず出ます。ここでの線引きを誤ると、誤った見立てを前提に案件が進み、後で全部を組み直すことになります。
| アドバイザーが行う | 専門家が行う |
|---|---|
| 資料の突き合わせと、差異の把握 | 法令違反の有無の判断 |
| 前提を明示した概算の試算 | 債務の金額の確定と、算定方法の妥当性の評価 |
| 論点の一覧化と、資料への記載 | 是正の方法と手続の設計 |
| 専門家への引き継ぎと、進行の管理 | 契約上の手当ての設計(表明保証・補償) |
オーナーには、専門家に相談すること自体が、案件にとってプラスに働くことを伝えてください。是正に着手している事実は、買い手にとって安心材料になります。放置されている論点と、認識して動いている論点では、受け止められ方が違います。
最後に、伝え方について。労務や社会保険の論点は、オーナーにとって「うちは悪いことをしていると言われた」と受け取られやすい話題です。実務では、「同じ規模の会社では一般的に確認される項目です」という事実を先に置き、買い手が必ず見る項目として段取りの話にします。指摘として持ち出すと、その後に事実を教えていただけなくなり、結果として売り手が不利になります。
よくあるご質問
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