本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。承継の相談は、会社の話だけでは終わりません。面談を重ねるうちに、相続のこと、ご家族のこと、健康のこと、個人の借入のことまで話が及ぶことがあります。これは信頼されている証であると同時に、アドバイザーが最も踏み外しやすい場面でもあります。聞かないわけにはいかない。しかし答えてよい範囲は限られている。本稿では、どこまでを自分で受け、どこから専門家につなぐのか、そして伺った話をどう扱うのかを整理します。

個人の話は、会社の話と地続きである

まず前提として、個人的な相談を「業務範囲外なので」と切ることはしません。承継の局面では、個人の事情が会社の意思決定にそのまま影響するからです。

  • 相続の見通しが立たないと、株式の扱いが決められない
  • ご家族の理解がないと、最終段階で止まる
  • 健康上の事情は、工程の組み方そのものを変える
  • 個人の保証や借入は、譲渡の条件に直結する

ですから、聞くことは仕事のうちです。問題はその先、引き受けるかどうかにあります。聞いたからには何か答えなければ、と思った瞬間に足を踏み外します。聞くことと答えることは別の行為です。

もう一つ、前提として押さえておくことがあります。個人的な相談をされたことを、関係が深まった証として喜ばないでください。喜んだ瞬間から、相手の役に立つことより、頼られる立場でいることのほうが目的になります。そうなると、本来つなぐべき専門家につながず、自分で抱え込む方向に判断が傾きます。個人的な話を伺えるのは信頼の結果であって、こちらが取りにいくものではありません。

四つの類型と、こちらの立ち位置

受ける相談は、おおむね四つに分かれます。類型ごとに、どこまでが自分の役割かを決めておいてください。

類型よくある内容こちらの役割
相続・家族遺産分割、きょうだい間の不和、後継者以外の子の扱い論点の整理と、弁護士・税理士への橋渡し
健康体調、通院、判断できる期間工程の組み替えと、代替の意思決定の確認
個人の借入・保証自宅の担保、連帯保証、個人の返済事実の整理と、金融機関への相談の後押し
人間関係幹部との対立、家族との距離傾聴にとどめる。助言はしない

四番目に注意してください。人間関係の相談は、最も相談されやすく、最も踏み込んではいけない領域です。外部の人間が「その方は外したほうがよい」といった助言をすることは、会社の人事に介入することにほかなりません。伺うだけにとどめ、判断はご本人にお返しします。

「聞く」と「答える」の境界

境界は、次の問いで判定できます。「その答えが外れたとき、誰が損をするか」。損をするのが相手であり、こちらがその責任を負えないなら、答えてはいけません。

答えてよいこと答えてはいけないこと
一般的な制度の枠組み(出典を添えて)この場合はこうなります、という個別の断定
どの専門家に聞けばよいか税額や分割の結論
確認すべき論点の一覧家族間でどうすべきかという判断
自分に分からないということ分からないまま出す推測

右側を避けるための言い方を用意しておいてください。「一般的な考え方はお話しできますが、ご事情に当てはめた判断は税理士の先生にご確認ください」「私の考えを申し上げるより、確認すべき点を整理してお渡しするほうがお役に立てます」。分からないと言う技術は「「分かりません」と言える技術」に、助言と決定の線引きは「助言と決定の境界」に整理しています。

専門家につなぐ判断と、つなぎ方

つなぐときにも作法があります。「知り合いの先生をご紹介します」で済ませないでください。

  1. まず顧問の先生がいるかを確かめる:顧問税理士や取引のある弁護士がいるなら、そちらが先です。外部の人間が新しい専門家を先に持ち込むことはしません
  2. 一人ではなく、選択肢として示す:当社からご紹介できる先がある場合も、ご自身でお探しになることを含めて選択肢としてお伝えします
  3. 費用の目安を先に伝える:無料だと思って相談したら費用が発生した、という事態を避けます。正確な金額はその専門家にご確認いただきます
  4. 何を伝えるかを確認する:こちらから先方に事前に伝える情報は、経営者の同意を得た範囲に限ります
  5. つないだ後は引く:専門家の見解に、こちらが意見を重ねない

つないだ後の距離感も決めておいてください。専門家に相談された結果、M&A以外の道が最善だという結論になることがあります。そのときに結論を押し戻そうとしないこと。相続の整理を先に済ませるほうがよい、当面は現状を続けるほうがよい——いずれも十分にあり得る結論で、それを尊重できるかどうかが、次の相談があるかを分けます。

士業との連携全体の型は「士業・金融機関との連携」、先生の側から見た当社の立ち位置は「税理士・会計事務所の先生へ」にまとめてあります。

伺った話を、どう扱うか

個人的な話には、会社の情報とは違う扱いが要ります。

  • 記録は、判断に必要な範囲だけ:ご家族の関係や健康に関する事情を、詳細に書き残す必要はありません。工程に影響する事実だけを残します
  • 社内共有は、知る必要のある者に限る:案件の情報だからといって、全員が知ってよいことにはなりません。「案件情報の社内共有範囲」を参照してください
  • ご家族の間の情報を運ばない:ご子息から伺ったことを経営者にお伝えする、あるいはその逆をすることは、たとえ善意でも家族の関係に外部が介入することになります。伝えるかどうかはご本人が決めます
  • 買い手候補に渡らないようにする:譲渡の動機として個人の事情を説明する場面では、どこまで開示するかを必ず事前に確認します

守秘は書面の中だけの話ではありません。日常の会話にも及びます。「守秘義務は生活にも及ぶ」も併せてお読みください。信頼されて聞いた話ほど、扱いは静かに。これが、この仕事の基本です。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における税務・法務・労務の具体的な適用は、税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.承継の判断に関わることですので、お伺いします。ただし法律や税務の結論を当社が出すことはありません。論点を整理したうえで、弁護士や税理士にご確認いただくようお願いしています。
A.誰に何を伝えるかは、ご本人の同意の範囲で決めます。当社の判断で顧問の先生にお伝えすることはありません。
A.ご希望があればご案内できる場合がありますが、顧問の先生がいらっしゃればそちらが先です。ご自身でお探しになることも含めて、選択肢としてお伝えするようにしています。
A.ご本人の同意なくお伝えすることはありません。譲渡の背景として説明が必要な場面では、どこまで開示するかを事前にご相談して決めます。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら